悪女に全てを奪われた聖女―絶体絶命からの大逆転―

猫好き。

第1話:プロローグ

「神の導きにより、国を聖域化し、守護を与える聖女は、ここにいるリオに決まった。よって先に召喚されていたアンナと王太子カルロス・ケビン・ブラウンとの婚約は、本日をもって破棄とする。アンナは即刻、宮殿から去り、神殿で待機とする」


 カルロス様の父親であり、現国王陛下が重々しく告げると、私の周囲を警備の騎士が取り囲んだ。

 その状況に驚き、私はカルロス様を見る。

 とても親切で、金髪碧眼のまさに絵に描いたような王太子であるカルロス様は、視線を伏せている。私と目を合わせようともしない。でも彼の隣にいるリオはニヤリと笑い、勝ち誇った顔をしている。その左手の甲には、聖女の証である紫の薔薇の紋章が確かに咲いていた。

 リオは……いつもそうやって……。

 涙がにじむが、歯をくいしばる。


「……アンナ様、行きましょう」


 近衛騎士団の隊長であるヴィンス・フォスターが私に声をかける。

 悔しさに震えながら、でもなす術もなく、その場を立ち去ることしかできなかった。


 ◇


「杏奈先輩、社内公募の新規事業の企画書、誰でも応募できるじゃないですかぁ。でも私、企画書とか書いたことがないんですぅ~。それで先輩の企画書、参考までに見せていただいていいですかぁ~?」


 産休に入った社員の代わりで、私の部署にやってきた契約社員の不二山理央ふじやまりお。小顔で小柄、でも胸は大きい。垂れ目で唇の近くにホクロがあり、髪は栗色のゆるふわの癖毛。声は鼻にかかったような甘ったるい声。男性社員は老いも若いも理央にはメロメロ。


 対する私、星野杏奈あんなは、女性としては身長が高く、目はぱっちり、髪は黒髪ストレートと、理央とはまさに真逆。


 そんな彼女と私は、接点ゼロだったはず。

 同じ部署とはいえ、チームが違う。

 やっている業務も内容も違っていた。

 でもこの日、理央に話しかけられ、何の疑いもなく企画書のデータを共有してしまった。

 そこからすべてを理央に奪われることになるなんて、この時の私は気づくことができなかった。


 親切心で私が見せた企画書のデータを、理央はコピーした。その上で数字のデータの年度を変え、自身の稚拙なアイデアを時々織り込み、そして上書きして完成した企画書を、周囲の社員、上司に見せ、そして部長にまで見せて社内公募に応募した。


 理央の企画書を見た社内公募事務局のメンバーは「着任して日はまだ浅いのに、ここまで深くこの会社のことを理解しているなんて、素晴らしい! 企画もとても面白い!」と絶賛。


 一方の私は、ほぼ完成していたが、日々の業務に追われ、企画書の提出が遅れていた。最後に軽くもう一度目を通し、事務局に提出しようと思っていたのだが……。


 共有フォルダにいれていたはずの私の企画書は「データが破損しており、開くことができません」というメッセージが表示されてしまった。システム部に相談すると「これは復旧できない可能性が高い」と言われてしまう。


 もう、公募締め切りまで時間がなかった。

 ローカルで保存しているファイルもあるが、それは最新版ではない。

 つまり、もう公募に間に合わないことが分かった。


 でもその時は諦めるしかなかった。最新版をローカルにも保存しておけばよかったのに、怠った自分が悪いと涙を飲むことになったのだが……。


 社内公募は、理央の企画書が、特別賞を受賞した。そこで私は理央の企画書を、公募事務局のポータルサイトで見て、驚愕することになる。この会社に在籍し、私が六年かけて練り上げたアイデアを、理央はものの数日で自身の手柄にしていたと分かったからだ。


 それを周囲に相談すると「でも不二山さん、自分の企画書だってみんなに見せて回っていましたよ。証拠がないと厳しくないですか?」と言われて気づく。


 証拠。


 それは私のオリジナルの企画書。

 でもその企画書はファイルが破損している。

 可能性としては理央が証拠隠滅のため、ファイルを破損させた可能性が高い。

 さらにこの事態に追い打ちをかけるようなものを、目撃することになる。


 寿退社する社員の送別飲み会。


 退職する子は、私と同じチームの女子。私は二次会に参加し、理央は一次会で帰ったと思っていた。

 だが……。

 二次会のお店は繁華街にあった。その繁華街はラブホ街が近い。そのラブホ街の入口で、私は社内恋愛中の恋人・黒川健斗けんとと理央が並んで歩いている姿を目撃してしまう。


 衝撃的だった。


 私の企画書を素知らぬ顔で我が物にして賞をとり、今度は恋人まで奪うつもり?


