6、

 

 魔族の城ってのは、大体が共通して似たような造りになってたりする。設計士が少ないんかな。

 理由はどうあれ、そんなわけで攻略は簡単だ。──さすがに魔王城は全然造りが違って、かなり苦労したが。

 壁が落ちて来て分断されはしたが、基本構造は大して変わらんだろう。最終的には、どちらの道であろうと同じ場所に出るはず。そのはず。


「どちらかが死亡確定ルートでないことを祈っとくわ」

「縁起でもないこと言うな!」


 俺がヒラヒラ手を振って言えば、壁穴から石ころが飛んできた。それをパッと手で受け止めてグシャッと握りつぶす。ガジマルドほどじゃないが、俺だってそれなりに力あんのよ。勇者ですから。


「じゃあまた後で。あんまり遅いと、俺が先に全部片づけちまうぞ」

「ほざけ、こっちのセリフだ!」


 俺の言葉に負けじと返すガジマルド。穴から見えるお互いの顔。ニヤリと笑って俺達は背を向けた。

 俺の横では「いいの?」といった顔のビータン。多分ガジマルドと一緒のエリンも、同じような顔をしているんだろうな。


「いいんだよ、あいつは大丈夫だ」


 馬鹿なことばかり言っているが、俺はあいつに全幅の信頼を寄せている。

 それはきっとガジマルドも同じだろう。

 だから俺達は疑わない。必ず生きて再会できることを。全員無事に戻れることを。

 俺は信じている。


* * *


「……なんとまあ、豪気なこと」


 勇者一行が間抜けなやり取りをしているのを、実は見ている人物が一人。

 ことの発端である女魔族だ。名を、サティスティファイリュイと言う。「言いにくい」と言われ続けて数百年、略してサティとなったのはほんの百年ほど前のこと。

 何と言われようと自分の名前が大好きだったサティスティファイリュイが、略されることを受け入れたのは、誰あろう魔王がその略称を考えたから。


 サティスティファ……以下略、は、憧れ尊敬していた魔王に「お前はサティで良いだろう」と言われた日のことを今も覚えている。その瞬間、心が喜びに震えたことも忘れない。それほどの幸せ。

 大好きだった魔王を奪ったのは、誰でもない、勇者。そしてその一行。


 長らく勇者一行の行方は分からなかったが、ようやく見つけた一人、大戦士ガジマルド。しかし強固な結界に阻まれ、復讐の機会はおとずれなかった。

 ずっと見張っていたら、まさかの勇者登場。どうしたものかと逡巡していれば、まさかの結界崩壊。どうやら勇者の気に当てられた上に、戦士が気を抜いたことが原因と思われる。


 いや、理由なぞどうでも良かった。ただ復讐の時は来たれり! と立ち上がるまでのこと。

 そうしてうまいこと勇者と戦士の娘を手に入れることに成功。

 これで何もかもうまくいくと思ったのに。


 のに!


「お前たち、なにやってるんだい」


 振り返れば奴がいる。そう、配下の魔物たちである。

 お気に入りの獣タイプ、モフモフを集めたというのに、癒やしのはずの彼らが今日は癒やしてくれない。

 なぜなら全員が、勇者の娘──シャティアとか名乗った──にメロメロだからである。

 勇者の娘、まさかのモンスターテイマー。


「お前、おいで」


 格別お気に入りの白いモフモフに声をかけるも、イヤイヤと首を振って拒否された。


ガーンッ!!!!


 頭を殴られたようなショックをサティは受ける。


「おいでったらおいで!!」

「おばさーん、あんまり怒るとシワになるよー」

「なんですってえ!?」


 生意気なことを口にするのは、戦士の娘──アリーと名乗った──である。

 そちらもシャティアのおかげか、モフモフに埋もれている。


 元々、勇者一行には復讐したいと思えど、それ以外に危害を加えるつもりはないサティ。

 とはいえ、人質とは思えぬ身勝手さに怒りMAXだ。だが危害はやっぱり加えたくない。


「あんたたち、そいつらを地下牢に連れて行きな!」


 言ったところで、やっぱりイヤイヤされる。


「なんなのよお、あんたたちは!」


 サティが意図したわけではなく、勝手に分断してしまった勇者一行。


 早く来て! と思うのは身勝手であろうか。

 

 俺は走る、ひたすら走る。二手に分断されてもなお広い城の中を、ひたすら走っていた。


「うおおお、矢の嵐ー!!!!」


 壁から天井から、雨のように矢が降り注ぐ廊下を、顔を真っ赤にさせて走り抜ける。脇には黒犬ビータンを抱えて。あの女、確実に俺をやりに来てるぜ!


「うおっし、抜けたあ!」


 いくら歳くったからって、この程度でやれると思われるのは心外。だてにクワかついで畑を耕してないぜ! あれ、見た目以上に重労働なんよ。敬え、農家のオジサン!

 ズザザ……とスライディングでもって廊下を通り抜けた俺は、一つの扉の前に立っていた。


「うーん、どっから見ても、罠」


 右にも左にも扉も通路もなくて、後ろは今通って来た矢の道。となれば、進路は目の前の扉しかないわけだが。


「こんな御大層にでかく立派な扉、なんかあるに決まってるよなあ」


 むしろ何もないと思うほうがおかしい。

 戻って別のルートを探しても良いのだが。いくらなんでもこの城の住人があの矢の雨を通るとは思えないので、どこかに隠し部屋があるだろう。それが一番の安全ルートなわけだが。


「時間が惜しい。男は黙って一本ルート!」


 よく分からんことを叫んで、バンッと扉を開けた。


バンッ!!


