第6話 図書館

初夏の清々しい朝、かなめが目覚めると、朝6時だった。

仕事を辞めてからというもの、毎日同じ時間に目覚める。

仕事をしていたときは、1分でも長く寝ていたくて、すべてギリギリの時間設定だったが、それがまるで嘘のようにのんびりとした朝を過ごしている。


全身でのびをし、窓の外を眺めると、ジョギングしている人の姿が見える。

ジョギングでも始めるかな?

仕事を辞めてから、時間をもて余していた。


通っている精神科で紹介されたカウンセラーと話をしたときに言われた。 

「今まで忙しかったんだから、少しお休みしたら?」とやさしい口調で言われた。

休むかぁ。どれくらい休むのがいいのかなぁ。

カウンセラーからは、いくつかある社会復帰プログラムの中から、自宅療養で2カ月で社会復帰するコースを進められた。


そこで問題になってくるのがお金だ。

貯金がないわけじゃないが、カウンセリングもタダではないし、失業保険やら傷病手当などもあるらいしが、よく分からない。


後先考えずに仕事を辞めるとこうなるんなだなぁ。


天井を見上げると、修ちゃんのことが思い出された。

修ちゃんと別れて、もうすぐ8年。

別れたばかりの頃は、忘れるのに必死だったけど、最近では思い出すことが減ったのに、なんでだろう?


朝食を食べ、近所を散歩してると図書館を見つけた。そう言えば、紹介された不動産会社の人から近くに大きな図書館があるんですよと紹介されていたことを思い出した。


図書館、修ちゃんと一緒によく行ったな。

懐かしくなって、図書館に入り、修ちゃんが良く読んでいた作家コーナーに行き一冊を手に取ると

「その本、面白いで」という声が聞こえた。

驚いて振り向くと誰も居なかった。でも明らかに修ちゃんの声だった。

こんな所に居るはずないのに変だよね。と自嘲ぎみに笑った。


その本を閲覧席で読みだすと、

「本は面白いで、話し言葉だけじゃ分からない、書き手のものの見方とか、受け取り方まで見えてくる」と修ちゃんが昔言っていた言葉が思い出された。


修ちゃんは読書家だった。

修ちゃんの実家にはゲーム類はなかったが、亡くなったお爺さんが好きで沢山の本があったそうだ。修ちゃんも影響されて本を沢山読んだと話してくれた。

かなめは読書は得意ではなかった。

夏休みの宿題の読書感想文は、あらすじだけを読んでそれを作文用紙に書き込んでいた。

高3の時に、内部進学でも小論文試験があるからと、文章をうまくするために、本を読むように言われて、仕方なく進められた本と新聞記事を読んだだけだった。


その話を修ちゃんにすると、「もったいないわ、絶対読んだ方がええて、いろんな事を知れるし」と言われて、何冊か読んでいると好きな本に出会えた。それからその作家の本を読むようになり、他には修ちゃんから「かなめが好きそう本」と勧められた本を読んだ。

修ちゃんのお勧めの本は、本当に好きな本で、それから本好きになった。


だが、ここ2、3年は忙しくて本は読まなくなっていた。仕事がある日は夜は遅かったし、休みの日は浅見さんに会うか、何も予定がない日寝溜めとばかりに1日中寝ていた。


これからは時間もあるし、図書館で借りればお金もかからないから読書をしようと何冊か図書館で借りて、部屋に戻った。

本を読み進めると段々眠くなってきた。


「図書館で寝たらアカンで」と耳元で囁く修ちゃんの声が聞こえた。

「寝てないよ、待ちくたびれて本に顎を乗せてだけ」

「どっちしてもアカンけどな」と修ちゃんは微笑んだ。

「探してる本あった?」と顔を見上げ聞くと

「無かったわ、また別の所を探すわ」


2002年頃、まだネットで本を買うことが主流でなかった時代、欲しいものは足で探すしかなかった。

図書館の前の通りの桜並木を手を繋いで歩いた。


こんな日が来るなんて。とかなめは1年前のことを思い出していた。

修ちゃんと出会ったのは、桜が塵だした4月の半ばだった。


大学1年になった、かなめはバイト先で悩んでいた。サークルには入らないと決めていた。サークルはお金がかかると聞いていたし、留学したいから、お金を貯めたかった。

時給が高くて、週3で入れて1回5時間働けて、自宅から遠くない所など色々と考えてバイト雑誌を見ていると、ちょうど条件に合うところを見つけた。

乗り換え駅の高田馬場駅から数分の居酒屋だ。

学生の町だが、学生向けというには少し値段設定が高く、お客の多くはサラリーマンらしい。

店は広くなく、40人入ればぎゅうぎゅうになるほどで、マスター夫妻とバイト数名の小ぢんまりとしたお店だったが、落ち着いた雰囲気で、騒がしいところが得意じゃない、かなめにとっては安心できた。


面接に行くと、マスターは履歴書に見ながら、「いつから来られる?」と聞きたがら顔を上げた。

「来週からなら」

「来週かぁ」と吊るされてる紙の束をところに行き、「じゃあ金曜日から来て、忙しい日だけど、その方が早く仕事覚えられるでしょ?」とニッと笑い、奥でお酒の瓶を棚に並べる若い男性の方みながら

「修二、来週からこの子入るから、面倒みてやって」と言った、修二と呼ばれた男性は振り向き、「よろしく」と微笑みかけてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の終わり うらし またろう @teketeke0306

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