2、

 

 なぜか無言で走り去ったシャティアを追いかける羽目になってしまった。

 あいつどこ行ったんだよと村を歩いていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ねえ、もう一回見せて!」

「……あいつ、なにやってんだよ」


 追いかけろって言われたから、深刻な……それこそ泣いているんじゃないかと思っていたら、キャッキャ笑う娘を見つけた。

 なんなんだと駆け寄れば、どうやら誰かと一緒に居るらしい。それも女性。

 ヒョコっと壁から向こう側を覗けば……「うおっ!?」ナイフが飛んできて、俺の鼻スレスレを通過した。恐っ!


「な、なんだあ!?」

「あらゴメンなさい、突然顔を出すからよ」


 謝っているくせに俺を責める言葉に納得いきません。

 ジトリと相手を睨めば、俺より少しばかり小さな赤髪の女性がキョトンとした顔をする。

 ソバカス交じりの、けれどとても可愛らしい女性。20歳くらいだろうか。一つに結った三つ編みをブンと後ろにやって、腰に手を当ててニヤリと笑った。


「見ない顔だね、あんた誰?」

「俺? 俺はそいつの保護者だ」


 言ってシャティアを指さす。するといかにも信じられないという顔をされてしまった。心外な。


「あんたが? この子の? まさか親だとか言わないでしょうね」

「そのまさかだよ。珍しい金髪が親子の証ってな。そいつは俺の娘だよ」


 この世界において金髪はあまり多くない。その珍しい髪色が二人揃えば、親族と言われても当然だと誰もが納得するだろう。

 マジマジと俺とシャティアを交互に見る女。


「本当なの?」とシャティアに聞く。俺の言葉は信用できませんか、あーそうですか、と。


 するとシャティアがまさかの「違うよ」発言。


「おい!?」

「こんなオジサン知らない!」

「あのなあ……」


 これはつまりシャティアは怒っているということだな。考えられる理由は一つ、先ほどのガジマルドとの会話を聞いてのことだろう。なんでだよ、親元に帰そうとしていることの、なにが問題なんだ。


「すねんなよな。ほら行くぞ」

「いや! 誰かー! 知らないオジサンがー! 誘拐されるー!」

「あ、こんにゃろ!」


 まためんどくさいこと言い出したな、と思ったら、案の定赤髪の女の顔が険しくなる。


「ちょっと待ちな。本当にこの子、あんたの娘なの」

「そう言ってんだろ!」

「だったらあたしと勝負しな!」

「いやなんでやのん!」


 本当になんでですのん!

 前後の流れからなぜそうなる!? と話に付いて行けない俺。

 シャティアが娘じゃない疑惑はともかくとして、勝負する意味が分かりません!


「あのなあ……あーもう面倒だ。この村の村長のとこ行くぞ」


 ガジマルドなら俺の身元を保証してくれるだろう。

 ほら行くぞと背中を向けた瞬間。


 ゾクッと寒気を感じて、考えるより先に体が動いた。


「さすが」

「……おい」


 思わず低い声が出る。

 俺の頬をギリギリかすめて突き刺さったのは、短剣。ビイイン……と震える様から、どれだけの勢いで投げられたのかが分かる。


「さすがに冗談きついだろ」

「勝負だと言ったでしょ? 背を向けるあんたが悪い」

「俺は勝負するとは言ってねえ!」

「問答無用!」

「ちょおっ!?」


 さすがにムカついたぞこの女!

 と睨むも、気にする風もなく長剣を女は手に持つ。おいおい、そんなのどっから出したよ。


 放たれる気迫に押されて思わず腰の剣に手を伸ばしかけたが……抜くことなく、ギュッと拳を握った。

 村の中で、そんな立ち回りをしては危ないからな。

 そばでは心配そうに見つめるシャティア。自分の発言が思わぬ事態に発展して、戸惑っているのだろう。


「離れてろ」


 安心させるようにニヤッと笑って言えば、戸惑いつつもコクリと頷いて壁際に立つ。

 それを確認してから、俺は女に向き直った。


「さて、お転婆娘に教育の時間だ」


 いきなり俺に剣を投げつけてきたこと。

 たっぷり後悔してもらおう。

 

 さて、剣を手にした女を相手に、俺はどう対処すれば良いのだろうか。

 さすがに俺が剣を抜くわけにはいかない。相手が魔物ならまだしも、年端もいかぬ子供……察するに二十代にはまだ遠い年齢であろう相手に本気になるのは大人げない。かといって剣相手に丸腰っつーのもなあ。

