第5話:違和感

 先代聖女。名前はカエデ。

 年配の女性を想像していた。

 だが祭壇で棺に入れられ、眠るその姿は……とても若く見える。


 年齢はまだ四十代ぐらいでは?


 ここは中世西洋風の世界であり、医療レベルは、私がいた世界とは比べ物にならない。長生きするなんて、そもそも無理なのだろう。


 彼女は何歳の時に、聖女として召喚されたのか。

 元の世界にいれば、もっと長生きできたのかもしれないのに。


 聖女として聖なる力に目覚めていない私は、当然、聖女としての知識を持ち合わせていない。それでも神殿の庭園で手に入れた白い花でブーケを作り、自分なりの祈りと共に花束を捧げた。


 そこで気が付く。

 先代聖女であるカエデの左手の甲の、聖女の証である紫の薔薇の紋章に。

 その証が現れて時間が経っているせいもあるだろうが、リオの手に現れた紫の薔薇の紋章とは、全然違う。今、見えている先代聖女の紋章は、まるで水彩画のように淡いもの。対してリオの紫の薔薇の紋章は、輪郭が黒くクッキリとしていた。そして花びらの紫色は、もっとベタっとした感じだった。


「ヴィンス隊長。先代聖女様への祈りの時間を与えてくださり、ありがとうございます。……夕食までまだ時間があるので、調べたいことがあるのですが……」


 祭壇での祈りを終え、ヴィンス隊長のそばに戻った私は、過去に召喚された聖女の姿絵、その証である紫の薔薇の紋章を記録した書物がないかと尋ねてみた。


「それであれば、この神殿に書庫がございます。そこには、これまでの聖女様の記録が残っていますので、ご案内しましょう」


 基本的に用なしになった私に、気を向ける者は、この神殿にいなかった。よってヴィンス隊長と私が書庫に行こうと、止める者はいない。


 さすがに外へ出ると言ったら、止められるだろうが、神殿内であれば、どうぞご勝手に、だ。何より今は、先代聖女が亡くなり、新たな聖女が聖なる力に目覚め、そちらで皆、忙しいのだから。


 書庫に着き、目録などを使い、ヴィンス隊長の協力を得て、調べた結果……。


 私は一つの答えに辿り着いた。


「そ、それは本当なのですか、アンナ様……!」


 書庫に用意されていた木製のテーブルには、沢山の書物や羊皮紙が置かれている。ヴィンス隊長と私で見つけ出し、並べたものだった。そのテーブルで向き合ったヴィンス隊長に、私は一つの推理を明かした。それを聞いたヴィンス隊長は、驚愕している。


「本当だと思います。間違いないかと。確認した限り、召喚された聖女の手の甲に現れる証は、水彩画のような淡い色彩の薔薇です。輪郭は細く薄く、花びらと同化しているも同然。でもリオ様の手に現れた薔薇は、輪郭が濃く、太く、ハッキリし、薔薇の花びらの色も濃い。あれは私が元いた世界に存在している『タトゥーシール』というものだと思います」


「たとぅーしーる?」


 ヴィンス隊長の言い方が可愛らしく、思わず笑みが漏れてしまう。


 タトゥーシールが何であるか分からないヴィンス隊長のために、それが何であるか説明した。従来のタトゥーは肌に傷をつけ、そこに色をいれるが、タトゥーシールは様々な絵柄を肌に転写するもの。コスプレやスポーツの応援で、国旗のタトゥーシールを、顔や体に貼るのは、元いた世界でお馴染みだ。そして私がこの世界に召喚された日は、ハロウィンの前日だった。


 しかも社内公募授賞式の後の祝賀パーティーで、女性はイブニングドレスを着ている人も多く、それはハロウィンを意識したコスプレ風の人もいた。そしてリオは光沢のあるパープルのイブニングドレスを着ていたのだ。あのドレスの色に合わせ、紫の薔薇のタトゥーシールを用意していた可能性がある。


「つまり昨晩、リオ様は、お酒か魔術師の手をかり、カルロス様の意識がハッキリしない状態にした。その上で自身は服を脱ぎ、またカルロス様の衣装を脱がせ、ベッドで目覚めたという状況を演出したと?」


「はい。そして手にはタトゥーシールをつけ、昨晩、二人は身も心も結ばれたと、信じ込ませた可能性があります」


 あのリオであれば、それぐらいやるだろうと思えた。悪知恵を働かせたら、天下一品の悪女、それが不二山理央なのだから。


「でもそんなまがい物の証では、聖なる力も使えないでしょう。すぐにバレるのではないですか?」


「その通りです。まずタトゥーシールはオイルでこすることで剥がれますし、そのままにしていれば、部分的にはがれ、見るも無残な姿になります」


 ヴィンス隊長は眉をしかめ、腕組みをして考え込む。

 なぜリオがすぐバレるようなタトゥーシールを使い、偽ったのかを。


「リオ様のことを、実は私、知っているのです」


「え……」


「元いた世界でリオ様から、私はいくつかの仕打ちを受けていました。その彼女の性格から考えると、ひとまず既成事実をでっち上げ、自身は聖なる力に目覚めたと、その立場を盤石なものにし、その上でカルロス様に迫るのだと思います」


