第17話 夢と現実
次の日、朝から派遣会社の登録に出かけた。会社の先輩だった人から「働きながら次のこと考えたら?」と派遣会社を紹介された。
派遣であれば、会社の規模とか、働く場所とか時間とか自由に選べるし、給料は安いけど切り詰めれば生活はしていかれるし、次の仕事までのつなぎのつもりで。
派遣会社の人から「この経歴で、派遣ですか?つまらない仕事でも堪えられますか?」と言われた。
分からなかった。自分が何をしたいのか?どうしていきたいのか?
次の仕事までのつなぎといっても、次に何をすればいいのかも分からなかった。
とりあえず、条件だけを記入して自宅に帰った。
将来について考えてみた。
かなめは、学生の頃に旅行会社で働くと決めて、そのまま就職し5年と少し働いてきた。他の業界のことも、どんな仕事があるかも調べてこなかった。途方にくれた。
また学生時代のことが思い出された。
大学1年から2年になる春休み、かなめは、毎日のように修二と会っていた。
「4月からは忙しなる、卒論もあるし、大学院進学の準備もあるしな、今のうちや」と実家にも帰らず、かなめと一緒ににいてくれた。
映画を見に行ったり、水族館に行ったり、ディズニーランドに行ったり、修二が運転する車でドライブに出かけたり。
その頃から、2人は将来の夢について、よく語り合うようになっていった。
かなめの夢は、旅行代理店で働き、添乗員になることだった。
かなめは高校2年まで夢らしい夢や目標はなかった。
高校2年の終わりに、沖縄に修学旅行に行った。さおりは一緒に住んでる、おばあちゃんの具合が悪くなり行かれなくなった。
さおりのいない修学旅行はつまらなかった。夜は眠れず、移動はバスばかり、当時は豚肉が得意ではなく、沖縄料理も口に合わず、おまけに生理になり、すっかり体調を崩してしまった。
そんなとき、優しく声をかけてくれたのは、主任添乗員の前田さんという女性だった。
体調が悪く車移動が辛いと言うと、先生達も説得してくれ、近くのホテルを一室借りて、そこで休ませてくれた。
先生や他の生徒達が次の目的地に行っても、前田さんはかなめの近くにいてくれ、ときおり仕事の指示する電話をしていた。
かなめが、横になってると、一杯のお茶をもってきてくれた。
「私も海外に行くと食事が合わなくて、しょっちゅう気持ち悪くなるの、でもこのお茶飲むとスッキリするから」
それから、前田さんは仕事の話をおもしろ可笑しく話してくれた。かなめの気持ちは和み、自然と笑顔になっていた。
次の日は自由行動の日だったが、一緒に行動する人がいないと言うと、他の添乗員の人達と一緒に穴場スポットに連れていってくれた。移動中もかなめが車酔いしないように気遣ってくれ、食事も沖縄料理以外のお店に連れていってくれた。
修学旅行から戻ってから、かなめは前田さんにお礼の手紙を書くと返事がきて、一度だけお茶をした。
前田さんは、翌月からニューヨーク支店に異動になると教えてくれた。
「英語話せるんですか?」と聞くと
「学生時代、1年間だけど留学してたし、あとは独学でなんとかね」と話してくれた。
その時も、仕事のことを色々と話してくれた。「この仕事の良いところは、お客さんの喜んだり、楽しそうな顔が見れるところかな。
あんまりないでしょ?人に夢を売れて楽しませる仕事って」
それを聞いて、かなめは感銘を受けた。得意なものは何もないし、勉強もできない。
でも、もしかしたら、人を楽しませたり、喜ばせることができるかもしれない。そんな仕事ができたらいいなと考えるようになった。
その時から、かなめの目標は添乗員になることだった。
大学は、旅行会社に就職するのに有利な大学に志望を決めていたが、受験が近づいた秋頃、大学進学を諦めて欲しいと母から言われた。
長女の結婚があり、工場経営もうまくいっていなく、進学したいのなら、国公立か奨学金にしてくれと。
担任に相談してみると、国公立はかなめの成績では厳しいし、奨学金もいくつかあるが、利子がつく高いものになると説明された。
進学を諦めるか、高い奨学金を受けるか悩んでいると、担任から、付属の大学はどうか?と提案された。付属校なら入学金は免除になるし、前期の学費も待ってもらえると。
母も、それならと納得してくれた。
いくつか、国公立の英文科をダメ元で挑戦してみたが、撃沈だった😓
卒業式に担任から「近道だけが良いわけじゃないぞ、周り道をした方が道が開けることもある」と言われた。
