7、

 

 たったの30分? いやいや、よく考えてみてくれ。

 狭い室内で必死に逃げまどってたんだ。それを30分だぞ、30分! もう必死のパッチよ。え、必死のパッチてなんだって? それはまあなんだ……つまりは死に物狂いってことなんだ。

 そんな中での30分は長い。本当に長くてキツイ。


 しかし大物同士の戦いは、決まる時は一瞬だ。

 黒龍の炎攻撃に一瞬怯んだビータン、隙を見逃さない黒龍。一気に口を開けて噛みつきと鋭い爪攻撃を繰り出して来た。勝利の確信があるのだろう、それは随分と大振りで雑な動きに見えた。

 それこそがビータンの狙いだったのだろう。狼さながらの俊敏さでその攻撃を避けたビータンは、次の瞬間巨大なモッフモフな尻尾を黒龍の顔面にヒット。怯んだ黒龍の首元をガッと咥えてそのままブンと振って、黒龍の体は浮かび地面に倒れた。顎の力、つよっ!


 倒れた黒龍の上に乗って押さえ込んだビータン。キリッとした勝利のポーズがカッコイイ!


「お見事」


 思わず言えば、なんだか得意げな顔をされた。

 良かった、お前も手伝えよ的な怒りを向けられたらどうしようかと思った。下手に手出ししないほうがいいと思ったんだけど、伝わったか。


 そおっとドラゴンへと近付けば、ビータンに組み伏せられたままで、まだ息がある。致命傷ではないからね、そりゃ生きているだろう。


「さて、お前をどうしようかね」


 殺すのは簡単だ。勇者の剣、もとい女神の剣であれば、黒龍の鱗でも簡単にブスッといける。

 だが本当に殺しておしまいでいいのだろうか? 魔物なんて所詮知能が低い獣同然。こんな狭い城内に閉じ込められ、魔族の言いなりになって戦わされて……負けたら殺される。

 それって、なんだか凄く可哀想じゃないか?


 獣だって人だって、閉じ込められるのも、いいように使われるのも嫌だ。

 この黒龍がどれほどの期間、ここに閉じ込められていたのかは知らない。だが外の世界に戻ることなく生涯を終えるのは……俺だったら嫌だ。


 グルル……と唸り声を上げる黒龍に、俺は話しかけた。


「外に出たいか?」


 ピクリと体が反応する。


「出たいなら、逆らうな。大人しくするなら俺が外に出してやる」


 魔物の中には人語を解する者とそうでない者がいる。黒龍は知能が高い種族だ、だからこそ魔族にいいように使われるのだが。

 案の定、黒龍は唸るのをやめて目だけを動かし俺を見つめて来た。俺の言葉を理解している証拠だ。そしてその金の目は、何かを思案する光を宿す。察するに、俺の言葉の真意を探っているのだろう。


 嘘か本当か。

 人間なんかを信じていいのか。

 でも外には出たい。


 葛藤ってやつだな。


 俺はしゃがみ込んで、大きな黒龍の顔を覗き込んだ。暴れてもギリギリ俺に牙が届かない距離で。


「俺は娘二人を助けにこの城にやって来ただけだ。目的さえ果たせば他に用はない。俺達の邪魔をしないなら、お前さんを含めこの城内の魔物には手出ししない。それどころか、終わったら外に出してやる」

