第2話 仕事を失くす

月曜日、会社に出勤すると部長は出張から戻って席にいた。

「出張お疲れ様でした。」と伝えると、「まだ早いから、下でお茶でもしない?」と1階にあるコーヒーショップに誘われた。

席につくと

「顔色悪いけど、大丈夫?」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「それはいいけど」と心配そうな顔をし、少し困ったようにも見えた。

部長は2週間ほど出張にでていた。


かなめは、とあるIT企業の子会社で社員100名程度の旅行会社で企画兼販売促進の仕事をしている。


ネット予約が主流になりつつあったが、入社してすぐの配属はコールセンターだった。

社の方針でどの部署に配置される前でもコールセンターから始まった。


新卒で働きだした、かなめは仕事に希望を持っていた。

旅行代理店で働くことは、かなめの夢だった。カウンターでセールスを行い、いずれは添乗員になりたかった。

大手の旅行会社への就職試験は落ちたが、念願だった旅行会社に働くことは叶った。


かなめが、配属されたセクションは海外専門でパッケージツアーというよりは自由旅行をメインとし、航空券とホテルの予約、送迎などの手配が主だった。

様々な国の問い合わせや、旅行に慣れた人から初めての海外旅行の人もいた。


向上心が強い、かなめは、まずは世界中各国の地理を覚え、どこの区間にフライトがあり、査証が必要かなど積極的に覚えた。飛び交う業界用語は殆どが英語が語源となっていたため、独学で英語も勉強した。

