第8話 架け橋
目覚めると、外は雨だった。
偏頭痛持ちのかなめには、しんどかった。
会社で働いていた頃は、頭痛薬を飲んでごまかしてきたが、もう無理して起きる必要はない。
ベッドの中でゴロゴロしてると少し眠くなった。
「雨やし、今日は二人で昼寝でもしようか」と言いながら、修ちゃんは眠ってしまった。
その日は、ビデオを借り修ちゃんの部屋で見ていたが、あんまりにも退屈な内容だったので、二人とも、あくびが絶えなかった。
このところ、修ちゃんはレポートの提出のために、夜遅くまで勉強していると言っていた。
それでも、かなめとの時間を作ってくれるところが嬉しかった。
修ちゃんの寝顔をみながら、なんだか幸せな気持ちになっていた。
気づくとベッドの中にいた。また修ちゃんの夢を見ていたようだ。
時間は9時半になっていた。
そろそろ起きなきゃと伸びをして、ベッドから出てキッチンに行くと昨日のカレーの匂いが充満していた。
雨の音しかしない、薄暗い部屋にいると気分が重くなってくる。
何か音を流そうと、ラジオをつけると、ゆずの「栄光の架橋」が流れた。
そう言えば、修ちゃんはゆずの北川悠仁に似てるって言われてたっけ、そう言われると少し照れて「似てへんよ」という修ちゃんが可愛かったな。と、また修ちゃんのことを思い出した。
携帯を見ると前日の深夜に大介からメールがきていた。
「ホストクラブを始めました!西脇も金と時間があったら来て♥️ご来店お待ちしてます!」
とあった。
時間はあるけどホストクラブに行くお金なんてないよ。まったく、。と思いながら「お金ができたら行くね」とだけ返しておいた。
大介はときどき思い出したかのように連絡をくれる。相変わらず変なやつだなと、ほくそ笑んだ。
9年前
大学1年生の頃、かなめは、大学の夜間に開かれている英会話講座を受けていた。講座に出ている就職試験のための3、4年生か、2部の学生が多かった。
かなめの大学は文学部がなかった。大学進学のときに英文科を狙って外部受験をしたが、失敗した。
結局、内部進学でエスカレーター式に今の大学の商学部に入学した。
それでも、英語を話せるようになりたい、かなめは、その講座に参加していた。講座は週2回、月曜日と木曜日だった。
それ以外の火、水、金曜日は居酒屋でバイトし、土日はスーパーでバイトをしていた。
居酒屋でのバイトは楽しかった。
マスターや奥さん、大介ともすぐに打ち解けたし、「いらっしゃいませ」と大きな声を出すと気持ちが良かった。
でも修二と話すときだけは緊張した。決して修二が素っ気ないとか、話しにくいというわけでもないのに、かなめ自身も不思議だった。
そんな、かなめに対してでも、修二は笑顔で、丁寧に仕事を教えてくれた。
修二と話すと、緊張してるくせに、なんだか気持ちが明るくなった。
高校を卒業してから3カ月ぶりに、さおりと会った。
さおりは服飾系の大学に進学していた。
さおりに、バイト先での話をすると、「それってさ、その人こと好きなんじゃない?」と言われた。
「えっ?!」と驚いた声をだすと
「かなめって、本当に鈍いよね。今まで気付かなかったの?」
かなめは、恋愛とは、無縁だった。
小学校5年生のときに、家が近所でときどき一緒に遊んでいた同級生の男の子がいた。その子といるとちょっとだけドキドキした。それが初恋だった。
中学時代はいじめられるんじゃないかと、いつも怯えていて恋愛どころではなかったし、高校は女子高で、学校に出会いはない。さおりに紹介された男の子と一度だけデートをしたが、最後には、さおりが好きで近づきたいと相談されて終わった。
新歓コンパにも誘われたことはあるが、人見知りのかなめは行くのを躊躇って断ってきたし、もともと引っ込み思案で、自分から積極的に話すこともできなかった。
男の子からモテるタイプじゃないし、だから、恋愛とは無縁だと諦めていた。
さおりにそんな事を言われてからは、変に意識してしまい、修二と話すときは、どんどんぎこちなくなっていった。
火曜日は修二は、家庭教師のバイトがあり、居酒屋のバイトは休みだった。水曜日のバイトは修二とかなめの二人だった。
そんなときは、修二を避けるように黙々と仕事をした。
そんな、かなめの緊張が伝わったのか、修二からかなめに話しかけることも減っていった。
すると、とたんに寂しくなった。
話したいのに、話すと緊張をする。
そんなもどかしい感じが嫌だった。
もっと積極的に成ろうとと思ったり、今日はこんな話をしようと考えていても、いざとなると勇気が持てなかった。
その間を埋めてくれはのは、大介だった。
金曜日は修二と大介とかなめの3人がバイトに入った。
会話の中心は大介だった。
そんなときはホッとし、かなめも緊張せずに自然に話せた。
ある金曜日、店が貸し切りになり、お客たちは相当に盛り上がり閉店の11時を過ぎても、帰ろうとしなかった。
バイト3人も大忙しだった。
