第20話 区切り

届いたダンボール箱は、修二と別れた日に、かなめの物だ、と修二から手渡された箱だった。

別れた日、泣きながら持ち帰り、何度も捨てようかと思ったが、捨てることも開けることもできずに押し入れの奥にしまっておいたのだった。


開けて中のものを取り出すと、ほのかに修ちゃんの香りがした。

何度も近くで香り、かなめを安心させた香り、お別れした日に最後に嗅いだ香り。


中身の殆どがCDだった。それは、かなめのCDではなかった。2人で買ったものが何枚かと、修二がお気に入りで「かなめも聴いた方がいい」いった何枚かだ。

下の方には、本が2冊入っていた。1冊は修二が貸してくれ、かなめもその本が気に入り何度も読んだ本、もう1冊は修二が「かなめが好きそう」と言った本だ。


私の物って、なによ。こんな思い出が詰まった物ばっかり。


全てを取り出すと、一枚のノートを破いたような紙が折られて入っていた。

不思議に思い、開くと

修二の字で

「困ったことがあったら、いつでも相談してください」とあり、

下には修二の携帯番号とメールアドレス、実家と思われる住所と固定電話の番号がかかれていた。


それを見て、かなめは声を出して泣いた。

修ちゃん 修ちゃん


私のそばには修ちゃんの影がいつもいた。

仕事で辛かったとき、修ちゃんの顔を思い出すと勇気づけられたことが何度もあった。

迷ったとき、修ちゃんならどっちを選ぶかな?修ちゃんに恥じない生き方はどっちかな?と考え、答えを出してきた。

修ちゃんと一緒に見た映画を見たり、一緒に聴いた音楽を聴くと、気持ちが和んだ。

どうしようもない男に引っ掛かって、男性不信になりかけたときも、世の中には修ちゃんみたいな人だっている、と自分を慰めた。


倒れるまでの数ヶ月は修ちゃんのことを思い出さなかった。いや、思い出せない程、病んでいた。

修ちゃんが心の支えだった。

そして今も壊れそうな私を支えてくれている。


修ちゃんに会いたい、声が聞きたい。


その晩、寝ずに考えた。

これからのことを。


ある決断をした。

修ちゃんの地元に行こう。

修ちゃんが育った場所を見に行こう。

伊勢神宮に行くついでに寄ったと言えばいい。


戻ったら、過去は振り帰らない。

修ちゃんには頼らない。

1からやり直そう。

そしていつか幸せになったとき、修ちゃんに報告できるように。

修ちゃんの幸せを遠くから祈ろう。


翌日の朝一番の新幹線で行くことにした。

支度をしながら考えた。

修ちゃんのところに行ったあとに、伊勢神宮に行こう、区切りの記念に。

これからのことを神様にお願いしよう。


修ちゃんの奥さんに会ったとしても、堂々としてよう、昔の友達が会いにきたと言えばいい。なにも疚しいことなどないのだから。

そう自分に言い聞かせた。


数日分の着替えを持って、修ちゃんがいるところへ向けて出発した。

新幹線に乗る前に、修ちゃんの携帯に電話をしてみることにした。いきなり行って、驚かせるのも失礼だと思ったからだ。


電話を持つ手が震えてる。平常心、平常心と呪文のように心で唱えた。

出たら昨日の話をしようマスターや加奈子さん、大介に会ったことなど。

用意していた会話の意味はなく、携帯のアナウンスは、電波の届かないところにいるか、電源が入ってない、という定番のアナウンスだ。

もしかしたら、番号を変えたのかもしれないし、本当に出られないのかもしれない


近くに着いたら、もう1度電話してみよう。 

新幹線の車窓から見える景色に思いを馳せた。修ちゃんも見た景色かな?

あっそういえば、いつも高速バスでの移動だったわ。と心の中で自分に突っ込みを入れた。

新幹線を降り、次の電車に乗り換えるまでの間に、もう一度、携帯に電話をしてみた。

さっきと同じように、アナウンスが流れるだけだ。

番号変わったのかな?