商学部出身のかなめにとっては、地理も英語も苦手だったが、果敢に挑んだ。

コールセンターは話し方も重要だと自分の声を録音し、話し方もアレンジを加えた。

お客様を待たせないように処理能力の向上にも努め、どんな質問がきても答えられるように勉強を怠らなかった。

2年もすると、かなめは頭角を表し、企画兼販売促進部門への異動が命じられた。


コールセンターは男性社員で団体旅行の営業や仕入れ担当になる以外は、最低でも3年~5年程度ので、異動になるケースが多く、コールセンターのままの社員も多くいた。

入社2年の女性社員での異動は異例だった。


企画兼販売促進の仕事は楽しかった。

どうやって商品を売り出し、広告をうつのかを研究した。

SNSがまだ主流ではなかった10年前はメールマガジンなどでアプローチをかけていた。

ポータルサイトへの登録の仕方、メールマガジンの内容、キャンペーンの出し方、配信時間など徹底的に研究した。

初めはサブのようなポジションだったが、あるとき試しに、かなめにキャンペーンを出してみるように打診された。

かなめは独自に仕入れられる商品を調べ、その中で日本には週2便だけ就航のヨーロッパの航空会社のビジネスクラス代金が安いことに気づいた。

その便に1泊だけ高級ホテルをセットにするプランを考えた。

週2便だけの就航で、出発曜日が限られること。北欧のある都市を経由しなければ、メジャーな都市に行かれないことなど、キャンペーンとしては不向きだと反対をされた。

かなめを疎ましく思っていた課長は、企画を外せば、かなめの評価が下がると考え、了承をした。


ところが、かなめの企画はあたった。

問い合わせは殺到し、予定販売数を大幅に超えた。

その年の社長賞に選ばれた。


そこからは、かなめの快進撃が始まった。

出す企画はヒットを連発し、売り上げは前年の50%増まで達していた。

そして、2年前に今の部長に呼ばれ、プロジェクトリーダーに任命された。

管理職に課長がいたが、課長はほぼお飾り状態で、仕事を仕切るのは、かなめの役割だった。

26歳でそのポジションは前代未聞だった。

部長は、大手旅行会社からの転職組で唯一の女性幹部だった。

同じ女性ということもあり、かなめには目をかけ、期待もしてくれていた。


ただし、それは同時に地獄への始まりだった。

かなめの昇進が決まると、周りの態度が一変した。

それまでは同僚として親しくしていたと思っていた人達から距離をおかれ、課長はますます、かなめを疎ましく扱うようになった。

他部署からの対応も冷たかった。

コールセンターからは私が出す商品は売りにくいとクレームがきた。

一番辛かったのは、仕入れ担当が仕入れた商品を教えてくれなくなったことだ。

仕入れ担当のかなめと同じ地位の人は、入社10年目でやっとそのポジションについたが、かなめは入社4年目だった。

単純に言えば、かなめに対する嫉妬だった。

逆に未来の幹部候補と思ってか、すり寄ってくる社員もいた。


そんな中でも部長はかなめを庇ってくれ、社長にも目をかけてもらえるようになった。

そのお陰で、かなめは仕事を続けられ、ヒットも飛ばしていた。

事態が悪化したのは、1年前からだった。

新たに、社員が増えたことから始まった。

その社員は社会経験はないが、帰国子女で大学院まで卒業し、親会社の株主の娘、河原美咲だった。

特別入社ということで、コールセンターも経験せずに、いきなり、かなめと同じ部署に配属になった。

周りは親会社の株主ということもあり、腫れ物に触るように接していた。

かなめは、敢えてそういった態度はとらなかった。

美咲は自分は何十回と海外旅行をしてるから、誰よりも詳しいし、ヒットを出せると豪語していたが、ヒットどころか販売中止になることも、しばしばだった。

ヒットを出すかなめを美咲は憎み、嫌がらせを企てるようになった。

相手にしないでいると、ときには父親の名前を出し、首にすると脅してくる始末だった。


かなめには、部長と社長という強い味方がいたが、親会社の方針で社長は別の会社に出向になり、部長は販路を広げるためと、海外出張が多くなった。

それをいいことに、かなめに対する嫉妬や嫌がらせは増していった。


そして、今回の体調不良だった。

「西脇さん、私は西脇さんと一緒にこれからも仕事をしていきたいと思ってるの。でもこのところの西脇さんは、本当に辛そうだし、他部署からも心配の声が上がっているの。」

「ご迷惑をお掛けして本当にすいません」と言うと、

「迷惑だなんて、水くさいこと言わないで、これまで西脇さんの頑張りにどれだけ助けられたか。

でも、このまま続けてもらうと反って西脇さんを苦しめることになりそうで、それが心配なの、だから、この辺りで少しお休みしてみたら?」

優しくも強い口調で、部長は話してくれた。


もう働く気力が失くなっていた、かなめは

「そうさせてもらいます」と小さく呟いた。

「ごめんね、不甲斐ない上司で。西脇さんを守ってあげられなくて」

この人も辛いんだと、同情をした。

かなめを辞めさせるように上から圧力をかけられたのかもしれない。


このところの私は自分でも酷いと感じていた。大事な会議の日に体調不良で休み、取り引き先とアポイントも忘れてしまったり、海外から顧客の接待のとき、その国のレストランに行き、吐き気を催しトイレから30分も出られないとった失態をおかし、おまけに仕事は休みがちだ。


これでは、辞めさせられても仕方がない。

部長は「元気になったら、必ず戻ってきてね、また一緒に仕事ができることを楽しみにしてるから」と言ってくれた。

「ありがとうございます」といい、2人で会社に戻った。

その日は自分でも何をしていたのか、思い出せない。

定時になると、会社を出た。

家に着くと、玄関で泣き潰れた。後から後から出てくる涙になす術もなく、ただ泣いた。

泣きすぎて頭が痛かった。やっとの思いでベッドにたどり着き、布団を被った。

初夏だというのに、身体は凍えるほど冷たかった。

布団の中でも涙は止まらず、どうしよう?どうしたらいいの?と、何度も布団の中で叫んだ。


気づくと眠っていたようで、夢の中だった。

体育座りで膝に顔を埋めて泣いていると

「かなめは心配性やな、大丈夫やで」

と背中を擦る暖かい手の感触があった。

秀ちゃんの声だ、修ちゃんの手だ。

私はホッとして、顔を上げると、手をだし笑顔でこちらを見ている秀ちゃんがいた。

私は修ちゃんの手を握り、2人で草原の中を歩いていった。

そこで目が覚めた。

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