4、

 

 白髪交じりの赤髪の巨漢が、地面に寝そべってボリボリと腹を掻く。

 それからムニャムニャ言いながら「う~ん、筋肉……」とか言っていたら、どうすべきか。


「このド阿呆!!!!」


 正解は怒鳴って頭殴って、水をぶっかける、でした。

 いや俺はやってないよ? やったのはガジマルドの奥さんであるササラ。

 だから


「──ハッ!! 何しやがる、このセクハラ勇者が!!」


 とか言って、寝起き早々俺の首を絞めるのはやめていただけますか。とんだ飛び火。


「っと。なんだササラか。どうしたんだ?」


 空になったバケツを持っているササラに気付いて、パッと俺から手を放すガジマルド。まずは俺に謝れ。


「──なんだこの状況は……」


 しかし俺への謝罪をする気配もなく、周囲を見渡してガジマルドは眉を潜めた。

 それもそのはず、あちこちで魔物の死骸が転がっているのだから。あ、勿論9割以上は俺が仕留めたよ。一応村人も善戦してたが、俺がいなかったら危なかっただろう。


「というわけで俺に感謝しろ」

「ササラ、これは一体どういうことだ。説明してくれ」


 気持ちいいほどの無視な! いいけどよ!

 ガジマルドとの関係なんて、昔からこんなもんだ。戦闘ばかりの日々で、いちいち感謝してたらキリがない。でもさあ、たまには礼を言って欲しいと思うのよ僕ちんとしては。

 ササラに事情を説明されて、ようやく理解が追い付いたガジマルドに、俺はもう一度「俺に感謝しろ!」とドヤ顔してみた。結果は頬をビンタされて終わるという結末だったがな。


「なんで殴んだよ!?」

「るせえ! お前がいながらなにアリーとシャティアを簡単にさらわれてやがる!」

「気絶して戦力外だったお前が言うな!」


 この言葉はかなり効果ありだったようだ。ウグッと言葉に詰まるガジマルド。更にササラの「本当にね。この役立たず亭主」がトドメとなった。

 暗雲立ち込める顔で分かりやすく落ち込む巨漢が出来上がりました。ウザイ。


「とりあえず、助けに行くぞ。相手の城とやらに一週間以内に助けに行かにゃ、二人がヤバイ。実際はもっと早くに行かないとヤバイ気がするから。とにかく急ぐぞ、準備しろ」


 人間落ち込んだ時に立ち直るためには、何かしら作業に没頭するのが良い。そんなわけで、落ち込んでいる暇はないとガジマルドにはっぱをかける。


「どこにだよ」


 俺の気遣いを無視して、まるで死人のような顔で聞いて来た。恐いからイッた目で見んな。


「どこって?」

「相手の城って……その女魔族の城ってどこにあんだよ」

「え。お前知らないの?」

「知るわけないだろうが! 俺はそんな女魔族が、ずっとこの村を狙っていたことすら知らなかったっての!」

「マジかよ」


 これは明らかに想定外。てっきりガジマルドが知っていると思ったのに。いきなりつまづいてしまったではないか。


「どどど、どうしよう?」

「俺に聞くな! くっそお、一人くらい魔物生きてないか!?」


 なるほど。生きているやつがいたら、城まで案内させられれるわな。

 が、しかし、生きている魔物は一体も居なかった。


「……うん、やっぱ俺って最強ってことで」

「ばっかやろおおおお!!!!」


 俺の強さが仇になった。とは口が裂けても言わん。俺はただ村人を守るために頑張っただけでい!