 あまりの理不尽さに、社内公募授賞式の後の祝賀パーティーで、私は理央を呼び出した。理央は光沢のある華やかなパープルのイブニングドレスを着て、私は地味な黒のスーツ姿。理央と私は、人がいない階段の踊り場で、話を始めることになった。


「私がファイルを壊した証拠なんてぇ~ありませんよね? それに企画書には私のアイデアも入っていますからぁ、私のオリジナルですぅ」


 それはもう、盗人猛猛しいとしか言いようがない。

 さらに。


「あ、黒川先輩ぃ~!」


 理央が私の恋人、社内恋愛中の黒川健斗に声をかけた。たまたまトイレから出てきたらしい健斗は、紺色に白のストライプのスーツでビシッと決まっている。その姿は悔しいぐらい、惚れ惚れするもの。


「どうしたんですか、不二山さん、星野?」


 ラブホ街の入口で、健斗と理央を見かけてから三日が経つ。この間、健斗からの連絡は無視していた。


「黒川先輩ぃ~、なんだか杏奈先輩が私に変な言い掛かりをつけて意地悪してくるんですぅ~」


 理央が健斗の腕に手を絡ませるのを見た瞬間。

 もう我慢がならず、その手を振りほどこうと理央につかみかかると……。

 理央は私を突き飛ばした。

 突き飛ばされた私は、階段から落ち――。


 階段から落ち、命を落としたのかと思った。


 でも閉じていた目を開けると、そこには金髪碧眼の、まさに絵に描いたような王子様がいた。白の上衣にズボン、シャツはクリーム色、マントも純白。金糸による刺繍や飾りボタンで、眩いほどの姿に目を細めると……。


 彼は片膝を床につき、跪いた。

 そこで自分が大理石の床の上……何やら幾何学模様や絵のような文字が描かれた円陣の中央に、横たわっていることに気づいた。周囲には白いローブを着た沢山の人と、司祭のような黄金の飾りの服を着た年配の男性もいる。


「あなたのことをお待ちしていました、聖女様」


 上半身を起こした私の手をとると、王子様は輝く笑顔で私に告げた。


 え、どういうことかしら……?


 どうやら階段から落ちた私は、なぜか異世界に、ブラウン王国という中世西洋風の世界に召喚されていた。聖女として。


 これにはもう驚くばかり。


 大学を卒業するぐらいまでは、ファンタジー小説を読んでいて、それは結構ハマっていたと思う。そう言ったアニメやゲームを見て、遊ぶこともあった。


 でもまさか、自分が実際、そんな世界へ召喚されるなんて。しかも私が聖女……?


 一体どういうことなのか、話を聞くと……。


 召喚された世界には、魔物が存在している。魔物とは邪竜、ゴブリン、バジリスクなどのこと。この魔物からブラウン王国を守っているのが聖女で、聖女は異世界から召喚される。聖女は「聖なる力」を使い、国を聖域化し、守護を与えることが役目で、聖域化した土地には魔物達は近づくことができないという。


 聖女の召喚は、先代聖女が神に召される前に、王宮に仕える魔術師達が召喚の為の円陣、魔法円と呼ばれるものを起動し、異世界から召喚するというのだ。


 召喚された聖女は、召喚された時点ではまだ聖なる力に目覚めていない。聖なる力に目覚めるためには、この王国の正当な王位継承者と結ばれる必要がある。


 聖なる力とは、聖女のみが持つ特殊な力のこと。魔物を寄せ付けない聖域を作る力、その聖域に神による守護を与える力が主なもの。この力を聖女は自身の身体に宿しているが、召喚された時点ではまだ眠った状態。


 王国の正当な王位継承者と結ばれることで、眠っている聖なる力が目覚めるというのは、いわばショック療法に近い。そして聖なる力を行使する時には、強い精神力と集中力が必要になる。その原動力になるのが愛の力。


 この王国と愛する人を守るため、聖なる力を行使する――聖域化を行い、守護を与えることが可能になるのだという。


 つまりブラウン王国の王太子と聖女が結ばれると、聖なる力に聖女は目覚める。そして魔物を寄せ付けず、撃退することができる「聖域化」と「守護の力」を、行使可能となるのだ。同時に、聖女として必要な知識も、得ることができるという。


 聖女として召喚された私は、王太子カルロス・ケビン・ブラウンと結ばれる必要があるということは理解した。だが……。


「先代聖女さまは、衰弱しており、間もなく命を引き取られます。お亡くなりになられてすぐ、国の聖域化が解かれ、守護がなくなるわけではありません。とはいえ、聖域と守護が弱まる可能性がございます。ゆえに婚約と同時に即婚儀をお願いしたいのです。婚約の手続きは、こちらの書類にサインいただければ完了です。すでに国王陛下のサインはいただいているので。次に婚儀は――」


 神官長の説明を聞いた私は、驚くことになる。


 婚約の手続きは紙切れ一枚のサインで終わり。婚儀もすぐそばにある祭壇の前で、永遠の愛を誓い、これまた書類にサインして完了というのだ。ただ、厳密にはそれで終わりではなく、そのまま王太子と二人で寝所に向かってくださいと言われ……。


「ちょ、ちょっと待ってください。それは、あまりにも急ではないでしょうか」


 この世界に来てから、私の感覚としては、三十分ぐらいしか経っていないと思う。それが意味することは、三十分前、こことは違う世界にいて、そこで私はただの会社員で、別れることになっただろうが、恋人もいたのだ。


 それがいきなり初対面の男性と婚約&婚儀&ベッドインは、あまりにも性急過ぎる。

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