「ぐる……」

「どうやってって? なに簡単さ、あの女魔族を倒しゃいいんだ。娘二人を助けるにはそうなるだろうからな。そしたらお前は自由、そうだろ?」

「……」

「俺に倒せるのかって? そうか、お前は知らないか。俺はこんなオッサンだが、一応勇者……元勇者だ。魔王を倒した、な」


 魔王のところで、黒龍の目が大きく見開いた。こんなところに閉じ込められていては、外の世界の情報には疎くなるだろう。高貴なるブラックドラゴンが気の毒に。


「魔王が死んだってことは、なんとなく感じているんだろ? どうする、俺を信じるか? それとも信じないでヤケクソに歯向かって俺に殺されるか?」


 言って立ち上がり、俺はスラリと剣を抜いてその刃先を黒龍へと向けた。


「どうする?」


 腐っても、歳をとっても俺は勇者。馬鹿なことばっか言ってても、魔王を倒した勇者なんだ。

 そのオーラはまだ出ている。そして黒龍はそれに気づかぬ愚鈍ではない。


 フッと、黒龍がまとう殺気が薄れて消えた。

 直後……「おお」……と、思わず声を漏らす俺の前で、その巨大な体は徐々に縮む。気付けば、チョコネンと小さくなった黒龍が俺の目の前に座っていた。


「ビータンといい、お前さんら、大きさ自由自在なんだなあ」


 すげえや、と言えば、黒龍がなんだか得意げな顔をしている気がした。


 ……というわけで、黒龍が(一時的だが)仲間になった。

 黒狼と黒龍、凄い魔物(正確にはビータンは魔族だけどな)二匹を従えて、なんだか俺もモンスターテイマーになった気分。


「このまま世界の魔物を手懐けちゃうかあ!?」


 嘘です、冗談です。

 だから「誰がお前なんかに従うか!」とか言いながら俺の尻噛むのやめてビータン。痛い。

 

 黒龍を仲間にし、ビータンに尻を噛まれた後は、特に問題なく進んだ。なにせ城内最強(らしい)黒龍を従えているのだ、他の魔物が邪魔するはずもない。


「……にしても、やけにモフモフしてんのが多いな」


 城内を進む過程でそれなりの数の魔物を目にしたが、共通して毛が多い。抜け毛の季節とか大変そうだなと思ったが「魔物に換毛期なんてない」とビータンが言ったので、そりゃ便利だなと感心。ていうか、ビータン急に話すようになったな。魔物……いや、魔族の成長は早い? さようで。


「モフモフが多いのは女魔族の趣味かねえ。てことは、ビータンもこの城に迎えてもらえるんじゃないのか?」

「ビータンは魔族だから従わない」

「そういうもんか?」


 魔族が従えるのはあくまで魔物。魔族は魔族を従えない。魔王は例外ってことか。


「まおー様はみんなが勝手に付いて行っただけ」

「なるほどねえ」


 逆に言えば、エリンのように付いて行きたくないやつは、従わないと。


「ここの城主は、魔王に好んで付き従ってたのか?」


 問う相手は黒龍だ。小さくなった黒龍は俺の横で優雅に飛んでいる。バサバサとか言わせないのな。こうスイーッと飛ぶ感じ。でかいドラゴンしか戦ったこと無いから、小さいタイプの動きは初めて見た。


 俺の問いに黒龍は反応しない。俺の言葉を解してはいるが、そこは魔物。言葉を話すことはできないし、俺の言葉に返す義理もないと。


「おーい」


 呼びかけても答えない。


「……お前、モフモフじゃないからあそこの部屋に入れられてたのか?」


 ピクッと体が震えた。お、どうやら図星のようだな。

 調子に乗って言ってみた。


「そうかそうか。つまりお前は女魔族に嫌われていたんだな?」


 言って後悔。


「うあっちい! 尻を燃やすな!!」


 図星が過ぎて怒りを買った俺は、尻に火をつけながら、「ヒイヒイ」言って走るのだった。


「ごめんて! 悪ノリがすぎた、謝るからもう燃やすな!」


 言っても聞かない黒龍は、俺の背後からボオボオ火を近づけてくる。

 俺は猛ダッシュで逃げる。

 足元では、いつの間にか黒狼の姿に戻ったビータンが、呆れ顔でついて来ていた。


「うおおおお! オッサン猛ダッシュー!!!!」


 腰にくるわ! と叫んだところで目の前に大きな扉があったので、考える余裕もなく思いきりバンと開けて飛び込んだ。勢いのままゴロゴロと床に転がって、結果としてケツの火は消えた。


