第13話:底なしの優しさ

「自分は……杏奈、君を守りたいと思った。でも俺はどうやら杏奈を守ろうとして、一度死んでいたようだ。杏奈は召喚という形で異世界転移をしていた。でも俺は異世界転生をしていたようだ。しかも杏奈とは大きな時間差で」


 私を守ろうとして、健斗は――!


 私は手に持っていたゼリーが入った紙袋を、床に落としそうになった。すると彼は、信じられない素早い動きで、紙袋をキャッチしていた。その俊敏さは騎士として鍛えられたヴィンス隊長そのもの。でも直前の話し方、言葉は……黒川健斗だ。


「杏奈、驚かせてごめん。俺はこんな姿だけど、中身は黒川健斗だ。不二山理央は、あの祝賀パーティーで、杏奈のことを階段から突き落とそうした。驚いたよ。俺は杏奈を助けようとして、腕を伸ばした。確かにその腕を掴み、胸に抱き寄せることができたんだ。でもそのまま俺は階段から落ち……首の骨、折れたのかな?」


 ヴィンス隊長の姿の健斗が、自身の首に触れた。

 まさか。

 そんな。

 気づくと、息を止めていた。


「つまり俺は、階段から落ち、死んだのだと思う」


 これにはもう衝撃で、言葉がでなかった。

 私を助けようとして、健斗は……!


「杏奈を助けようと手を伸ばしたから、俺にまとわりついていた不二山も、階段を一緒に落ちたと思う。その結果、杏奈と不二山は聖女として、異世界……ブラウン王国に召喚され、俺は転生していた。ヴィンス・フォスターとしてね。でも時間軸はずれていたようで、俺は零歳児からヴィンスとして、成長することになった」


 そんなことが起きていたなんて……!

 上手く思考することができず、口をパクパクさせることになる。

 あの時、階段から落ちる私を、健斗が助けてくれようとしていたなんて。

 しかも、健斗が、健斗が――。

 恐ろしい真実。

 それは言葉にすることができない。


「驚いたよな。俺も自分の身に起きたことを理解した時、とってもビックリしたよ」


 ヴィンス隊長が……健斗がその瞳を細め、微笑んだ。


「……わ、私、私は、ヴィンス隊長……健斗は……」


 軽くパニックになっているし、彼のことをどう呼んでいいか、分からなくなってしまう。


「杏奈、大丈夫だよ。落ち着こう」


 健斗はそう言うと「深呼吸しようか」と、自身で深く息を吸い、吐く動作を行った。私は正直、思考停止している。よって言われるまま、息を吸い、吐くの動作を真似した。すると健斗は「いいよ、杏奈。もう一度繰り返して」と優しく言い、自身も息を大きく吸い、吐く。私は素直に従い、息を思いっきり吸い込み、大きく吐き出す。


「そう、杏奈。あと数回、繰り返そうか」


 頷いた私は、深呼吸を繰り返すことで、なんとか気持ちが落ち着いた。

 私が落ち着いたと分かると、健斗は穏やかに微笑んだ。


「今は元の世界に戻って来ているわけだから、ひとまず健斗って呼んで、杏奈」


「……う、うん、分かった」


 私が返事をすると、健斗の顔に安堵の表情が浮かんだ。


「見た目が健斗とは違うから、慣れないかもな。ヴィンスはさ、筋肉バカだから、むちゃくちゃ鍛えているんだよ。腹筋も見事なシックスパック。背筋もすごい。でもさ、着やせするし、いわゆる細マッチョ。男としては憧れるよな。マッチョ過ぎると、女性からモテない。細マッチョはモテるから」


 健斗はそう言うと、とても朗らかに笑う。


 実は転生していたという事実を、私が重く受け止め過ぎないよう、明るく振舞ってくれている。底なしの健斗の優しさを目の当たりにし、胸がいっぱいになる。


 彼のことがたまらなく好きという気持ちが溢れ、涙がでそうになった。


「ほら、すごいだろう」


 いきなり健斗は私の手を掴むと、自身の腹部に触れさせる。

 これも間違いない。深刻になりそうな私にストップをかけるためだ。


「ちょ、ちょっと!」


 ビックリしながらも、でも触れた健斗の腹部は確かに硬く、思わず「すごい」と呟いてしまう。涙は引っ込み、その素晴らしい腹部に意識が向かっている。


 間違いなく、腹筋が完璧についていた。「すごいだろう。自分でも鏡を見て、見惚れちゃうよ」と健斗は笑っている。


 見た目はヴィンス隊長で、健斗とは全く違うのに。でもその話し方、思考は健斗そのまま。


 何より実直で生真面目なヴィンス隊長が軽口を叩き、こんな風に笑うなんて。


 ただ、ただ、驚くばかりだ。

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