 そこで目についたのは、先ほど投げられた短剣。それはいまだ壁に刺さったままで、まるで『抜いてくれ~』と悲鳴を上げているようだ。よし、俺が助けてやろう。

 ズボッと無造作に抜けば、それは俺の手には小さすぎるくらいで容易く収まる。


 ヒョイヒョイと右手左手に持ち替える。


「そんな短剣であたしの相手ができるとでも!?」

「さあどうだろうな」


 肩をヒョイとすくめれば、からかっていると思ったのだろう。顔を真っ赤にさせて女が斬りかかってきた。

 また随分と大振りだな。

 そんな隙だらけな攻撃、避けてくれと言っているようなものではないか。


 思うまま、最低限の動きで難なく交わす。


「きゃあ!?」


 受け身すらまともに出来ないのか、スカッた拍子にたたらを踏む女。その無防備なお尻をペンと叩く。


「なにすんのよ! このスケベ!」

「これくらいでスケベとか……俺はガキには興味ねえよ。これは大人から子供への仕置きだ」


 お尻ペンペンは古来より伝わる、有名なお仕置きなんだぞ。


「暴力反対!」

「剣持って俺に襲い掛かって来る奴のセリフかあ?」


 赤い顔のまま走って来る女は、やっぱり隙だらけ。こんな剣技、ガジマルドが見たらカンカンに怒るだろうなあ。あいつ剣士っつーか、戦士に厳しいから。俺も共に旅をし始めた頃、かなり厳しくしごかれたものだ。おかげで上達速度は早かったと思うけど。


 俺は左手を腰に当てて、短剣を構える。

 振り下ろされる長剣を、短剣で簡単に受け止めた。


「んな!?」

「そんな驚くことでもないだろ。熟練の剣士ならこれくらい簡単だ」

「うっさい! なめてかかると痛い目見るよ!」


 言って女は何度も剣を振り下ろしてくる。その早さはまあ褒めてやってもいいが、なにせ雑で荒い。簡単に受け流せるし、欠伸が出そうだ。


「ほれ、足元がお留守だぞ」

「きゃあ!」


 短剣で女の剣を受け流し、よろけたところで足元を蹴る。女は見事にすっころんだ。


「お前さあ、スカートの下にショートパンツくらい履けよ」

「ぎゃあ! み、見たなあ!?」

「不可抗力だっての」


 慌てて足を閉じる女だが、残念ながらバッチリ見えた。丸見えだ。言っておくが俺は悪くない。本当に不可抗力だからな。

 激しい動きをする戦士や武闘家は勿論のこと、魔法使いや僧侶であっても、戦闘時にはインナーを履くのが当然である。一般人ならともかく、冒険者かなにか知らんが、剣を持って戦闘しようとするなら常識だろ。だから俺は悪くない。でもって子供のそんなもの見たところで、まったく興奮する要素皆無。


「変態、ドスケベ!」

「変態って……だから俺はガキには興味ないって言ってんだろ。こう、出るとこ出てだなあ色気ムンムンのお姉様が……ふぎゃん!」


 思わず妄想に入っていたら、顎に衝撃。ちと痛し。


「なにすんじゃシャティアー!」


 しかもなんかぶん投げて、見事にヒットさせてきたの、我が娘ときてる。おま、あとで覚えてろよ!?


「うお!?」


 シャティアに気を取られているうちに、立ち上がった女が不意をついて剣を繰り出して来た。油断はしていたが、ギリギリのところで避ける。剣を繰り出す早さは悪くないし、油断したら足元をすくわれるな。

 油断は禁物ってのは、ブランクがあってもけして忘れてはいけない。特にこういう血気盛んなタイプは危ない。


 しかし、いつまでも相手にしていても時間の無駄。

 というか疲れて来た。

 なにせこちとら40代のオッサンなのだ、剣技はともかく体力には自信がない。逆に相手は体力無限な若さという武器がある。長引くと面倒。

 なもんで、とっとと終わらせることにした。


「これで終わりよ!」

「こっちがな!」


 もらったと言わんばかりに斬りつけて来た女の一撃を、俺はヒョイと上体を逸らして避ける。女はまた勢いあまってよろけた。その隙を見逃す俺ではない。


 ヒュヒュンと小気味よい、風を切る音が耳をついた。

 直後。


「きゃあああ!?」

「おーいい眺め」


 ハラハラと女の胸元から洋服……だった物が布切れに成り果てて落ちてゆく。俺の短剣が切り裂いた胸元が顕となり──まあさすがにお子様が見てはいけない部分は出さないまでも、胸元はバッチリ見えた。

 慌てて胸元を押さえる女。戦闘不能ってやつだな。

 しゃがみ込み胸を押さえる女の前に立ち、俺は「どうだ降参か?」とニヤリと笑って聞いた。


 不意に「あ」とシャティアの声が耳をつく。こういう時の「あ」はロクなことがない、と思った直後。


「あだあ!?」

「降参するのはお前のほうだ! このど阿呆!!!!」


 目の前に雷が光るような錯覚を覚える。それほどの痛みを頭に受けて、俺は思わず頭を抱えてうずくまった。


「てめえ、なにしやがる!」

「それはこっちのセリフだ! お前、俺の娘にセクハラしてんじゃねえよ!」

「え」


 今、なんて言いました?

 痛みよりもショックなガジマルドの発言に、俺は言葉を失うのであった。


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