9、

 

「さあて、お前さんをどうしようかねえ」


 腰に手を当て立つ俺の横には、太い腕を組んでいるガジマルド。

 背後ではエリンが、シャティアとアリーの体調に問題無いか見てくれている。ちなみにシャティアの腕には小犬なビータン、俺の肩には小さな黒龍。なんかドラゴンが肩に乗ってるとか、カッコよくね!? と言ったけど誰も相手してくれなかったのが数秒前のこと。

 気を取り直して目の前には、縄で縛った女魔族が床にあぐらかいて座っている。縄をどこから出したかって? そりゃ俺の収納魔法があれば、なんだって入るからね。何に使うかは聞いてはいけない。


 サティはブスッと頬を膨らませ、不機嫌丸出しの表情をしながら言った。「殺せ」と。潔い話である。

 黒髪に頭から生えた雄牛のような角、エリンとは似て非なる女魔族。そういえば、魔族って黒髪しかいないんだよな。そのせいなのか、魔物も黒系が多い。エリンみたく白馬になるのは珍しいのだ。


 あと美形が多い。これは人間を惑わすためだと俺は思っている。魔族による色仕掛けなんて基本中の基本。俺も何度トラップに引っかかりかけたことか……と、余談は置いといて。


「お前さあ、そんなに俺が憎いのか?」

「憎いにきまっているでしょう!? 魔王様を倒した勇者を、憎くない魔族なんていないわ!」

「いや、エリンやビータンみたいなのもいるけど?」

「そいつらがおかしいのよ!」


 そこまで言うか。見ればビータンはともかく、エリンは苦笑を浮かべていた。複雑なところなんだろうな。


「魔王のどこがそんなにいいんだよ? エリンは、人を殺すノルマとか恐ろしくて仕方なかったと言ってるぜ?」

「ふんっ、魔族なら当然よ」

「つまりお前は、ノルマをこなしていたと?」


 言った瞬間、俺の体からユラリと陽炎が上るのを感じた。いや、それは目に見えるものではない。それが何かを俺は知っている。


 殺気。


 それはそういうものだ。

 何年経とうと、魔王を倒そうとも、恨みが消えないのは人間も同じこと。

 もし目の前の女魔族が、人を幾人も……いや、一人でも殺めたというのなら、俺は許しはしない。


「……!!」


 息を呑む魔族。俺の殺気を感じ取って青ざめる。


「おい、落ち着け」


 不意に俺の肩に手が置かれた。ガジマルドだ。その瞬間、フッと俺の肩から力が抜けて、殺気が薄れた。


「魔族はともかく、アリー達が恐がっている」


 言われて初めて気付いた。アリーが驚いた様子で俺を見て、その背にシャティアが隠れていることに。


「すまん」

「まあ仕方ないさ」


 こればっかりはな。

 ガジマルドの言葉に、俺は苦笑いを返す。

 アリーもシャティアも素人というわけではない。だが冒険者としては初心者。そんな二人が気付いて恐れてしまうほどの殺気を出していたのかと、自身の未熟さを後悔する。


(怖がらせてしまったな……)


 しかし娘二人以上に青ざめているのは、俺の殺気をもろにくらった魔族だろう。

 もう俺から殺気は出ていないが、それでも恐怖は植え付けられたようだ。今なら素直に俺の質問に答えるかな。


「もう一度聞く。お前は人間を殺したのか? 命令ではなく、自らの意思で罪なき人々を?」

「……いいや」


 言ってから、俯いて魔族は首を横に振った。


「いや、殺した。それは認めよう。ただ……」

「ただ?」

「戦場で相対した、敵だけだ」


 民間人や不要な殺しはしていない。

 そうサティは呟くように言った。それが本当か嘘かなんてわからない。魔族は嘘を平気でつく存在だ。

 だからこれは俺の勘だ。彼女は嘘をついていないという、ただの俺の勘。だが俺は知っているのだ、俺の勘は結構当たるってことを。

 彼女はシャティアやアリーを傷つけなかった。その気になれば、俺の前に彼女たちの無残な姿をさらすことだってできただろう。そうすれば俺やガジマルドの精神はかなり不安定になったろうに、けれど彼女はそうはしなかった。卑劣な魔族ならば、必ずすることを、彼女はしなかったのだ。