「よっしゃあ、消化成功!」


 尻から煙を上げて立ち上がる40代のオッサンが一人。これほどガッツポーズが決まらない状況があろうか。


「……なにやっとんじゃお前らは」


 呆れ声がかかっても仕方ないと思うのです。

 苦笑まじりに声のしたほうを見て、俺はそこに目当ての人物を見つけるのだった。


「なんだ、もうゴールか」

「……騒々しい奴らだねえ」


 長い足でもってスックと立ち、腰に手を当てて俺を見つめる存在。

 それは紛れもなく、シャティア達をさらった女魔族だった。


 青い髪と瞳、妖艶な笑みを浮かべたそいつは人間のようでいて、その尻から鞭のようにしなる尻尾を生やしている時点で人間ではない。クネクネと動くその選択は鋭く尖っている。油断すればブスッとくるやつだな。


「娘を返してもらおうか」


 背後に鉄格子を確認して俺は言った。その中には、シャティアとアリー。あとなんか複数モフモフが見えるけど、なんなのあれ。モフモフに気持ちよさそうに埋もれていた二人が、俺の姿を見て慌てて格子に駆け寄って来た。ガシャンと鉄格子が音を立てて揺れる。


「パパ!」

「レオン!」


 とりあえず元気そうで何より。怪我も多分してなさそうな二人は、俺の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。


「よ、待たせたな。もうちょっと待ってろよ二人とも。今すぐそっから出してやっから」


 手を挙げてニヤリと笑う俺。きまった。

 まあ服が綺麗に燃えて丸出しになった尻は、けして見せられんがな。

 

 カッコつけたはいいが、尻丸出しの俺は、その時点でハンデを抱えている。つまりは娘二人に尻を見られないように動き回らねばならないという。


「くっそお……おい黒龍、俺の動きが制限される原因を作ったんだ。責任もって俺のサポートしろよ」

「がる」


 なんかちっこいドラゴンが頷いて返事しても、迫力皆無なのな。可愛いしか勝たん。ドラゴンのくせして、小さくなると鱗はどこへやら、モフモフな毛で覆われるのなんで。それは卑怯。可愛すぎて卑怯。

 鳥のような翼のビータンはアゴやら鼻周りやらが白毛もあるし、黒龍とは似て非なる容貌をしている。

 だが二匹の共通点は【可愛い】だよなあ。シャティアとかが目を輝かせそう。


「なにそれ可愛い! ビータンお友達できたの!? おいでおいで~!」


 はい、うちのおバカな娘が、案の定目をキラキラさせてビータンと黒龍を呼んでおりますよ。お前に緊張感という物はないのか。ないよな。でなきゃ監禁された状況で、モフモフな魔物に埋もれるとかないから。有りえないから。


「くおら! ビータンも黒龍も、今は俺のサポートに必須なんだよ! 勝手に呼ぶんじゃねえ!」

「ぶー」


 ぶーじゃねえわ! なんなら俺の丸出し尻からその音出してやろうか!? さすがに下品が過ぎるのでしないけど! とりあえず尻を隠すための布が欲しい。

 キョロキョロ周囲を見回していたら「隙だらけだね!」と叫んで女魔族が斬りかかって来た。うおお、あっぶねえ!

 剣かと思ったら、女魔族の黒い爪が異様に伸びてやがる。あれ刺さったら痛いよなあ。


「さすが勇者。簡単に避けるね」

「まあな。お前さんもなかなか強そうなこって」


 数多の魔族と戦ってきた俺だ、相手の戦力くらい推して知るべし。こんな大きな城を持つ魔族なのだ、女はかなり上位に位置するのだろう。なぜ魔王との最終決戦の場に居なかったのか、理由は不明だが。


「サティスティファイリュイ」

「うん、なんだって?」


 それは新たな呪文か何かか?