 先程から驚きの連続で、ヴィンス隊長は武人らしからぬ、ぽかんとした顔になっている。本当にそんな顔になると、なんてお可愛いのだろうと思ってしまう。


 それはさておき。


 性悪女のリオがどんな筋書きを考えたのか。

 それをヴィンス隊長に聞かせることにした。


「先代聖女が失われ、聖なる力によるこの国の聖域化、守護の力は弱まるわけですよね。それを強化できるのはリオだけです。よってカルロス様に『私に聖なる力を使って欲しいのなら、今晩も抱いてください』と言えば……。そこで初めてリオ様は真性聖女として目覚めることになります。もう偽物のタトゥーシールは、お役目御免。本物の証も現れます。聖なる力も目覚める――そんなシナリオではないでしょうか」


「なんて恐ろしい女なのだろうか、リオ様は。……アンナ様は一体、元の世界でどんな目に遭わされたのですか、リオ様という悪女に」


 ヴィンス隊長の、私を気遣う眼差しに、涙が出そうになる。

 前世ではこんな風に私を擁護してくれる人は……会社にはいなかった。リオの言動と見た目に、みんな騙されていた。


「私は……何年も考えたアイデアを、リオ様に盗まれました。お付き合いしていた男性にも、ちょっかいを出されました。でもそれはもう過ぎたことなので……。それよりもリオ様を止めないと、この国は彼女に牛耳られることになりかねませんよ?」


「それはそうですね。リオ様という性悪女がカルロス様に迫るにしても、今すぐは無理でしょう。今晩は、聖女誕生の祝いの宴もあるでしょうから」


「先代聖女が亡くなり、遺体が安置されているのに。聖列以外の参列者はなく、新しい聖女のお祝いばかりなのですね」


 私の指摘にヴィンス隊長は、深いため息をつく。


「その点については、自分もこれでいいのか……と思ってしまいます。どれだけ先代聖女のお世話になったのか。それを忘れ、新しい聖女誕生でお祭り騒ぎになるのは、いかがなものかと思います。とはいえ、これは先代聖女の死と、新しい聖女誕生が重なってしまった結果ゆえ、だと思います」


「なるほど。本来であれば、同日に起こる出来事ではないのですね」


 ヴィンス隊長は静かに頷く。


「聖域化と守護は、すぐに弱るわけではないですから。三日。少なくとも一日は喪に服し、その後に新しい聖女の誕生、王太子様との婚儀が妥当かと。事前の会議では、そのように話し合われていたはずです」


 それをぶち壊したのが、リオということか。

 自分の都合だけで、やりたい放題なんて、本当にヒドイ……。


「自分はアンナ様の護衛でもあるので、極力おそばを離れたくないのですが、今、聞いた話はあまりにも重大です。文などでは済まず、直接国王陛下に話す必要があると思っています。……アンナ様。しばらくの間、あなたのそばを離れても、よいでしょうか……?」


 ヴィンス隊長は、とても真面目だ。

 騎士なのだから、これが正解なのだろうけど……。

 でも本当に。彼の実直さを、自然と好ましいと思ってしまう。


「この神殿に着いてから、私を気に掛ける人間なんて、ヴィンス隊長ぐらいです。誰も気にしていません。ですから、大丈夫ですよ。宮殿に向かっていただいて」


「……聖女になってくださいと、あなたにちやほやした人間は、沢山いたと思います。それがこんな風に、手の平を返すような仕打ち……。ブラウン王国に属する人間として、恥ずかしく思います。申し訳ありません」


 実直なヴィンス隊長は、深々と頭を下げるので、どうか頭を上げるようにと、お願いする。


「ヴィンス隊長のような方が、一人でもいてくれたこと。それが私には救いです。ですから大丈夫ですよ」


 ようやく頭を上げたヴィンス隊長は、ためらいがちに私に尋ねた。


「……アンナ様は、こんなブラウン王国で聖女になる。それでいいのですか?」


「え……」


「カルロス様は、リオ様という性悪女に騙されたのかもしれません。そうであっても、国王陛下が二人の婚約破棄を告げた時、彼はあなたと目を合わすことすらしませんでした。あの場で一番辛いお立場のアンナ様に、一言も声をかけることがありませんでした」


 それは……その通りだ。

 何より私は、婚約者だったのだ。

 例え罠にはめられたのだとしても、その直前までは「わたしの聖女はアンナ様だと決めていました。よってわたしの気持ちは変わりません」と言っていたのだから。「すまなかったです」「ごめんなさい」でもなんでもいい。


 せめて一言、何か言ってくれても良かったのでは……?

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