まぁ、行ってみよう。会えなかったら、予定通り、伊勢神宮に寄ってから帰ろう。


不思議と気持ちは落ち着いていた。

最寄りの駅に着いた。

駅前に多少の商業施設はあるものの、ローカルな田舎の駅だ。

どこにでもある、駅のようにも見えるが、かなめには特別に見えた。

高校時代は最寄りの駅まで自転車で行き、そこから2駅のところにある高校に通ったのだと教えてくれたことを思いだした。

自転車に乗る高校生の修ちゃん、そして、いまこの街に、修ちゃんがいる。



調べたところ、修ちゃんの家に行くには、駅からバスで行くのが一番いいと知った。

レンタカーを借りることも考えたが、バス移動の方が修ちゃんの軌跡を辿れる気がするからバスを選んだ。


駅前で簡単に昼食を済ませて、バス停に並ぶと、前に小さな男の子とおばあちゃんと思われる2人が並んでいた。


バスに乗り込み、窓の外を見てると、バスは街中を抜け、海が見える道に出た。

修ちゃんが好きな景色って、この辺りかな?と考えていると、足元にビニールの小さなサッカーボールが転がってきた。

そのボールを追いかけるように、先ほどの小さな男の子が走ってきた。

後ろから「カナメ!」と呼ぶ、おばあちゃんと思われる声が聞こえた。

かなめは、ボールを拾い「どうぞ」と渡すと、その男の子はニッコリと笑いボールを受け取ったかと思うと、驚いたことに、かなめの席の隣にちょこんと座った。

その笑顔が修ちゃんにそっくりだと思った。

もう一度、「カナメ、こっちに来なさい」というおばあちゃんの声が聞こえた。

かなめは、その男の子に「カナメくんって言うの?」と聞くと、その子は、大きく頷いた。「私も、かなめって言うの。同じだね」と言うと、女性が、右足を引きづりながらやってきて、「西脇さん?」とかなめに声をかけた。


驚き、男の子のおばあちゃんだと思われる女性を見つめると、その顔は修ちゃんに似ていた。

「修二のお見舞いに来てくれたの?」と言われ、何のことだか分からず、困惑していると

「私達も、一度家に戻ってから、病院に行くところなの、一緒に行きましょう」と言った。

バスは最寄りのバス停に着き、2人はバスから降りていった。かなめも2人の後ろに続いた。

バスから降りると、カナメくんは、かなめの手を引いた。

その後ろ姿は、小さいながらに、修ちゃんにそっくりだと思った。


バス停から5分くらい歩くと、小高い丘の上に古い民家が見えた。

女性は、重い荷物を持ち、足を引きづりながら、上がっていった。

思わず、持っている荷物を代わりに運んだ。


家に招き入れられると、緊張をした。

ここは修ちゃんの家だ。恐らく、この女性は修ちゃんのお母さんで、カナメくんは、修ちゃんの息子だ。

今ここにいない、修ちゃんの奥さん、カナメくんのお母さんは、病院にいるのだろう。


「今、支度するから、上がってその辺りに座って待っててくださいね」と居間の方を案内されたが、玄関で待つことにした。

かなめは、手土産を渡すタイミングを図った。修ちゃんの奥さんに渡すべきか、病院に持っていったら迷惑だから、ここで渡そうと、修ちゃんのお母さんが来るのを待った。


カナメくんが、トコトコとやってきて、かなめの手を引っ張り、中に連れていこうとする。

「ちょっと待ってね」と言ったが、聞こうとはしない。

修ちゃんのお母さんが来て、「そんなところで、何してるんですか?上がってくださいよ。カナメも上がって欲しいみたいだし」

上がるのは、遠慮したかった。学生時代に別れているとはいっても、元カノ。留守中に勝手に上がられたら気分悪いだろうと思ったからだ。


カナメくんの強引な誘いと、お母さんからの言葉もあって、上がることにした。

後できちんと謝るか、奥さんには修ちゃんとのことは黙っていようと思った。

中に入ると、廊下は板張りだか、玄関から見える居間も、襖が開いてる奥の部屋も和室だ。それはもう無くなったが、かなめの実家もそうだった。

だからか懐かしい感じがした。


居間に座らせてもらうと、カナメくんは、奥にかけていき、一冊の絵本を持ったきた。

車がたくさん書かれた本だ。やっぱり修ちゃんの子だ、車が好きなんだ。

さっきから気になっていたが、カナメくんは、何かを発音するが言葉をしゃべらない。


そこに修ちゃんのお母さんがやってきて、「カナメ、もう出かけるから本はしまってちょうだい」と言うと、カナメくんは本を奥に持っていった。


病院までは一度、隣街を経由して乗り換えなければ行かれないそうで、隣街に行くバス停までは15分歩かないといけないそうだ。

バスの時間を見て、出発することになった。


バスに乗ると、カナメくんは、疲れたのか眠りだした。

そこで、かなめは「修二さんは、お怪我ですか?ご病気なんですか?ごめんなさい、何も知らずに来てしまったので」

と聞くと、お母さんは顔を曇らせるだけで、何も答えかった。


病院は大きな総合病院で、受付を済ませると、お母さんは中に進み、ついていくと、3階の内科病棟の一番奥の個室と思われる病室の前で立ち止まった。プレートには[山口修二]とあった。

かなめは緊張した。修ちゃんがこの中にいる。7年ぶりの再会になる。修ちゃんの奥さんも中にいるだろう。

お母さんはノックもせずにドアを引いた。

かなめは、中の様子を見て目を疑った。

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