 開けて閉めた。


「……よし、見なかったことにしよう」


 男だって寄り道くらいするさ。

 なんて思った俺は、今見たものを忘れようと矢の道に戻ろうとした。

 だが、世の中そんなに甘くない。


 閉じた背後の扉から、大きな衝撃を感じて、俺は咄嗟にビータンを抱えて横に飛んだ。


 ズウウン……と重たい音を残して、扉は壊れて倒れた。


「はは、こりゃすげえや……」


 魔王討伐の旅では何度か出くわしたそれ。

 だが魔王を倒してからこれまで会うことはなかったそれ。

 僧侶エタルシアも、魔法使いハリミも居ない。

 俺の背を預けられるガジマルドも今は別行動。


 そんな状況でやれるか?


「やれるやれないの問題じゃねえよなあ……」


 やるしかないか、と俺は剣を手にニヤリと笑った。


(ピンチの時こそ笑え!)


 そう言ったのは誰だったかなんて、もう忘れた。

 だがその言葉を忘れたことは一度とてない。それこそが俺を無敵の勇者に育て上げた礎なのだから。


「やってやらあ。かかってこいやあ!!!!」


 俺の気合い一発な叫びと同じくして。


ブオオオオオオ……!!!!


 ビリビリと空気を震わせる叫び声を、そいつは上げた。

 ビータンと同じようでいて、それ以上に深い黒。

 黒い鱗を身にまとった黒龍は、大地を揺るがす咆哮を上げて俺を睨んだ。

 

 この世界にはドラゴンはたくさん生存していて、魔王筆頭に上位魔族は必ず一体は従えている。

 その中でもゴールドドラゴンとブラックドラゴンの強さは別格。どちらを従えさすかは魔族の好みだが、魔王はゴールドドラゴンを数体従えていた。派手好きだったんだろう。

 対してこの城の女魔族は、どうやら渋い好みらしい。


「ブラックドラゴンとはねえ……」


 正直に言えば、金龍より黒龍のほうが俺は苦手だ。死のブレスもそうだが、なんとなく吐く炎の威力が強い気がする。それにあの黒さは夜に戦ったら確実に闇に紛れて面倒。感情が読めない金の瞳も、嫌な感じがする。


「さて、どうするかな」


 僧侶の防御魔法はない、魔法使いの援護射撃も期待できない。

 かと言って、二手に分かれて気を逸らす、という戦法も使えないときてる。


「うーん、どうすべ」


 などと呑気に言ってはいるが、実際には猛ダッシュでドラゴンの猛攻撃……つまりは炎の息攻撃を避けながら考えている。ちなみに脇には相変わらずビータン抱えてます。

 と、そこでようやく思い出したというように、キキッと止まって脇を見た。


「お前も一応真っ黒で牙と翼持ってる魔族だよなあ」


 可愛い子犬の姿に見慣れてしまってたもんだから、すっかり忘れていた。

 そうだよこいつも、魔族の端くれ。


「最初出会った時、黒狼に翼生えた姿してたよな。あれでどうにかなるか?」


 聞けば、凄い勢いで首を横に振られてしまった。直後飛んできた炎を避けて「だよな!」と納得。

 まあ無理だとは思ったけど。


「でも」

「?」


 なんだ、どこから声がした? と首を傾げれば、どうやらビータンが言葉を発したらしいと気付く。

 人型になれる実は魔物ではなく魔族なビータン。話せるんだろうとは思っていたが、実際に声を聞いたのは初めてだ。それはとても幼い、小さな男の子の声そのもの。


 驚く俺をチロリと見上げる子犬は言った。


「大きくなれば、なんとか戦えるかも」

「大きく?」


 いやいや無理でしょ、だってドラゴンだよ?

 ちょっとした塔レベルの大きさ相手に、せいぜいちょっと大きな狼程度のビータンが敵うわけ……


「うおっ!?」


 敵うわけないだろ。

 そう俺が考えるよりも早く、突然突風が吹いた。思わず剣を地面に突き刺す。そうでもしなければ、吹き飛ばされそうだから。


「な、なんだあ……?」


 目を開けていることもできないくらいの強風の中、不意に風がやんだと目を開けば、目の前に白黒の壁が立っていた。って、これ壁じゃねえし! ふっさふっさの毛が生えてる壁があったらキモイ!


「ビータン!?」


 見上げれば、白い顎の毛が見えた。全身黒に目の周囲が白く、顎も白い。手足の先も白い。

 見た目は狼、色目は犬のようなビータンが、黒龍に負けず劣らずな大きさになっていたのである。


「えええ……マジかよ……」


 なんてこったい、ビータンは大きさが自由自在だったのか。

 にしてもこんなに大きくなっても、基本は狼。バサリと翼は生えているものの、黒犬のような狼な容姿は健在だ。


「背中に乗って眠りて~」


 現実逃避なことを考える俺であった。

 が、そんな間抜けなひと言が引き金となったようで、睨み合っていた黒龍とビータンは次の瞬間、取っ組み合いのバトルを始めたのである。それはまるで獣同士の戦い。合間合間に炎が飛んできたりするのは、獣らしくないが。


「どおおおお!!!!」


 狭い室内にデカイ魔物が二体、ドッスンバッタン大騒ぎ。

 その中で必死に逃げまどう俺。

 それがどれだけ大変で命がけか……まあ察してくれ。


 戦いと俺の回避行動は、30分ほど続き。

 そしてついに戦いは終わる。

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