第5話 親友の結婚

かなめには、中学まで親友と呼べるような友達はいなかった。


かなめが通っていた中学は荒れていて、目立つといじめの対象となり、かといって静かすぎると、かつあげの対象となるような学校だった。どんなグループでも属していないと、格好の餌食になるため、打ち解けられなかったが、あるグループに属していた。グループは仲が良かったわけではないから、中学を卒業すると自然と連絡を取り合わなくなった。


高校は私立大の付属高校に進学した。

勉強は好きではなかったが、クラスは特進コースで周りはいつも勉強をしていた。

このクラスは付属大学より偏差値の高い外部進学を狙う者が多く、最低でも内部進学は保証されていた。

3年間ほぼクラス替えがなかった。かなめには将来の夢はなかった。なんとなく学校に通いそのまま付属大学に進学し、そこそこの会社に就職するんだろうなと漠然と考えていた。


そんな中、さおりと出会った。

かなめの高校は付属中学もあるため、中学からの持ち上がりが多く、初めはクラスに馴染めなかった。

休み時間に話す相手がおらず、周りを見渡すと、机に顔をつけ寝ているさおりを見つけた。

思いきって、さおりに話しかけた。

さおりは顔を上げ、ハスキーな声で、「お腹すいた」と言った。

それが初めて交わした言葉だった。

さおりは痩せていて、色が透き通るほど白く綺麗な顔立ちをしていた。

その顔に圧倒された。

それから、ありきたりな言葉を交わして、かなめは席に戻った。

驚いたことに、それからは、さおりの方から話しかけてくれるようになった。


高校でできた初めての友達だ。

さおりの家は、所謂、上流階級の家だ。さおりは、3人兄弟の末っ子で、兄と姉はエリートコースを歩いていた。さおりは、親の言うことを素直に聞くタイプではなかった。

中学の頃から、夜遊びもしたし、友達の家を転々としてた頃もあった。

そんな、さおりに手をやいた両親は、さおりを祖母の家に預けた。

本当は、高校にも行きたくなく、勉強も拒否していたが、勉強もせずに入れる高校に無理やり入学させられていた。

確かに、さおりは頭が良かった。勉強なんてしてるとは思えないし、授業中は寝てることが多かったけど成績はいつも上位だった。


かなめは、さおりから色々な事を教わった。

良いことも悪いことも。

さおりは、お酒、タバコ、授業のサボり、夜の街を歩き回るなどは日常茶飯事だ。

さおりは、かなめにお酒とタバコは経験させたが、夜の街の徘徊には誘わなかった。

「かなめには、ちょっと早いかな」が口癖だった。


「売り、薬、いじめ以外は大抵やったかな。どれも面白かったけど、どれもつまらなかった。

でも音楽と服だけは違う。どっちも個性を表現できる。将来は音楽か服を扱う仕事をしたい」と語っていた。

さおりは、かなめをライブハウスや古着屋巡りに連れていってくれた。

かなめは、個性について考えるようになった。


そんな、さおりだが、一緒に住んでいる足が悪い祖母に代わって家事をしたり、近所で夜の仕事をしてる親を持つ子供の面倒をみたりもしていた。

かなめも、時々さおりの家に遊びに行き、子供たちに勉強を教えたり、さおりと一緒に夕食を作ったりした。


かなめとさおりは、凸凹コンビで、性格が全く違った。何に対しても慎重なかなめに対して、さおりはやってみないと分からない、という行動派だ。

それでも何故か、お互いを尊重し合う不思議な関係だった。

二人は高校を卒業してからも、よく会っていた。


さおりは、大学を中退し、昼間は古着屋で働き、夜はホステスとしてクラブで働き、休みの日はバンド仲間とライブをしていた。

さおりは、4年前に祖母が亡くなるとイギリスに音楽の勉強として留学した。2年前に帰国し、ライブハウスの運営をする仕事をしていた。


さおりから連絡が来たのは、一週間前だ。

会うのは1年ぶりだった。

「結婚することになった。」と告げられた。

「お腹に子供ができてさ、旦那が北海道に帰って自分の店をやるっていうから、ついていくことにした。」

さおりが、飲食店で働いている彼氏がいることは知っていたが、結婚とは意外だった。

「この子には、敵わないかな。仕事とか夢とかどうでも、よくなっちゃった。」


幸せそうな、さおりを見て、なんだか複雑な思いになったかなめは、涙がこぼれてきた。かなめは病気になってからというもの、些細なことで涙が流れるようになっていた。

さおりは、親友で心の支えでもあった。さおりが頑張ってると触発され、かなめも頑張れた。

さおりまで遠くに行ってしまう。

さおりの幸せは嬉しいけど、本当に1人になっちゃうという思いが強かった。


かなめは、感情をうまく言葉にできずにいると、さおりは、ゆっくり質問をし、かなめが話終えるまで黙って聞いてくれた。

かなめは、仕事を辞めたこと、家族と離れたこと、恋人と別れたことを、さおりに話した。


かなめが話し終えると、さおりは「大変だったんだ。身体は大丈夫?食べてる?痩せ細って、元気ないから、何かあったとは思ってたけど」

かなめは父が亡くなり、1人暮らしを始めたころから、急激に痩せ、この1年で6キロ近くも体重が落ちていた。

「かなめなら、大丈夫だよ、かなめは芯が強いから。だから心配はしてない。」

「私は芯が強いの?」

「そうだよ。私が酒やタバコを教えても、結局、影響されなかったし、誘っても授業はサボらなかった。」と笑った。 

最後にさおりから「ご飯はちゃんと食べなよ」と言われて別れた。


芯が強いかぁ。

その言葉を言われたのは、2回目だ。

修ちゃんと別れたときに。

実家に帰るという修ちゃんに、かなめは

「修ちゃんがいないと生きていけないよ。私も連れていって」と言うと

「かなめには、夢があるやろ?その夢叶えんと。大丈夫や、かなめは芯が強いから俺がおらんでも、しっかりやっていける」

そんなことを思いだしていた。


どうやって、この先生きていけばいいの?

わかんないよ。

誰か教えてよ。

少し収まっていた不安感がまた、かなめを襲った。

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