第7話 カレー

気づくと、ローテーブルに顔をつけて寝ていた。頬には本の後がついていた。

また修ちゃんの夢を見た。

修ちゃんと出会った頃の夢。


時計を見ると、4時を少し過ぎたところだ。

何時間寝てたんだろう。最近よく寝るなと自分でも不思議だった。


そろそろ夕食の買い物に出かけようと、本を片付けショルダーバッグを肩にかけ、スーパーに向かった。

外は、夕方とは思えないほど明るく季節は夏になることを教えているようだ。

スーパーに着くと、入り口に貼ってあるチラシに目を通した。安売りになってるものを探すと、じゃがいもと玉ねぎが安かった。

「これはカレーやな」という声がまた聞こえた。

それは空耳ではなく、かなめの思い出の中の出来事だと気づいた。


修ちゃんはカレーが好物だった。

「カレーは万能や、何入れてもうまいし、失敗がない」

修ちゃんの家でよくカレーを作って食べた。

修ちゃんは大きな鍋いっぱいにカレーを作る「2人じゃ食べきれないよ」とかなめが言うと

「大丈夫や、俺が全部食べる。これくらいあれば3日は食べられるな」

「3日も食べるの?」

「そうや、2日目のカレーはうまいって言うやん、3日目のカレーはもっとうまいで」と笑顔で熱弁していた。

かなめは、「本当かなぁ」といい、カレーの鍋をかき混ぜていた。


我に帰り、今日はカレーにするか、とカレーの材料を買い込んで部屋に帰った。

3日目のカレーか、食べたことないけど食べてみるかな。と一番大きな鍋でカレーを作り始めた。

カレーを作っていると何だか楽しい気分になってきた。

まるで修ちゃんと一緒に作っているような感覚があった。


お腹いっぱいカレーを食べると何だか眠くなってきた、さっきあんなに昼寝したのに、まだ、眠いなんておかしいよね?

食器を片付け、お風呂に入り、借りてきた本の続きを読むことにした。

読み進めると、また睡魔がやってきた。

抗えず、うとうとしてると、


「名前は?」と関西なまりの言い方で、色黒で目の細い若い男性が笑顔で優しく話しかけてくれた。

かなめは、昔のバイト先にいた。

後ろから「え~っと、かなめちゃん、女の子なのに珍しいね」と履歴書を見ながらマスターが話しだした。

「マスターには聞いてないっすよ!それに女の子をいきなり下の名前で呼ぶなんてセクハラですよ!」と若い男性は言った。

マスターは「これでセクハラ?嫌な時代だね」と苦笑いをし、「まぁ仕事のことは全部こいつから教わって、こいつ、ここで2年もバイトしてて、俺よりこいつの方が、色々詳しいから何でも聞いて」と笑顔で言い、厨房の方に入っていった。

マスターの人柄は、なんとなくだけど温かい人な感じがしたし、この若い男性との掛け合いもアットホームで仲良さげな感じが好印象だった。


若い男性は「俺、山口修二、大学3年」と笑顔で話しかけてくれた。

「え~っと」と何かをたずねる言い方をしたので、

「西脇です。西脇かなめ」と緊張からか、かなめの声は先細り的に小さくなり、少しうつむいた。

「1年?緊張してる?」と修二は覗き込むように、かなめを見つめた。

「大丈夫やで、緊張せんでも。マスターもあんなやし、みんなフランクやから。

来週の金曜日からやったよね?そしたら、5時にまたここに来て」と言われ、

「はい、分かりました」というと、

厨房の奥の方から、「かなめちゃん、来週からよろしくね」とマスターの声が聞こえた。

「よろしくお願いします」と言い、出口の方に向かうと修二が先回りし、店の引戸を開けてくれた。

「修二、ちょっと手伝って」とマスターの声が聞こえ、修二は「今、行きますー!」と厨房の方を向いて明るく返事をし、向きなおると「来週から、よろしく、待ってるから」と笑顔でかなめを送ってくれた。

