第11話:あの時何が……

 私が御礼の言葉を伝えると……。


「アンナ様。あなたを守るという誓い。ちゃんと果たすことができ、良かったです」


 ヴィンス隊長だ! 記憶がちゃんと残っている……!


「あの時、一体何が起きていたのですか、ヴィンス隊長? それに先程の女性……私の付き合っていた男性の母親ですが、なぜ普通に会話をされていたのですか……?」


 ヴィンス隊長は、黒曜石のような瞳を細めて微笑むと「説明します。良かったら座ってください」とベッドのそばの丸椅子を進めてくれた。私は早く話が聞きたかったので、ゼリーが入った紙袋を手にしたまま、丸椅子に腰かけた。


「自分はアンナ様と書庫で別れた後、すぐに宮殿へ向かいしました。リオ様という悪魔のような女性の恐ろしい計画を、国王陛下とカルロス様に知らせるためです。宮殿と神殿をつなぐ道はいくつかあるのですが、馬車ではあの日、アンナ様と向かった道しか通れません。でも単騎であれば、裏道となる森を抜け、最短で宮殿に到着できるのです」


 ベッドから上半身を起こしたヴィンス隊長は、水色の病衣を着ている。隊服姿を見慣れていたから、これは不思議でならない。


「一刻も早く、事態を知らせたいと思っていたので、馬を走らせていると……。その裏道はそう知られている道ではありません。それなのに曲がり角から前方に目を凝らした時、土埃が見えたのです。単騎であれば、あれほどの土埃は見えません。相応な数の馬がこちらへ向かっていると分かりました」


 ヴィンス隊長は、魔物との戦闘を経験しているので、常に自身の周囲への警戒を怠ることがなかった。特にその時、通っている道は一本道。敵と正面から遭遇すると、逃げ場がない。


「何か不穏なものを感じたので、道からそれ、大きいな岩陰に身を潜ませ、何者であるかを確認しました。二十名近くいた彼らは、グレーのローブ姿。すぐに神殿付きの魔術師達だと分かりました。さらに二人乗りをしている馬が一騎、目に留まりました。フードを目深にかぶっていますが、風でローブがめくれ、着ている衣装が見えたのです。それは紫のドレス。リオ様だと、すぐに分かりました」


 この時、ヴィンス隊長は大いに迷うことになる。


 リオが自身を召喚した魔術師を従え、神殿へ向かっていた。そこには、先代聖女の体が安置されている。よって手を合わせに向かったという可能性もあった。もし私からリオの話を聞いていなければ、先代聖女に敬意を払い、お忍びで冥福を祈りにきた……とも考えたかもしれないが、もうヴィンス隊長は、リオの正体を知ってしまった。


 よってそんな殊勝な心掛けで、神殿に向かったとは思えない。私に何かするために、神殿へ向かった可能性が高いと判断した。


 そこでヴィンス隊長は、宮殿へは向かわず、神殿へ戻ることにしたのだ。国王陛下に伝えるべき重要事項より、私の身の安全をどうしてここまで気にしてしまうのか。ヴィンス隊長自身、どう説明していいか分かららない。それでも私を守ることができるのは、自分しかいない――その気持ちだけで、神殿へ後戻りしていた。


 森を抜け、神殿へ向かう途中に一か所、規模は小さいが騎士の屯所があった。そこに立ち寄ったヴィンス隊長は、リオの悪事を素早く羊皮紙にしたため、屯所にいた騎士に、国王陛下へ届けるように伝えた。


 本来であれば、対面で伝えるべきことであるが、リオが既に動いている。そしてその魔の手は、私に伸びている可能性が高い。私の助けに向かうが、リオの悪事もなんとか少しでも早く、国王陛下に知らせるための、苦肉の策だった。


「屯所に騎士が複数いたら、神殿へ連れて行くつもりでした。ですが基本的に神殿に安置されているのは、歴代聖女の遺体……つまりは遺骨。優先されるべきは生者であり、その時は宮殿にいる新たな聖女に、関心が向かっていました」


 それはもう、仕方ないことだと思う。あの時は先代聖女の死と、新たな聖女の誕生が重なってしまったから……。


「普段は、小さいとはいえ、その屯所にも、六名ほどの騎士がいるはずでした。ですがその時は三名のみ。一人は私の書いた手紙をもたせ、宮殿へ向かわせました。残り二人を連れ、神殿へ行くわけにもいかず、結局私は一人で、神殿へ戻ることになりました」


 神殿には、神殿の警備の騎士がいる。彼らは神殿のトップである神官長の指示で動く騎士。彼らを動かすには、有事でなければ、神官長の許可、もしくは国王陛下の命令が必要だった。ゆえにヴィンス隊長はそのまま単身、リオ達を追うことになる。


 この神殿に私を乗せた馬車が到着した時。護衛の騎士はそれなりの数がいた。だが国王陛下は「近衛騎士団の隊長を護衛につけている。それだけでも僥倖であろう。残りの護衛の騎士は宮殿へ戻せ。新しい聖女さまの護衛につけろ」と命じていたので、既に護衛の騎士は、宮殿へ帰ってしまっていた。


 それだけ、名ばかり聖女の私の扱いは、低いものになっていたわけだ。


「神殿の警備の騎士に、リオ達がどこに向かったか尋ねながら、召喚が行われる『秘儀の間』に辿り着いたのですが……。そこは立ち入り禁止とされ、警備の騎士も見張りについていました。彼らを説得し、中に入るのは、苦労しましたが……。なんとか近衛騎士団の隊長という立場を利用し、中に入り、その様子を見て……もう驚くばかりでした」


 そこでヴィンス隊長は深々とため息をつく。


「『秘儀の間』に入り、目の当たりにした光景は、魔術師達が呪文を詠唱し、魔術円を起動させている状態です。一体何が起きているのか。困惑しました」

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