第15話:完璧だろう?

 この世界に戻り、いきなりまた階段から落ちる状況になった。

 また首の骨が……と危機的な状態になったのかと思いきや。


 ブラウン王国でヴィンス隊長として生きた健斗は、ちゃんと受け身もとれるようになっていた。自身の首を守り、私を胸の中で庇い、階段から落ちることで、一命をとりとめることができたのだ。


 さらにリオの指示で動いた魔術師から受けた傷は、自身の認識よりひどいもの。でもそれはこの現代に戻ることできちんと処置され、事のなきを得ることができた。


 これでヴィンス隊長……健斗の命は助かった。そして私も元の世界に戻ることができ、寿命を削り、聖女になる必要もなくなった。しかもあの不二山理央とも絶縁できた。さらに私の社内公募の新規事業の企画書は、正しく評価されたのだ。


「どう、杏奈。俺の考えたハッピーエンド。完璧だろう?」


「うん。そう思う。身を挺して、本当に命を懸けて私を守ってくれて、ありがとう」


 心からの笑顔で御礼の言葉を口にすると、健斗は分かりやすく顔を赤くしている。ヴィンス隊長の姿で赤面されると……。なんだか母性本能がくすぐられる。……可愛い!


「じゃあ、杏奈。キスして」

「え!?」

「だってお姫様は、最後に自分を助けた王子様にキスをするのが、定番だろう?」


 そう言った健斗が、私に抱きつこうとするので、私は慌ててその胸を押し返す。触れた胸板の手応えに、ドキッとしながら「言いたいことは分かるけど、ここ、病院だから! 自制して」とバッサリ斬ると。


「むうううう」と健斗は言いつつも、私から手を離す。


 本当は。

 キス、したかった。

 健斗が私のためにしてくれたことを思えば、キスの一つでは足りないぐらいなのだから。それでもここは病院なのであり……。


 というか、本当に。

 病衣が薄っぺらいせいか、健斗の無駄のない引き締まった体を感じてしまい、落ち着かない!

 顔が赤くなるのを感じてしまい、なんとかそれを誤魔化そうと、気になったことを口にしてみる。


「ねえ、健斗」

「何?」

「……どうしてなのかしら? 健斗の見た目はヴィンス隊長なのに。なぜ健斗の母親はそれを受け入れているの?」


 それについて健斗は、腕組みをして考え込む。


「俺も……そこは不思議だった。でも、俺は一度死亡して、魂だけになったわけだろう? もしかしたら俺の身体は、既に灰になっているのかもしれない。つまり転生したヴィンスの体しかないから、それで辻褄合わせが行われた……とか?」


 自分の体が燃やされ、灰になっているなんて……想像しただけで悲しくなる。そうなったのは健斗が私を守ろうとしたからで……。


「杏奈のせいじゃないからな。悪いのは杏奈を階段から突き落とした不二山だ」


 健斗の顔が目の前にあり、悲鳴を上げそうになる。

 私がシリアスに考え込んでいる間に、健斗の顔は、もうキスができる距離まで近づいていた。


「健斗! ここは病院なんだからって、言っているでしょう!」


 頬をつねると、「はいたたたたた」と健斗は情けない声を出す。


「杏奈、こんな美貌の顔をつねるとか、あり得ないんですけど」

「TPOをわきまえない行動には容赦しないから」

「もー、杏奈、怪我人に冷たい!」

「どうしてそこで怪我人であることを持ち出すのよ! 怪我人なら、怪我人らしく、大人しくしてください!」

「はい、はい。杏奈様にはかないません」


 両手を上げ、降参のポーズを示した健斗は、ヴィンス隊長の姿の自分を見た周りの反応について、話を再開させた。


「怪我の処置が終わってさ、いろいろな人が俺のそばに来た。でもみんながみんな、俺のことをちゃんと『黒川健斗』と呼んでいるんだよ。だから俺は、異世界転生していたけど、もしかしてこの世界に戻って、黒川健斗の姿に戻れたのかとも思った」


 そこで健斗はトイレに向かい、鏡を見て、自分の姿を確認した。

 その鏡に映るのは……。

 黒い髪はサラサラ艶やかで、大きな黒目の瞳。ここは日本人っぽい。だが鼻筋の通った整った顔立ちで、キリッとした眉、形のいい唇と、日本人離れした顔をしている。

 さらに騎士団の隊長としてよく鍛えられた体躯をしていたが、それもそのまま。身長も高く、引き締まった体をしている。


 これが黒川健斗?


「さすがに別人過ぎる」と、彼自身は思ったのだが……。

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