これが修ちゃんとの出会いだ。


一週間後

かなめは約束の時間よりも30分も前に店の前に着いた。

どこかで時間を潰そうかと、店の前をうろうろしてると、「西脇さん?」と、面接の時にあった修二が声をかけてくれた。

「何してるん?店入ったら、ええやん」

「でも、まだ時間前だから」と、かなめが応えると

「かまへんて、もう、みんなおるし」

と修二は店の扉を引き、店に入っていった。

続けてかなめも店に入ると、カウンターでうつ伏せに寝ている細身の男性が目に入った。

「大介起きろって!開店の準備するぞ」と、修二はうつ伏せに寝てる男性のかるく頭を叩いた。

はぁ~あ、とあくびをしながらうつ伏せの男性は顔げ、かなめに気づくと「今日から入る子?」と言い、かなめは「西脇かなめです。」と挨拶をした。

「いいの、いいの、そんな挨拶はこいつには必要ないから」と修二は笑いながら言った。

「修二さん、酷いですよ!」と修二の方を見て言い、かなめの方を見て「俺、鈴木大介でーす!俺も一年で、3週間前からここでバイトしてまーす」と言った。

「俺さ、入学式の日にここに連れてこられたの。サークルの勧誘かと思ったらバイトの勧誘だったんだ、それから働かされてます」とため息をつくそぶりをして、笑った。

「お前、入学式だってのに退屈そうに、隅のベンチに座ってたやん、学校に馴染めずにいるなぁと思って、心配して声かけてやったんやぞ」

「よく言いますよ!君にピッタリのところがあるって、よく分かりもしない俺を連れ出しだしたんじゃないですか!」

「あんとき、人足らんかったから、まぁ暇なやつなら誰でもよかったんやけど」と修二は笑った。

レジの方から30代後半くらいの女性が「無駄話はいいから、かなめちゃん、引いてるじゃない」と笑いながら近寄ってきた。

「あのぉ」とかなめが小さい声で言うと

「この人、マスターの奥さんで加奈子さん」と修二が紹介してくれた。

「よろしくね」と笑顔で言い、

「子供がまだ小さいから夜は入れないことが多いけど、ランチと夜の仕込みまではいるから、困ったことがあったら何でも言ってね、ここは男ばかりでむさ苦しいかもしれないけど、気楽に働いて」と笑いかけてくれた。

「マスターよりも加奈子さんの方が怖いから気をつけて、加奈子さんに嫌われるとバイト代貰えなくなるから」と修二は言った。

「また余計なことを」と加奈子さんは笑いながら修二を睨んだ。

その日は、修二がかなめに手取り足取り仕事を教えてくれた。

優しく丁寧な話し方に、ホッとし、徐々に緊張がほぐれていった。


初日ということもあって、早めに帰してもらった。

緊張の連続で、さすがに疲れて、早く帰って寝たいと思い、家に着くと、「夜遊び金食い虫が帰ってきた」と言われた。

上の姉が帰省してきていた。

まだ嫁ぐ前の下の姉が、小声で「また金の無心」とかなめに呟いた。

上の姉は、ことのほか、かなめに辛くあたる。

勝手な性格で、気に入らないことがあると人にあたるのだ。

口が達者じゃないかなめは、いつもターゲットにされていた。

「あんな役立つの金食い虫の学費払うくらいなら、うちの人にお金用立てやってよ。」と上の姉は言った。

小さい頃は、言い返すことができず、耳を塞いできたが、今は言い返せると思い、口を開こうとすると父がかなめの方を向き、首を横に降った。

いつもこうだ。

上の姉が、勝手なことを言い、父も母もそんな姉の姿に目を背け、険悪な雰囲気になると、下の姉は、私には関係ないわと言わんばかりにその場を離れる。

そんな重苦しい雰囲気のところで、目が覚めた。


深夜2時半だ。

床の上にうつ伏せになって寝ていた。

ベッドに入ると今度は眠れなくなった。

かなめは母と姉たちとの関係がよくなかった。

何をするときでも相談はしなかった。

こっそり父だけには本当のことを話したりしていた。

嫌な気分になってきたので、修ちゃんとのことを思い出すことにした。

すると不思議と安心して、眠くなってきた。

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