 だったら信じてみてもいいのかもしれない。


「戦場での死は、誰も文句は言えないだろう。それはお互い様だし、罪に問われることじゃないさ」


 俺だって、魔王を筆頭に魔族や魔物を数多殺して来たのだ。それは全て人のためではあったが、魔族からすれば俺こそが魔王そのものなのだろう。どちらも善でどちらも悪。それが戦争だ。


「けれど私は罪なき娘二人をさらったぞ?」

「だから自分を殺せってか? 危害を加えていない相手を殺すことなんて、俺にはできねえよ」

「勇者に敗北した私に、生き恥をさらせと?」

「ならこうしよう」


 言って、俺はしゃがんで目線をサティと同じ高さにする。正面から覗き込む俺の顔を、サティは訝し気に見つめる。


「お前さん、俺と一緒に旅をしないか?」

「は?」

「なに、既にエリンとビータンという魔族が増えるんだ。もう一人くらい増えたからって困らんさ」

「いや、私は別にお前なんかと……」

「旅を通じて、魔王の話を聞かせてくれや」

「聞いてどうする」

「ま、意味があるかどうかはお前さん次第だろ」

「……」


 どうする?

 もう一度問えば、逡巡した後、サティは俺の顔をしっかと見て言った。


「行く」

「そうか。よろしくな、サティ」

「だから私の名前はサティスティファイリュイと言っておろうが」

「長いんだってば!」


 こうして俺と娘の旅路に、またも魔族が一人加わるのだった。

 

「アリーに手を出したらタダじゃおかねえ」


 いきなり不穏な言葉で始まったなおい。

 今の言葉は、アリーの父の言葉、ガジマルドからのありがた……くないお言葉である。


「出さねえよ。相手16歳だぞ」

「信用できん。あんなに可愛い子を、お前が放っておくとは思えん」

「出さねえっつってんだろ。そもそも俺の好みと真逆で……まて、斧は駄目だと思う」


 冗談が通じない父親だな!


