第14話:彼の判断

 健斗は……黒曜石のような瞳で私を見ると、優しく微笑む。


「自分がヴィンスに転生したって、でもずっと気付かなかった。ブラウン王国の近衛騎士団の隊長として生き、そして……杏奈に再会した。不思議だったな。再会したその瞬間に、俺はヴィンスなのに、一目で恋に落ちていた。あの時、騎士道精神を学んでいなかったら……その場で杏奈のこと、押し倒していたかもしれない」


 騎士道精神をしっかり学んであろうヴィンス隊長の姿で、健斗がそんなことを言うのは……実にシュール。でもそれは、私がまだ真剣な顔をしているので、笑わそうとして敢えてそんな際どいことを言っているのだと思う。


「でもさ、押し倒したくなったとしても、それは仕方ないよな? だって俺、杏奈のことが好きで守りたくて、それで命を落としたぐらいなのだからさ。死ぬほど愛しているを実践した男なんだよ、俺は」


 それにはもう、異論はない。

 そこまでしてくれたのだ。

 感謝なんて言葉では収まり切らない程、健斗に対する気持ちが高まっていた。


「だから王太子の婚約者だって分かっているのに、好きの気持ちは抑えることができなかった。それは……杏奈も感じた?」


 不意に真面目な顔になり、その黒い瞳で射抜くように見つめられると……。

 全身が熱くなり、心が……魂が震えているように感じる。


「自制しているのは、よく分かったわ。……ストレートに好き、とは感じなかったけど、間違いなく私を特別視してくれているとは……確かに伝わっていたわ」


「そっか。……ヴィンスは精神力が強いからな。でも……だからなのかな? 転生したのに、健斗としての記憶がなかなかよみがえらないし、覚醒しない。ヴィンスの精神力の強さが、俺の記憶……健斗の記憶が戻るのを、阻んだのかもしれないな。結局覚醒したのは、奇しくも不二山の指示で、壺で殴られたことでなんだから」

 ……!

 なるほど。そこで前世の記憶を取り戻したのね。

 そうか、そうなのね。

 そこで私は一つの答えを、導くことになる。


「健斗。あなたはリオが、私を元の世界に送り返すことができると確信し、完全に無防備であると分かったのよね? 本当は彼女に剣をつきつけ、魔術師達の詠唱を止めることができたのに、それをしなかった。それは……私のためなのね?」


「そう。もしここで杏奈が元の世界に戻らず、そして不二山が偽聖女と分かれば。杏奈は王太子と結婚、不二山は追放。これはこれでハッピーエンドかもしれない。でも……ヴィンス隊長である俺は、知っていた。聖女は早死にする。理由は、聖なる力を使うことは、自身の寿命をすり減らすことだからだ」


 安置されていた先代聖女と対面した時。

 この若さで……と思った。

 さらに書庫で歴代聖女について調べた際にも、そのことには気づいていた。


「聖なる力は、聖女の寿命との等価交換なんだ。聖女の寿命を一年差し出せば、聖域は強化され、一年間守護される。聖女はそうやってどんどん寿命をすり減らし、その過程で体力が落ち、やがて亡くなる。杏奈がそんな目に遭うなんて、俺は嫌だった」


「健斗はこの世界とあっちの世界の二回。私を守ってくれた。健斗が実は、私の最強の守護者だったのね」


 すると健斗は照れ笑いをして、自身のサラサラの黒い髪をかきあげる。


「それに俺にとっては、杏奈が王太子と結ばれるなんて、バッドエンドだ。だって俺は杏奈のために命を捧げている。……杏奈を取り戻したいと思った。だから杏奈は元の世界に戻るが正解だと、俺は判断した」


 そして健斗は……ヴィンス隊長は、リオのことをつかみ、突き飛ばした。その時のリオの叫び声が「きゃあああああああぁぁぁ……」だった。


 その後すぐ、私が元の世界に戻るための魔術が発動する。

 まさにそこでヴィンス隊長は……健斗は、魔術円に転がりこみ、そして私を抱きしめた。

 同時に、健斗と私は元の世界に戻る。


 戻ったのは、階段から落ちるその瞬間。

 これは絶体絶命。

 前回のように首の骨が折れてしまう……?そう健斗は思ったが……。

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