そんなことを修ちゃんに話すと「ええ夢やん、かなめに合ってるわ」と言ってくれた。
「でも私、話すのヘタだから、向いてるかどうか」と不安なことを言うと、
「話がおもろいかよりも、気配りができるかどうかやと思うで。かなめなら、よく気がきく、ええ添乗員になれるわ」と励ましてくれた。
「修ちゃんは?将来、何になりたいの?」と聞くと
「俺の田舎な、なんもないところで、車がないと生活でけへんねん、でも近所の人達は年寄りが多いし、バスの本数は減ってるし、どんどん不便になってる。
俺はそんな田舎でも、年寄りでも安心して乗れるのような自動で運転してくれる車を開発することや、それには、大学院に行って、ちゃんと勉強するつもりや」と教えてくれた。
「修ちゃんらしい、素敵な夢だね」と言うと、「
そうかぁ」と照れくさそうに笑た。
そんな日がくるといいな。わ
かなめは、修二との未来を疑わなかった。
夏には、修二の地元を案内してくれる約束をし、卒論が終わったら、スノボー旅行に行こうと約束をしていた。
そんな2人の関係に影が差したのは、4月も終わりが近づくGW前だった。
かなめから「休みはどうするの?」と聞くと、修二は、顔を曇らせ田舎に帰らないといけなくなったと言い出した。春休みに帰ってないから、しなくてはいけないことがあると。
変だとは思ったが、何も聞かずに、修二を送りだした。
田舎から戻った修二の様子は、ますます、おかしかった。心ここにあらずという感じで、ぼーっとすることが増えた。
夏休みは最初から実家に帰ると言い出し、結局戻ってきたのは、授業も始まった9月の中頃だった。
携帯も繋がらないことも多く、家に行っていいかと聞いても、学校が忙しいとか卒論の準備が大変だとか言っては断ってきた。
バイト先でも修二らしからぬミスをすることが増え、明らかにおかしかった。
心配になり、修二の家に行くと、本は散乱し、ゴミも山積み、きれい好きの修二の部屋とは思えなかった。
かなめは「何があったの?教えてよ、他に好き子でもできたの?」と聞いても応えず、「何か言ってよ!」と強く言うと、「今は何も言えへん、ごめん、今日はもう帰って」と言われた。
かなめは、泣きながら修二の部屋を出た。
その日はかなめにとっては特別な日だった。ちょうど1年前に、修二がかなめに告白してくれた日だったからだ。
修二はそのことも忘れてしまったようだ。
それからは修二は電話にも出てくれず、電源が入ってないというメッセージが流れるようになった。
かなめは、修二の言葉を思い出していた。こんなことで終わるわけない。と、自分に言い聞かせるためだ。
そんな行為は日々虚しくなっていった。
修二はかなめを避けるように、バイトも減らした。家に行ってもいない、かなめは何をしたらいいか分からなかった。
もうこれで終わりなのか、別れたいなら、そう言って欲しい、不安と寂しさで押し潰されそうだった。
12月の中頃、バイトに行くと、マスターから「修二、バイト辞めるって」と言われた。混乱した。加奈子さんからは「何があったの?」と聞かれたが、かなめにも分からなかった。
その日は、バイトを早引きさせてもらい修二の家に行くと、大きなバッグを持った修二と出くわした。
「どこに行くの?!」
「実家に帰る」
「こんなに早く?学校は?何でなんにも教えてくれないの?バイト辞めることも聞いてないし、私のこと嫌いになったの?それなら、そう言ってよ」
修二は何も言わず、かなめから目を逸らし、「ごめん、バスの時間があるから」と立ち去っていった。
もう終わりだと思った。
家に帰り、声を殺しながら泣いた。
かなめは自分を責めた。
私がもっと頭がよくて修ちゃんの考えてることを理解できていれば。
もっと気がきいて修ちゃんの望むことをしてあげられれば、。
自分を責めることで、気持ちを保とうとした。
そうしなければ、修二を責めることになる。それはしたくなかった。
かなめに人を好きになることを教えてくれて、温かい気持ちや幸せな気持ちも教えてくれた修二を、責めることなどできない。
それからは、生きた心地がしなかった。自分が何をしてるのか、分からなかった。
修二から連絡がきたのは、年も明け、1月の終わり頃だった。
家にきて欲しいと言われた。
次の更新予定
夏の終わり うらし またろう @teketeke0306
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