 それはガジマルドにも分かっているのだろう。さすがに俺を責めはしないが、「バカ」呼ばわりされるのは結局責めているのではなかろうか。いいけどさ。


「さてどうしよう」

「どうすんだよお」


 40代の白髪交じりのオッサン二人。額突き合わせてどうすんべと考え込む。が、知らないものは知らないのだ、どうしようもないではないか。さて困った。

 とその時だった。


「あのう……」

「エリン?」


 見れば白馬が側に立っていた。そういやエリン、馬のままだったな、忘れてたわ。


「うお!? 馬がしゃべった!」


 エリンを紹介する間もなく、次から次へと事件が起きた結果、しゃべる馬に驚くガジマルドが出来上がった。


「お前知らないのかよ。今どきの馬はしゃべれるんだぞ」

「マジで!?」

「んなことも知らないのかよ、常識だぞ。おっくれってる~」

「そ、そうなのか……」


 頑張った俺を労ってくれないのだ、これくらいのからかいは許されるだろう。

 ププッと笑っていたら、目の前でエリンが白馬から魔族の姿へと変化した。


「うげ、グロテスク……」

「まあ途中経過は見ないに限るな」


 初見にはショックが大きい変身シーンを終えて、エリンがモジモジしながら言った。


「私、あの魔族の城、多分知っていると思うんだ」

「え」


 ギョッとする俺らの視線に、困ったように顔を赤らめるエリン。なんで。

 どうやらあまり注目されることに慣れていないらしい。

 モジモジちゃんは、おずおずと言った。


「城まで案内しようか?」


 その提案に否やがあろうか。

 

 金髪に白髪交じりの、白馬にまたがるナイスミドル。

 赤髪に白髪交じりの、普通の馬にまたがる巨漢のオッサン戦士。

 白馬にまたがるナイスミドルの股には、ちょこねんと座る黒犬が一匹。


 パカランパカランと蹄の音を響かせて、道中を行く。

 俺の腰には長剣、ガジマルドの背には大剣。


「──いやなんなのこれ」


 見た目があまりに悪すぎる。どこからどう見ても賊じゃない、俺ら?


「ガジマルド、お前もう少し冒険者らしくできないの?」

「そんなことより誰がナイスミドルだコラ」


 さっきから実になる会話が一つもないときてる。

 俺達はササラに尻を叩かれながら、急ぎ旅の支度を済ませて村を出た。


「なにがなんでも、アリーとシャティアちゃんを無傷で連れ帰るんだよ!」とか言われて。


 そのつもりではあるが、どうにも士気が高まらない。ガジマルドと二人旅か~、むさくるしいな~、会話がはずまなさそうだな~とか思っているのは内緒である。

 内緒だが、隠すつもりもない。


「はあ……むさくるしいオッサンと黒犬との旅かよ。気分が盛り上がらね~」

「うっせえ。どの口がナイスミドルとか言ってんだ。俺だってお前と二人なんて楽しくねえよ」

「せめてエリンが魔族の姿をしてくれていたら……」


 念願叶って俺はエリンにまたがっている。俺が乗ってた馬は、今ガジマルドが乗っている。

 え、俺が乗ってもいいの? って聞いたんだけど、エリンは「さすがにその巨漢はちょっと……」と顔を引きつらせていた。気持ちわかる。俺が馬でも、あいつだけは乗せたくない。だから今ガジマルドを乗せてる俺の愛馬、本当にゴメン。でも俺はエリンにまたがれてハッピー。


「どうせなら、エリンが魔族姿の時にまたがりたいなあ~」

「お前、シャティアの前でもそういうこと言ってんのか?」

「言うわけないだろ」

「ホントかよ」


 信用が無いと書いてレオンと読む。だそうですよ皆さん。

 ガジマルドとの会話は楽しくねえやと、俺の前でエリンにちょこねんと乗っている黒犬──ビータンの背を撫でた。噛むな痛い。

 仕方ないなと、俺はエリンに「だいぶ遠いのか?」と聞いた。だから噛むのやめてビータン。


「そうねえ、丸一日はかかるかな。以前、魔王統治時代に一度あの女に掴まったことがあるのよ。その時連れられた城なら、間違いないはず」

「大変な目に遭ったんだな」

「まあうまく逃げれたからいいのよ」


 思わず同情の声をかけると、苦笑が返って来た。


「飛んで行けないのか?」

「うーん、あの女も言ってたけど、結界があるのよね。昔逃げた時は、偶然その結界が壊れたからだったんだけど、あの結界が復活してるとなると、おいそれと不用意に近付けないわ」


 それなら地上から行く方が安全。そう言って、エリンは心なしか歩みのスピードを速めた。シャティアが心配なのは俺だけでは無いってことか。

 ……いやちょっと待て。今の俺の考えは訂正しておこう。俺は断じてシャティアが心配なわけではない! アリーと共に連れて帰らないとどうなるか、考えたら恐いだけだ。

 ササラにエタルシアにハリミ……どれもみんな恐いんだもんよお。


「母は強し、だな」

「なんだ急に」

「いや、しみじみ思ってさ」

「そうだな」


 同意とばかりに頷くガジマルド。

 こういうとこは不思議と気の合う俺達なんだよな。


 そうしてむさくるしい旅を続けること丸一日。

 特に妨害もなく、無事に城に到着するのであった。

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