第9話:一つの結論
目が何を見ているのか、認識できない。
世界がぐらりと、反転している。
自分が階段から落ちているのだと理解したが。
何故だろう、体が……何かに包まれている……?
「!」
激しい衝撃だった。
でも不思議と痛みをほとんど感じない。
私が落下したその階段は、絨毯が敷かれていた。
それがクッションになった……?
いや、違う、これは……。
目を開け、すぐ眼前に見える顔に驚愕する。
「ヴィンス隊長……!」
乱れた黒髪。瞼は閉じられ、長く黒い睫毛が見えている。通った鼻筋の下の形のいい唇は、微動だにしていない。でも私の体は彼の腕の中に抱きしめられており、その胸からは心音を感じる。
生きている……!
体を起こし、ここがさっきまでいた神殿の部屋ではなく、元いた世界の、社内公募授賞式とその後の祝賀パーティーが行われたホテルであると理解した。
階段の上を見上げるが、そこに不二山理央と健斗の姿はない。
「あっ」
ヴィンス隊長に目を戻すと、その背中の方から血が流れているのが見えた。
怪我をしている……!
リオがつけた傷だ。
でもここは中世西洋風の世界ではない。
現代だ。私がいた世界だ。
医療レベルは格段に向上している。
「誰か、誰か助けてください! 救急車を呼んでください!」
立ち上がった私は叫びながら、階段をのぼった。
◇
ヴィンス隊長はすぐに救急車で運ばれ、私もその救急車に同乗し、病院についてから、検査を受けることになった。
その検査の結果。
私は無傷だった。
ヴィンス隊長が自身の胸の中で私を庇ってくれたから、私はどこも傷つくことはなかったのだ。彼は私のことを守ると言ってくれたが、それはまさに有言実行だった。
検査が終わると、警察・会社・家族……とにかく沢山の人に聞かれ、話をすることになる。
だがその話をしていると、不思議な事実に突き当たった。
「あなたは階段から突き落とされた。突き落としたのは、不二山理央……。でもそんな女性、どこにもいないのですよ。会社の方にも確認しましたが、そんな契約社員の女性はいないと言われました。似た名前の女性、それもいません」
誰が私を階段から突き落としたのか。なぜ突き落とすことになったのか。それを警察に話したのだが、それを聞いた警察官は……。理央が存在しない、と私に告げたのだ。さらに。
「社内公募の新規事業の件ね。大賞をとったのは星野杏奈さん、あなただと会社の方は言われていますよ。実際、写真や動画を見せてもらいましたが、そこには白いドレスを着て表彰されるあなたの姿が映っていました」
驚く私のために、警察官は会社の人に頼み、動画と写真を証拠として見せてくれた。すると確かにそこには……私が映っている。
「検査ではどこにも怪我はない。でも心理的なショックで、一時的に記憶が混乱しているのかな?」
警察官はそう言っているが……。
私は一つの結論に至った。
この世界から異世界に、聖女として召喚された瞬間。
恐らく私と理央の存在は、なかったものになっていたのだと。でも私は戻り、理央は戻っていない。だから理央の存在は、なかったものになったままだ。
さらに理央がいないことから、企画書の正しい持ち主である私が、社内公募の新規事業で大賞をとっている。理央の企画書では特別賞だったが、それは彼女の稚拙なアイデアが加わることで、レベルダウンしていたようだ。私の本来の企画書は正しく評価され、大賞となったのだろう。
元の世界に戻れば、私は階段から落ち、そのまま命が尽きると思っていた。
でもそうならず、命拾いできている。
しかも私の企画書は、正しく評価されていた。そしてこの世界に、あの悪魔のような性悪女の理央はいない。
人から奪うだけの理央との縁が切れたことになる。
リオは元の世界に戻れば、私が不幸になると思った。
だが実際はその逆。
まさにリオにとっては予想外だろう。
でもこうなったのは、他でもない。
ヴィンス隊長のおかげだ。
彼が私を助けてくれたから、階段から落ちたのに、私は生きている。
まさに救世主であるヴィンス隊長は……。
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