 聞き覚えのない言葉に首を傾げたら、もう一度「サティスティファイリュイ」と言う女魔族。だからなんなのそれ。


「私の名前だよ」

「え。あ、そなの」


 まさかの名前。長すぎないか? 親は何を考えてつけたんだ。魔族語で何かしら深い意味でもあるのだろうか。


「お前と呼ばれる筋合いはない。私の名前はサティスティファイリュイ」

「いやなげえし。サティでいいんじゃね?」


 言った瞬間、風が起こった。目の前、顔面スレスレを光が一閃する。そしてそれは俺の前髪を確実に切り取った。


「うおお! 俺の前髪ぱっつんぱっつん!!!!」

「余裕なことで」


 言って俺を睨むのは、長い名を名乗った魔族。その顔に今は笑みはなく、俺を憎々し気に睨むのみ。


「そんなに俺が憎いか?」

「憎い」

「魔王を倒したからか?」

「それもあるが……今は、お前が私の名を呼んだことが何より憎らしい!」

「なんでだよ! サティって略したことに怒ってんのか!?」

「黙れ!!!!」


 叫んでまた女が斬りかかってきた。プラス魔法の火炎がゴオオと音を立てて襲い来る。


「魔族ってのは、ほんと火の魔法が好きだよな!」


 おかげで俺は水の魔法に特化したぜ!

 叫ぶと同時に手に魔力を込める。面倒な詠唱なんぞ俺には不要。ひたすら時間の無駄を省きたいと修行をした結果、中位魔法くらいなら詠唱無しで発動できるようになったのだ。


 左手に徐々に集まる水の気配。それをそのまま振って魔法を繰り出す。

 ブシュッと音を立てて、左手から水が噴き出した。それは細く、まるで鞭のようにしなる。ただし鞭のようにいなすことは不可能。なにせ元は水だ、剣で払おうが分断しようが、すぐに再生する。それが水魔法。


「ちっ」


 それを理解しているのだろう。

 水の鞭がサティが放った炎を消してなお向かって来るのを認めて、サティが背後へと飛びのいた。ザンッと水の鞭の先端が、床に突き刺さる。水とは柔軟にして堅牢なのだ。

 水の動きを見たサティの目が細められる。


 次の瞬間、ゴオッと音がしたかと思えば、凄い風が巻き起こる。まるで竜巻のごとし。サティが放った魔法であろうそれに、更に彼女は竜巻の中に炎魔法を放った。

 するとどうでしょう。

 あら凄い、あっという間に火炎竜巻の出来上がり!


「えええ……いくら広いからって、室内でそんなのぶっぱなす!?」


 炎の竜巻を前に、さすがに焦る俺。チラリと見れば、熱さに顔をしかめるシャティアとアリーが見えた。牢に囲まれた二人は、逃げることもできない。どうなろうと知ったことではないということか。


「さすが魔王を心酔する魔族。やることがえげつないねえ」

「お前が魔王様を語るな!」

「別に語ってねえけどよ」


 俺の言葉がどう魔王侮辱に繋がるかは知らんが、更に怒りを増したサティが火炎竜巻を俺へと向ける。ゴオゴオと燃え上がる炎の勢いに、さすがの俺もたじたじだ。本来なら、僧侶エタルシアが防御魔法をかけてくれたり、魔法使いハリミが援護魔法してくれるんだけどな。

 今はどちらも存在しない。

 あるのは俺一人の身。と、ビータンと黒龍だけ。


「勇者なら、どんなピンチでも切り抜けなきゃなあ」


 引退した元勇者だけど。とは心の中で呟いて、俺は最大魔力でもって水魔法を放つべく構えた。しかし上位魔法ともなれば、詠唱が必要。


「ビータン、黒龍、時間稼げるか?」


 返事は待たない。俺は信じるしかない。

 真っ直ぐサティと巻き上がる炎を睨んで、俺は詠唱を始めた。


「お前のせいで……」


 唱える俺の耳に、その声は届く。

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