5、

 

 魔族の中でも特に上位の強い奴は、自分の城を持っていたりする。大抵は人里離れた僻地にあったりするわけだが、今回の女魔族の城もそう。砂漠のど真ん中、およそ人が住むような場所ではない。浮遊魔法が使える魔族ならではだろう。

 とはいえ低級魔族や魔物は飛べないから、この場所は女魔族の好みで選ばれたのだろうな。配下の連中は苦労していることだろう。

 などと、他人事ながらちょっと同情する。


 魔王城ほどではないにしろ、それなりに立派な城がドンッと建っているのを、俺とガジマルドは馬から降りて見上げていた。背後ではエリンが白馬から魔族の姿に戻っている。


「なんか思い出すなあ……」

「そうだなあ」


 ガジマルドの言葉に頷く。何が、とは聞かない。だって俺も思ったから。

 かつて四人で冒険していた時、何度こういった城に入ったことか。

 普通の冒険者ならば洞窟に入ることのほうが多いかもしれないが、魔王とその配下魔族を倒すのを目的とした俺達は、圧倒的に城が多かった。まあジメジメしている洞窟より、女性陣には城のほうが人気高かったけど。


「トイレあるかな」

「お前はなんでそう雰囲気ぶち壊すの?」


 腹をさするガジマルドを思わず白い目で見てしまった。


「さっき食った握り飯が、どうも悪さしているみたいでよお」

「そのまま悪ささせておけ」

「嫌にきまってんだろ」

「知るか阿呆」


 なにこの低レベルな会話。俺達一応40代、男は永遠の少年。少年とはそれすなわち、お下品な会話も平気でする。多分。


「とりあえず入るか」


 アリーとシャティアを探すにしろ、女魔族と戦闘するにしろ、トイレ(…)探すにしろ、城内に入らんことには話が進まん。

 俺とガジマルドは、いつでも抜刀できるように身構えながら城の門をくぐった。

 ちなみに結界は普通に張られていた。その結界のせいでまず常人ならば城を見ることすら叶わない。

 気配を探ることに長け、城を目にすることができたとしても、その結界を通ろうとすれば容赦なく細切れになる。それほどの恐ろしくも強い結界。

 なるほど、俺の前からシャティア達を攫っただけのことはある、あの女魔族はなかなかの手練れだ。


 魔王を倒し魔族と魔物が弱体化しているとはいえ、まだまだ強い魔族は生き残っているのだ。

 改めて痛感する。

 現在活躍している冒険者達でも相手にできるだろうレベルだが、ガジマルドを虎視眈々と狙い続けるような奴だ。俺達でなければ苦労するだろう。


「ま、俺にかかればこの程度、なんのその、だけどな」


 呟く俺。

 なんたって、俺らは魔王城にすら侵入できた勇者一行なのだ。魔王城の結界なんて半端なもんじゃなかったぞ。俺とエタルシアとハリミ、魔力のある三人で協力してどうにかこうにか突破できたのだ。特に結界術に長けているエタルシアが、活躍していたっけ。


 僧侶じゃないにしても、俺だってそこそこできる。

 そして魔王以外の魔族が作る結界程度、俺様の手にかかればチョチョイのチョイ。


 というわけで、俺達は結界を破壊して、難なく城に入ることができた。


「おお、広いなあ……」


 扉をくぐって玄関ホール。正面にでっかい階段があるわけだが、とにかく城内は広かった。玄関ホールで、ダンスパーティー開けるんじゃない?


「さて、シャティアとアリーはどこだろうな」


 二人の気配はない。まあそんなすぐ分かるような場所にはいないだろうが。

 こういう城ならば地下牢があってもおかしくない。地下か、それとも城主である女魔族の部屋……つまりは最上階か。さてどこだ。

 キョロキョロと周囲を見回し、神経を集中させる。俺の足元では犬コロなビータンがクンクンと匂いを嗅いでいる。


「シャティアの匂い、分かるか?」


 聞いても首を傾げるビータン。そうか、駄目か。ならしらみつぶしに探すしかないかな。


「トイレ、どこだあ?」

「……お前な、折角の俺のシリアスモードぶち壊しにすんなや」

「それどころじゃねえんだよ。いよいよもって限界が近づいて……」

「気合いでケツの穴閉じろおっ!」

「年取ってそういうの難しくなってんだよ!!!!」


 俺の声の倍以上の大声で怒鳴り返さんでもいいわい。どんだけ切羽詰まってんだ。……真っ青だから、相当切羽詰まっているらしい。


「ったく。あっちじゃねえの?」


 いくら魔族だって出すもんは出すだろう。そうでなくとも魔族の城は人間仕様だ。トイレくらい複数あって当然。

 あっちじゃねえの、と玄関ホール左手に伸びている廊下を指さした。


「そ、そうだな。ちょっと待ってろ」

「ちゃんと拭いてこいよ!」


 ここで先に行くなんて言おうものなら、あいつ適当にして出てきそうだからな。

 ドタドタと走っていくガジマルド。ポリポリと頭を掻きながらそれを見送って、深々と溜め息をついた。


「は~あ、緊張感の欠片もねえなあ」


 魔王討伐の旅してた時は、常にピリピリしてたってのに。モウロクしたもんだ。


「あいつが戻るまで、一階を散策しておくかね」


 まさか一階にシャティア達が居るとは思わない。だがいきなり何かしらの魔物が出迎えると思ったのに、あまりに城が静かで俺の警戒心はビンビンだ。見回っておいて損はあるまい。


「? どした、エリン?」


 ふと見れば、エリンがガジマルドが向かった方角、正面向かって左手を見つめている。


「何かあるか?」


 それとも何かいるのか?