終電が無くなるから、先に帰ってもいいと言われたが、帰り辛く、結局最後まで残った。
やっとお客が帰ってくれた頃には、終電が終わっていた。
マスターは高いお酒がたくさん出たと上機嫌で、ご褒美にと一人3千円ずつ小遣いをくれた。
とはいうものの、終電は終わっており、タクシーで帰ったら、せっかくもらったお小遣いも飛んでしまう。
歩いて帰るかなと諦めていたら、「もらった小遣いで飲みに行く?」と修二が声をかけてくれた。
それから3人で近くの居酒屋に行った。
そこでも、やっぱり会話の中心は大介だった。
でも、修二の話を聞くことができたし、それが嬉しかった。
修二と大介は、2人とも高田馬場から歩いて行かれる有名私立大学の理工学部に通っていた。
「西脇は?」と大介に聞かれ、
「頭悪い大学だから言いたくない」とふてくされ気味に言うと、「大丈夫だよ、誰も西脇が頭いいなんて思ってないから」と大介は笑いなが言った。「ひどい」とかなめが大介に言うと、修二は笑いながらも少し微妙な表情をしていた。
居酒屋を出たあと3人でファミレスに行き、始発が走り出したころ解散した。
かなめにとっては、初めての朝帰りだった。
母親には怒られたが、事情を話すと父が、味方になってくれた。
それから、ときどき3人で飲みに行くようになった。
かなめは終電があるから長時間飲むことができなかった。
かなめが帰った後、修二と大介は2人で修二の家に行って飲み直すらしい。修二の家はバイト先から歩いて行かれる距離にあり、大介の家は世田谷にあり大学には原付で通ってるが、飲んだ日はちょくちょく修二の家に泊まるそうだ。
大学の前期を終え、夏休みに入りバイト先に行くと、見かけない顔がいた。「かなめちゃん、この子、山田くん、1カ月間だけの短期のバイトなの」と加奈子さんから紹介された。
事情が分からず大介に聞くと、「修二さん、夏はバイト休みなんだって、その間は別のバイトを入れるのが恒例らしいぜ」
知らなかった。修二は塾の夏合宿の講師のバイトで東京にはいない。その後は実家に帰り、戻ってくるのは8月の終わりだそうだ。
「西脇ってさ、修二さんのこと好きだよね?」と大介に言われた
「そんなことないよ。どうして、そう思うの?」と聞くと
「分かりやすっ!顔赤いぞ」と笑い「いつも目で修二さんを追っかけてるし、俺と話すときと全然態度が違うじゃん」
図星だった。
何も応えられずにいると「告白してみれば?」と面白がった口調で言われた。
「できないよ、そんなこと」
「否定はしないんだな」と笑い「西脇って、ほんと分かりやすいな。修二さんも気付いてると思うよ」と笑いながら言われ、顔が真っ赤になったことは自分でも分かった。
気付かれてる?!どうしよう。もう顔合わせられないよ。
夏休み中はランチのバイトも入った。かなめたちのバイト先は昼間はランチ、夜は居酒屋で日曜日は休みの店だった。
その店のランチの一番人気は和風デミグラスソースがかかったオムライスだ。雑誌にも取り上げられ、昼休みには長蛇の列ができることもしばしばだった。
そのオムライスを、たまに従業員用にまかないで出してくれた。
そのオムライスは本当に美味しく、それを目当てにランチバイトしてるところもあった。
夏休みが終わりに近づくと、かなめは緊張した。修二が戻ってくるからだ。
どんな顔して会えばいいの?バイト辞めたほうがいい?そしたら修二さんには会えなくなる。と、葛藤の日々を過ごしていた。
そして、8月の終わり頃バイト先に行くと修二がいた。
かなめを見つけると修二は、かなめに近づき、「これ、土産」と貝殻のキーホルダーとお菓子を渡してくれた。
加奈子さんが「あれ~?かなめちゃんにだけ?」と含みのある言い方で聞いてきた。
「みんなにもありますよ!」と修二は加奈子さんの方を向いた。そのとき一瞬、顔が赤くなったような気がした。
修二からもらったキーホルダーはかなめのお守りになった。
その日は後から大介も来て、修二から「終わったら3人で飲み行こうか?」と聞いてきた。
その後すぐに、修二はお客に呼ばれその場を去った。すると大介から「俺は行かないよ」と言われ「何で?!」と思わず大きな声で聞いてしまった。
「声がでかい!もういい加減、俺いらないでしょ!2人から同時に色々聞かれるの面倒だし、俺にも約束があるんだよ」
「約束って?」
「女の子に決まってるだろ、とにかく今日は2人で行けよな」とその場を去って行った。
2人なんて無理だし。
それに大介が行かないって知ったら、飲み会自体も無くなる。そうすると、また話すチャンスが無くなる。はぁ。と心でため息をついた。
閉店に近づくと大介は「俺、今日予定あるんで先に帰りまーす」と足早に帰っていった。
「今日はお客も少ないし、2人もあがっていいよ。」とマスターから言われると2人は目があった。
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