第3話 恋人との別れ
目が覚めると、外はまるで台風のような天気だった。
テレビをつけると昨晩から降り続いた雨の影響で、東海地方の被害が大きく各地で土砂崩れが起きていると報道されていた。
昨日の涙のせいで目が腫れ瞼が重かった。
ボーッとしてると、お腹が空いていることに気づいた。
思えば昨日は何も食べていなかった。
冷蔵庫を開けると、なにも入っておらず、パスタを茹で、オリーブオイルと冷凍してあった明太子を混ぜて食べた。
携帯を見ると、3件の着信があった。
全て朝見さんからだった。
そろそろ、この人のこともちゃんとしないとな。とため息が出た。
携帯の電源を切った。
会社にも連絡しなきゃならないけど、どうせ辞める会社だし、誰の声も聞きたくなかった。
テレビを切り、ベッドに横になり天井を見つめ、昨日の夢のことを思い出していた。
修ちゃん。
学生時代の恋人。
一番幸せだった頃の私。
最近では思い出すことも減っていたのに、今頃になって夢を見るなんて。
でも修ちゃんの声、修ちゃんの手が私を安心させ、昨日泣いたことが嘘みたいに落ち着いていた。
翌日、会社に電話をかけ、午後から行きますと伝えた。
会社で、課長に用意しておいた退職届を渡した。
課長は嬉しさを隠すように、「残念だよ」とわざと低い声をだした。
そんな態度に腹はたったが、なにも言う気力もなかった。
その後、人事に行き、退職手続きについて聞かされた。
人事部の人に「よく耐えたよ。あの課長の下で、一昨日、西脇さんが辞めるって、嬉しそうにやってきたんだから。部下が辞めるのを喜ぶなんて最低よね」と笑って言われたが、そんな話を告げ口する、あんたも最低だよ。と突っ込みをいれたかった。
会社を後にし、朝見さんにメールを打った。週末に会えないかと。
すると直ぐに電話がかかってきた。
テンパってる様子で、場所は朝見さんらしく高級レストランを指定してきたが、そんな気分ではないので、池袋の西武デパートの前を指定した。
朝見さんは、レストランか喫茶店に行きたがったが、私は空の下で話がしたく西武デパートの屋上に案内した。
この場所は、かなめが子供のときに休みに家族と、よく遊びに来ていた場所だ。
ここで終わりにしようと、何故かそんな気持ちに
なっていた。
周りを気にしながら、朝見さんは席に着いた。
もしかしたら、30を過ぎているというのに、こういうところに来るのは初めてなのかもしれない。
飲み物を買いに行くという朝見さん止めて、話をしようと言った。
朝見さんは、唇の端に泡をためながら、必死で弁解をしていた。
その泡を見ながら、私はこの人の何を見てきたんだろう。と考えていた。
朝見さんと出会ったのは、2年くらい前に友達の結婚式だった。
一緒に、受付をやったことがきっかけで話すようになった。朝見さんは新郎の高校時代の友達で、4つ上だった。
それから友達の家でホームパーティをしたり、友達夫婦と4人でドライブをしたりするようになった。
朝見さんからの好意は感じていたが、なんとなくはぐらかしていた。
朝見さんとの距離が縮まったのは、朝見さんが某大手自動車メーカーの企画開発をしていたことだ。
それは、車好きな修ちゃんが憧れ、将来成りたがっていた職業だったからだ。驚くことに朝見さんと修ちゃんは同じ大学の同じ学部の出身だった。
修ちゃんは一浪してるから、朝見さんより2学年下だ。修ちゃんは大学の話をよくしてくれていた。
そんな事が共通点となり、話が弾んだ。
知り合って半年が過ぎた頃、告白された。
朝見さんは、いわゆる良いとこの坊っちゃんでお父さんは大手企業の総務部長、お母さんは専業主婦、自宅は横浜の高級住宅街にあった。
およそ釣り合わないと思ったが、朝見さんは積極的だった。
友達の勧めもあり、友達からという条件で付き合いだした。
