第19話:グイグイ迫ってくる

「可愛い」と褒めた上で、健斗が両手で私の頬を包み込むから、もう顔だけではなく、全身が熱くなる。


「それに俺が言ったこと、覚えている? 『例え罠であっても、一線を超えるようなことあったならば。自分はこの剣を持ってして、自らの命で罪を贖います』って、俺、言ったよな? あれはさ、ヴィンスとして言った言葉だけど、それはイコール俺の気持ちでもあるから」


「わ、分かっているわ」


 私が照れを隠すため視線を伏せていたが、健斗は「俺を見て、杏奈」と信じられない程の甘い声を出す。


 今、健斗を直視したら、気絶するのでは?と思い、ためらいがちにその瞳を見ると……。


「あの時の言葉を言った時。ヴィンスは頭の中で、アンナのことを思い浮かべていた。アンナがいるのに、もしあの女の罠に落ちるようなことがあったら……。もう屈辱。末代までの恥。罪を贖うのは勿論、ヴィンス自身が耐えきれないと思った。それぐらい、不二山には嫌悪感しかなかったというわけ」


「そ、そうなんだ……」


「そうなんだって、杏奈、お人好し過ぎ」と健斗は私の頬から手を離し、頭にポンポンと優しく触れる。


「杏奈の努力を踏みにじっただけではなく、階段から突き落とした相手だぞ? そんな女と一線超えるなんて、身の毛もよだつ」


 それは……でもその通りだ。というか、健斗自身、理央のせいで私を庇って階段から落ち……。


「健斗の言う通りね。だって健斗は理央のせいで……転生できたから今があるけど、それがなかったら……」


 それを思うと、もう恐怖しかない。

 私が助かって健斗が……なんてなっていたら。私は絶対、理央を許すことはなかっただろう。


「杏奈、大丈夫。ちゃんと俺はここにいるだろう」


 健斗が私の手をぎゅっと握りしめた。

 温かく、力強い健斗の手。

 確かにここに健斗がいると実感できる。


「それにさ、杏奈」


 健斗の手から視線を顔に向けると。

 その瞳がなんだかキラキラ輝いている。


「杏奈は『ヴィンス隊長なら絶対に、浮気や不倫はなさらないだろうと思い、なんだか微笑ましくなりました。ヴィンス隊長に愛された女性は幸せですね』って言っていたよな」


 ……!

 もう健斗は……!

 記憶力良すぎ。


「なあ、杏奈! ヴィンスが愛している女性って誰だと思う?」


「も~、健斗、分かっているんでしょ! それ、聞く必要ある?」


「ある! それに杏奈、俺は浮気や不倫を絶対しないと思ったんだろう?」


 健斗は完全に頬が緩み、とろけそうな顔になっている。

 美貌な男子がこんなデレ顔をするなんて。

 ある意味、激レア。


 だがしかし!


 私はもう恥ずかしくて、耳までジンジンと熱い。

 ヴィンス隊長=健斗だなんて、思うわけがない!

 だからこそうっかり、素直に感じたことを話していたのに。


 それなのに~!


「杏奈、真っ赤だな。それに手も熱い。もしかして、熱あるんじゃないのか?」


 そう言った健斗は私の顎を持ち上げ、そしていきなり自身のおでこを私のおでこにピタリとくっつける。驚き過ぎて、心臓が飛び出しそうになった。


 健斗って、健斗って、こんなに甘々でしたっけ!?


「俺の浮気だの不倫だの心配しているけどさ。杏奈こそ、あの随分と優しくてお人好しの王太子様と、二人きりの時間を過ごしていたよな?」


 おでこは離したのに、顎を持ち上げまま、健斗が尋ねた。


「……何もなかったよな?」


 探るように、その黒曜石なような瞳で見られ、心臓のドキドキが止まらない。


「と、当然でしょう」


「まあ、そうだよな。召喚されて即日婚儀を拒否したんだから」


「えらい、えらい」と私の頭を撫でた健斗は……。


「杏奈は新規事業でこれから忙しくなるだろう。でもそれが落ち着くのを俺は待てない。だから、一緒に暮らそう。籍も入れてしまおう。会社のみんなにも、二人のことはオープンにする。式は落ち着いたら挙げる。これ、どう思う?」


「え、いきなり!?」


 すると健斗は大変不服であるという顔で私を見た。


「俺がどれだけ杏奈を好きか、まだ分からない? もう何度も言っている通り、俺は命を懸けるぐらい、杏奈が好きだ。それなのにお預けなの? それとも俺に、何か足りないところがある?」


 異世界から戻った健斗は、信じられないぐらいグイグイ迫ってくる。

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