第18話:めっちゃ可愛い

 理央としては、策を練った上でその喫茶店を指定したのだと思う。でもそれは全くの逆効果。健斗は理央に対する嫌悪感が募っただけだった。


 それにしてもどんな意図でその喫茶店を指定したのか。


 思い出してみると、あの日、二次会のお店を見つけたのは、理央と仲がいい男性社員だった。それに理央のことだ。「二次会、もう終わりましたぁー? 理央も行きたかったなぁ」なんてメッセージを送り、二次会が終わった時間を把握することもできただろう。


 つまり、私に見せるために、細工した可能性が高かった。理央は、ラブホ街の入口で健斗といるところを私に見せ、健斗に対する不信感を、私に植え付けようとした……。


「そのラブホ街の入口の喫茶店で、理央とそのパソコンに詳しい男性と会ったの?」

「来なかった」

「え……?」


 残業を切り上げ、健斗は指定された店に向かい、遅れて理央もやってきた。理央は頻繁にスマホを確認し、当該のパソコンに詳しい男性から「仕事がバタついていて、今、終わった。これから会社を出るから、後三十分以内には到着できる」という連絡が来たと告げた。


 この言葉を聞いた健斗は「いきなり遅刻!?」と、礼儀を欠いた行動に呆れる。その後も「道に迷っている外国人の道案内をした」「人身事故で電車が遅延している」「忘れ物をして取りに戻った」etcの理由が続き、結局、その男性は現れなかった。


「結局、それで二時間以上過ぎていた。その間、不二山は『お腹すいちゃいましたぁ。オムライス頼んでもいいですかぁ~?』とか言い出して。食べたいなら食べればいいと思って『個人の自由だと思いますが』って伝えたら、オムライスに加えて、ケーキセットも頼んで。それらを食べながらつまらない話をしていたよ」


 つまらない話……最近行った素敵なレストランの話。SNSで流行っているスイーツショップの話。昨日行ったネイルサロンの話などをしたという。


 健斗が辟易しているのはよく分かる。

 彼は正直、不二山理央のような薄っぺらい人間が嫌いだった。


 健斗が社内で人気な理由。それはルックスに加え、仕事もできる人間だったからだ。

 仕事ができるということは、それだけ優秀な人間であり、地頭もいい。

 会話していて彼の知識欲が満たされ、もっと知りたいと好奇心を刺激されるような会話ができない相手には、興味を持たない。


「今、思い出しても苦痛で無駄な時間だったと思うよ。あの不二山と店にいた時間は。最終的に男は来ない。杏奈のファイルの件も解決しない。完全な無駄足だったよ」


 健斗の整った顔が、苦々し気な表情になっている。


「でも杏奈が困っていることが分かったから、俺も誰かパソコンに詳しい奴で、解決できる人間がいないか当たったけど……。そもそも社外持ち出し禁止だろう、そのファイル。そこに気づいて、システム部にしか任せることが出来なくて……。あれは悔しい思いをしたよな」


 優しく頭を撫でられ、その時を思い出し、頭にくるものの。もう理央はいなくなった。そしてこの世界では、私の努力は正しく評価されたのだ。だから……。


「健斗、ありがとう。私のために」


 そう言って私から健斗にぎゅっと抱きついていた。

 ここは病院なのに、と言っていたのに。

 健斗にツッコまれるかと思ったけど、そんなことはない。

 大歓迎という感じで、抱きしめられていた。

 しばらく健斗は私をギュッと抱きしめていたけど……。


「……杏奈は俺と理央が、浮気したと思っていたのだろう?」

「なんで知っているの!?」

「自己申告してくださったではないですか、杏奈様」


 そうでした。聖なる力に目覚めたフリをするリオの本性を示すために。ヴィンス隊長には、リオに恋人へちょっかいを出されたと話していた。


「全く。ヒドイ勘違いだよ。あんなうわべだけ取り繕うような性悪女なんかのこと、俺が好きになると思うか? しかも杏奈の血と涙と汗と努力の結晶である企画書のアイデアを盗むような最低な女だ、不二山は。絶対にそんな女、俺が好きになるわけがないのに」


「それは……そうね。でも私の周りの人達は、コロッと騙されていたから」


「それな。そうやって騙される人間がいるから、あの女も調子に乗った。まあ、今頃、あっちの世界で寿命をすり減らしながら生きているのだろう? ざまぁみろだ」


 健斗は理央のことになると、途端に口が悪くなる。でもそれはそれだけ、理央がやったことが許せないのだろう。


「それにしても杏奈、俺、思い出すと胸がキュンとするんだけど」


 頬をポッと赤くして、健斗が瞳を輝かせている。


「え、何が!?」


「だって杏奈、俺が浮気したかもしれない――そう思って頭にきているのに。俺のことが忘れられず、気になって、次期国王陛下である王太子との婚儀を拒んだよな?」


「そ、それは――!」


 健斗の指摘に今度は私の頬が熱くなる。


 ヴィンス隊長に、なぜカルロス様と即婚儀を挙げなかったのかと聞かれた際。私は……理央と健斗が浮気している可能性もあったが、気持ちが残っていると打ち明けていた。健斗への気持ちがあったから、カルロス様との婚儀に踏み切ることができなかったと話していたのだ。


「ヤバイ。照れる杏奈、めっちゃ可愛い」

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