付き合いだして、数ヶ月もすると自宅に招かれ、お母さんの手料理をご馳走になった。とても上品な方だった。
かなめの母は下町出身で口が悪く総菜屋でパートをしていて、夕飯は、その店の売れ残りが多かった。
それでも朝見さんとの付き合いは順調だった。穏やかな性格の朝見さんとは喧嘩ひとつしたことがなかった。
徐々に朝見さんは将来について、語るようになった。
仕事が面白かった私は、結婚は考えられなかったし、朝見さんは家庭に入ることを望んでいたので、まだ考えられないと誤魔化してきた。
そんな関係が崩れだしたのは、半年前からだ。
かなめの父が1年前に亡くなり、半年前に母が地方に嫁いだ姉と暮らすというので自宅を処分することになった。
そのタイミングで、かなめは1人暮らしを始めた。
その事が朝見さんの逆鱗に触れた。
「1人暮らしするなら、一緒に住むという選択肢もあっただろ!何で相談してくれなかったんだ」と初めて大声で怒鳴った。
その後、直ぐに謝ってきたが、関係はギクシャクし始めた。
そして決定的なことが、起こった。
3カ月くらい前、朝見さんと食事の予定を入れていたが、仕事で遅くなると伝えると会社の前まで迎えに来てくれ、会社のそばのイタリアンレストランに行った。食事をしていると、そこに河原美咲がやってきた。
「ご一緒にいいかしら?」というと、返事をする前に、同じテーブルに座った。
朝見さんも私も呆気に取られていると、美咲は朝見さんに積極的に話かけ、まるで、かなめを邪魔にするような態度だった。
かなめがトイレに行っている隙に朝見さんと連絡先を交換したようだ。
そして、それから2週間が過ぎたあたりに、美咲から朝見さんと体の関係を持ったと言われた。
朝見さんから強引に誘ってきたという話だった。とても信じられず朝見さんに真意を確かめたところ、酔った勢いで1度だけそうなったと素直に認めた。
それ以来、朝見さんとは会っていなかった。
朝見さんは「もう絶対にこんな事はしない、許して欲しい、好きなのは、かなめちゃんだけだ」と何度も繰り返した。
そして、今日、海外転勤の話が出てるから一緒にきて欲しいと言われた。
「かなめちゃんも仕事辞めたんだから、一緒に来られるよね?」
会社を辞めたことは、朝見さんには話してない。
「誰から聞いたの?」と聞くと、
答えに困っていた。
美咲とは、まだ連絡を取り合っているようだ。
少し間を空け「別れたいの」と言うと、朝見さんの顔は青ざめていった。
「どうしてもダメなの?」とまるで子供が母親にねだるような顔をし、見つめてきた。
「ごめんなさい、私の気持ちは変わらない」と言うと、その場には居られないとばかりに、朝見さんは席をたった。
かなめは、少しの間その場に留まった。
そして席を立ち、売店でビールとフランクフルトを買って、1人お別れ会をした。
朝見さんとの思い出を思い出し、少しだけ泣いた。
優しい人だったな。
心の中で「ごめんなさい」と呟いた。
家に帰り、鞄を下ろすと力が抜けた。
ほっとした気持ちと寂しさと、不安感がかなめを襲った。
そして、寝る頃になると、また身体の震えが起こった。病院で処方された睡眠導入剤を飲んでも目が冴え、震えは止まらなかった。布団にしがみつき、溢れてくる涙をこらえた。
「田舎に戻ることにしたわ。」
「えっ?大学院に進むんじゃなかったの?」
「これ以上は我が儘は言えんし、おふくろ1人にするわけにもいかんから」
「そんな急に、酷いよ。」
「ごめん、ずっと言えんかった」
そこは修ちゃんのアパートだった。古い木造のアパートで冬は凍えるほど寒い部屋で、そんな話をされた。
「酷いよ」と泣き出し、修ちゃんの部屋を怒って出たところで目が覚めた。
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