 全てが終わり、ガジマルドの村へと戻った俺達。

「迷惑かけてごめんなさい」とサティが頭を下げたところで一件落着となったわけだが(いいのかそれで? いいんだよそれで)、その後の後日談がよろしくない。


 色々と散らかった村の掃除も終わり、さてそろそろ旅を再開させようかなという段階で、ガジマルドの娘アリーが言ってきた。


「私も一緒に行くからよろしく~!」


 と。

 まあ当然のように、ガジマルド……父ちゃんが荒れる荒れる。


「あんなクズで下劣で最低野郎と一緒に行くなんて、パパは許しません!」


 とか言ってるし。

 そのクズで下劣で最低野郎って俺のことじゃないだろうな。俺のことだったら、そのケツを二つにぶった切るぞ、とお互いに剣を握って睨み合ったのは少し前のこと。


 そのまま放置しといたら三日三晩は睨み合いが続いたと思われるが、ガジマルドの妻でアリーの母親であるササラが割って入って、難を逃れた。


「父親なら、娘の独り立ちを見守ってやんな!」


 ツルの一声である。

 嫁さん溺愛のガジマルドが、その言葉に異論を唱えれるわけもない。


 そんなわけで、アリーが俺らの旅に同行することが決定した。あれ、俺の意見は? 聞く必要ない? さいで。

 シャティアは当然のように喜んでいるし、エリンやビータンが反対する様子もない。

 戦士見習いのアリ―は、さすがガジマルド直伝とばかりに、なかなかの腕っぷしがある。旅の荷物にはならんだろうし、彼女にとっても修行となる。

 こうなったら、今更俺やガジマルドがなに言ったところで、意見が通るはずもない。


 魔王倒した伝説のパーティー二人の意見が、一番ないがしろにされてるってどうなの。


 なんてぼやいても、出立の日はやって来るわけで。

 そうして、目やら鼻やら口から、色々と水分出して汚いガジマルドが出来上がるわけだ。


「アリー、危なくなったら、レオンを囮にして逃げろよ」

「まかせて!」

「レオンが襲ってきたら、斧で頭カチ割れよ!」

「おっけー!」


 なにこの親子の会話。


「シャティア、パパはちょっと泣いてもいいかなあ」

「パパじゃなくてレオンでしょ」

「今それ言う!?」


 娘の塩対応に、泣けるわ。


「にしてもレオン、本気でそいつも連れて行くのか?」


 さっきまで娘とバカ話してたガジマルドが、不意に聞いてきた。一転してマジ顔である。

 それ、とは俺の肩を指差している。

 そこにはれいの、小さくなった黒龍が乗っていた。


「なんかすっかり仲良くなってな。なつかれたってとこか」

「大丈夫かあ?」

「まあ大丈夫だろ」

「軽いな」


 言いながらも、ガジマルドも心配はしてない様子。人間性は信用していないが、勇者の実力は信用してるってか。喜んでいいのか?


「ねえパパ」

「パパって言うんかい」


 いったん娘にツッコミ入れておく。


「その子の名前、シータンでどう」

「なんで」

「こっちがビータンだから」

「いや意味分からん。つーか安直だな」

「ぶー。じゃあパパならなんて名前つけるの?」

「じゃあサータンで」


 言った瞬間、ゴンッと頭が鈍い音を響かせた。

 ガジマルドが殴って来たのだ。


「ぅおいっ! お前それ、伸ばし棒なかったら、魔王の名前じゃねえか!」

「んじゃサタン」

「伸ばし棒をなくすな!!!! 不吉きわまりないわい!」

「ちっ、じゃあザタン」

「それならいい」


 いいんだ!? 濁点つけただけでそんなに変わる!?

 ガジマルドの感覚が分からん!


 そうこうしているうちに、別れの時がやって来る。というか早く出発せんと、次の村だか町だかに着くのが遅くなってしまう。せっかく日の出と共に起きたのに、意味ねえ。


「じゃあな」

「おう、またな」


 10年ぶりに会ったってのに、またっていつだって話だが、俺達はそんなことを気にしない。会う時は会うし、会わない時は会わない。それでも再会すれば、俺達はいつだって昔の関係に戻れるんだ。


「お前との久々の冒険、楽しかったぜ」ガジマルドが二ッと笑う。

「そうだな」かつてのそれとは大違いの、可愛い冒険。それでも俺も楽しかったと笑う。


 ポンと互いの肩を叩いて、俺達は別れた。


「行ってきまーす」

「気をつけてな、アリィィィッ!!!!」


 手を振るアリーに向かって、また涙と鼻水でベトベトになるガジマルド。さっきのクールな別れが台無しじゃねえか。

 そうして俺達は戦士の村を後にした。

 しばらく歩けば、どこにいたのやら姿を消していたサティが現れる。


「なにやってたんだよ」

「私やっぱり行かない」

「はあ?」


 魔族ってのは気まぐれだ。気分がコロッと変わるのはよくある話だ。


「じゃあ最後にこいつの名前を聞いていけ」


 言って俺はおもむろに、黒龍を指差した。自分の城にいた黒龍に名前がついたことに、少し目を開くサティ。


「名前?」

「そ。こいつの名前は今日からザタンだ」

「なにそれ、だっさ!」

「サタンからとったんだが」

「なにそれ最高。一緒に行くわ」


 チョロい魔族がここに!


「いやあ、女性が多いって素晴らしいなあ。そう思わんか、ザタン、ビータン」


 言って、俺は黒龍と黒狼を見る。

 だが直後、シャティアが「ビータンは女の子だよ」という言葉に卒倒しかけた。


「マジ!?」

「うん」


 それは予想外。なにこれ、ハーレム? 喜ぶべきなのか……。


「ザタン、男同士仲良くしような」

「がう」


 ザタンがなんて言ったのか分からない。だがなんとなく俺を慰めてくれているようで、嬉しくなった。

 

「はあ……まあいいや。次の町を目指すかあ……」


 見上げた空は青かった。


~第四章 終~


※次は新章です!

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引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!? リオール @rio-ru

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