 聞けば、振り返ることなく壁面をペタペタ触っているエリン。


「ううん、何もないんだけど……なんか、あった気がするのよねえ」

「昔捕まったときの記憶か?」

「そうそう。昔すぎて内部のことはほとんど覚えてないんだけど……ここ、何かあった気がするのよ」


 振り返れば正面向かって右手廊下では、ビータンが床をクンクンしている。


「おいビータン」まずはこっちを調べるぞ。そう言おうとした瞬間。


カチッ


「あ」


 もうね、こういった時の「あ」がロクなことにならないこと。

 誰もが知っているんだよな。

 

「今の『あ』は、なに……」


 嫌な予感がすると振り返ったその瞬間。


「危ない!」

「え!?」


 エリンの叫びに、俺は反射的に身構える。


「うぐっ!!」


 身構えて力を入れていた腹を、思い切り殴られる。なにをするんだとエリンに抗議しようと顔を上げる俺の目の前に、それは落ちて来た。


 ズウウン……と重々しい音を立てて落ちて来たもの。それは壁であった。天井から、壁が落ちて来て、俺達の間に立ちふさがった。見れば正面の大階段からすべて、部屋を真っ二つに分断する壁。小さなビータンが入る隙間もない。


「なんだこれは!?」


 ガンガンと落ちて来た壁を叩けば「ごめん」と、壁の向こうから小さな声が聞こえて来た。


「エリン?」


 俺を突き飛ばした本人は、明らかに落ち込んでいる様子。


「何かあったなと壁を見てたら、赤いボタンがあったの」

「それ、押したの?」

「押した」

「押すか、普通!?」


 明らかに怪しいだろ、それ!

 思わず責める声を出したら、消え入るような声でまた「ごめん」と聞こえてきた。これは壁が邪魔しての小声ではない、確実に凹んでいる声だな。

 つい責めてしまったが、気付かなかった俺の落ち度でもある。


「いや、俺も悪かっ……」


 悪かった。

 言う間もなく、「お前が悪いんだろうが!!!!」というガジマルドの怒鳴り声に、「トイレ行ってたやつが言うな!」って怒鳴り返したわ!


「大体お前、最近たるみすぎてないか!? 腹もたるんでるが、気が緩み過ぎだ! 自分の娘がさらわれそうになってる時に気絶してるわ、腹が痛いと言ってトイレ駆けこんで見事にパーティー分断されてるわ! お前、それでも大戦士ガジマルドか!?」

「俺の腹はたるんでねええええ!!!!」


 俺の言葉に言い返すのと同時、ドーンと音が響いて、目の前の壁に穴が開いた。

 これぞ『ガジマルドを怒らせて壁を破壊してしまおう作戦』うん、見事にそのままのネーミングだ。俺ってセンスいい!


「さすが武闘家にならなかった戦士」

「俺は剣が好きなんだよ」


 出会った頃から強かったガジマルドは、筋肉ムキムキで武闘家のほうが向いているんじゃないのかと思った。

 だが本人曰く「剣の感触が好き」だそうな。でも接近戦になると、「面倒だ!」とか言って、グーパンが出るんだよな。戦士兼武闘家が正式な職業なんじゃないのかってくらいに、腕っぷしは強い。

 薄い壁とかなら余裕で破壊するんだが、どうやら今回の壁は手ごわかったらしい。


 狙い通りに壁に穴は開いたが、残念ながら通れるほどの隙間は無い。ビータンなら通れるかな。


「俺が剣で破壊してもいいが、ヘタすりゃ城ごとブッ潰れかねんな」

「そうだな」


 俺の言葉に、そこは否定しないとガジマルドが頷くのが穴の向こうに見えた。


「しょうがねえ、二手に分かれるか」


 ガジマルドの提案に、仕方なしと頷いたところで、俺はハッとなった。


「し、しまった!」

「なんだどうしたレオン! 怪我でもしたか!?」

「エリンをこっちに引っ張っておけば、俺とエリンが二人きりだったのに!」

「……ビータンがいるだろうが」

「ビータンはこの穴通れるから、お前のとこに行かせられるだろ!」


 後から悔いると書いて後悔! これほどの後悔があろうか! うまくやっていれば今頃エリンと、アハンな大人の時間を過ごせていたかもしれないのに! のに! ちくしょお……「うおおっ!?」無言で穴から剣を突き刺してくんなやあ! 頬をピッとかすめたぞ!?


「ちっ」

「残念そうに舌打ちすんな!」

「ビータン、こっちに来い」

「え、それだけはやめて」


 俺が避けたことを悔しそうに舌打ちして、ガジマルドがビータンを呼ぶ。ビータンはいそいそと、開いた穴から向こうへ行こうとした。その尻尾を慌てて引っ張る俺。噛むな痛い。


「一人は寂しいから嫌だ! ビータンで我慢する……いっでえ!!!! 嘘です、ビータンと一緒がいい!!」


 勇者や大人のプライドなんてどうでもいい。

 一人は寂しいと本音を言えば、「しょうがねえな」とガジマルドの一声でビータンは戻って来た。はあ、良かったあ……。


「お前、シャティアの前ではもうちょっと父親らしくしろよ」


 つまり威厳もてよと。


「お前が言うな」


 と返しておきました。

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