第17話:これは、ズルい!

 照れる私を、思いがけない強さで抱きしめた健斗は、しみじみとこんなことを口にする。


「……本当に。杏奈が生きていてくれて良かった。もう一度こうやって、杏奈を抱きしめることができて……奇跡だって思うよ。あの不二山は最低な女だったけど、杏奈を元の世界に戻すことを思いついてくれて、そこだけは褒めてやってもいいかな」


 これは……。

 ズルい、健斗!

 今この状態でそんなこと言われたら、力が入らなくなっちゃう。


 それは……頭脳明晰な健斗も、分かっているようだ。

 私から力が抜けていくのを確認すると……。

 もう、唇が重なりそうだった。


「ねえ、健斗。健斗は理央とは、どういう付き合いなの?」


 このままキスを……ここは病院であると分かっていたけど、してもいいかなと一瞬思っていた。そうしたくなるぐらい、気持ちは盛り上がっている。だって健斗は文字通り命懸けで、私を二度も守ってくれたのだから。


 それに健斗は、こんなにも私を求めている。

 間違いなく転生前の記憶が戻る前の、ヴィンス隊長だった時から。そしてこの世界に戻ってからもずっと。その気持ちはちゃんと伝わっていた。


 でもその前に。

 ハッキリさせたいことがあると、思い出してしまった。

 ハッピーエンドになったと思うけど、私の中で引っ掛かっていることがある!

 そう、それは。

 寿退社するチームの女子の送別会の二次会で、私は健斗と理央が、ラブホ街の入口付近を歩いているのを目撃していたのだ。


「不二山とは、どんな付き合いか? なんだよ、今さら……」


 健斗の中では、絶対にキスできると思っていたのだろう。

 それが予想外で待ったをかけられた。しかもその理由が、あの理央。

 健斗としてはもう「あの性悪女のせいで、またも邪魔された」と苦々しい気持ちだったと思う。その端整な顔を歪め「もうあの女なんて、どうでもいいけどさ」とぼやいていたが。


 大きく息を吐いた後、ちゃんと話してくれた。


「俺としては、あんな女とは接点なんて持ちたくなかった。でもあの女、俺にこんな話を持ち掛けたんだよ。『杏奈先輩、ファイルが壊れたって大騒ぎされていますよねぇ~。私ぃ~、知り合いにパソコンに詳しい方がいるんですぅ~。彼なら復旧できるかもしれないですよぉ。紹介しましょうか~』って」


 健斗の話し方が、あのぶりっ子理央にそっくりで、爆笑してしまう。目尻の涙を拭いながら、私は健斗に尋ねる。


「それって私が、社内公募の企画書のファイルが壊れたって、青ざめていた時のこと?」


 健斗は「そう」と頷く。その瞬間、そのサラサラの前髪が揺れ、必要以上にドキッとしてしまう。


「今思うと、なんであの女、俺にその話をしたのかな? 俺と杏奈が付き合っているって、秘密にしていただろう。それなのに。そこで罠だって気づけなかったのは……。これは俺の落ち度だな。杏奈のことになると、どうも俺は冷静になれないらしい」


 そう言って前髪をかきあげる健斗は……。すごくカッコいい。

 さっきキスしなかったことを、後悔しそうになってしまう。


「とりあえずその時の俺は、あの女の意図には気が付かなかった。それであの女にその話をされた時、杏奈に直接、その不二山が親しいっていうパソコンに詳しい奴を、紹介すればいいと思った。それを伝えたら……」


 健斗は首に手をあて、その時のことを思い出したようで、眉をしかめながら、口を開く。


「『え~、でも男性なので、杏奈先輩に直接紹介するのは……。杏奈先輩、美人ですからぁ~、彼、好きになっちゃうかもしれないですし~』なんて尤もらしいことを、言ったんだよ。その時はまだ、あの性悪女の正体も分かっていなかったから『ああ、なるほど』と思ってしまった」


 もう、健斗の理央の口真似が、誇張し過ぎているのに似ていて、つい笑ってしまう。しかもその見た目はヴィンス隊長で、とても端整な顔をしているのに! その顔で理央の真似って。やっぱり健斗は愛嬌がある。


 ひとしきり笑った後、私は健斗に「それで理央の知り合いのその男性に会ったの?」と聞くと。

 健斗はこくりと頷いた後、心底げんなりした顔になる。


「なんでそんな場所かと、待ち合わせ場所に着いてから思った。不二山が待ち合わせ場所に指定した喫茶店、ラブホ街の入口にあったんだよ。こんな店を知っているということは、よっぽどその辺りのラブホを利用しているのか!?ってドン引き」

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