夏の終わり

うらし またろう

第1話 序章

2011年初夏

西脇かなめは、病院のベッドに横になり、自分に投与されている、点滴の滴を見つめていた。


かなめという男のような名前は、3人姉妹の末っ子で、男の子を望んでいた父が用意していた名前だった。本当は要という漢字にしようとしたらしいが、あまりにも男っぽすぎると、ひらがなで命名された。


この病院でいくつ目だろう。

身体の不調をきたすようになったのは、2カ月くらい前からだった。

眠れないことから始まり、倦怠感、耳鳴り、心臓の痛み、食欲低下など。いろいろな症状が現れ、いろんな科の病院を受診したが、どこにも悪いところがなく、様子を見ましょうとして終わっていた。


そして今日、ついに会社で倒れた。同僚に支えられ、何とか近くの病院に運ばれ、今、点滴を投与されている。


点滴が終わる頃、看護師が「終わりましたら、先生からお話があります」と言われた。


40代半ばだと思われる男性の医師は「う~ん、症状からすると自律神経失調症ですね、これは内科の治療ではなく、精神科になりますね」

と伝えてきた。


予想はしていた、ただ認めたくなかった。うつ病やストレスを理由で仕事を辞める人をどこかで軽蔑していたからだ。自分の弱さを棚に上げて、仕事を去るなんて無責任だとさえ思っていた。


まさか自分が精神科を紹介されるなんて。。

感じたことのない落ち込みが襲ってきた。

会社に戻らなくてはならないが、なんて説明しよう。

このところ、酷い倦怠感で2週間に1度ペースで仕事を休み、迷惑をかけている。

この上、精神科の受診を勧められたなんて、言えない。

悩んでいると看護師から受付でお待ち下さいと言われ、会計を待つことになった。

お金を払い、紹介状を受け取り、会社までの数分の道のりを歩きだした。足が重くため息が止まらない。


会社に戻り、課長に迷惑をかけたお詫びをすると「今日はもう帰れ」とそれだけ言われた。

「夕方から会議がありますので」と言うと、「いいから帰れ」と素っ気なく言われた。

冷たいんだな。

会社に迷惑をかける人間の扱いなんて、こんなもんなものかな。


まだラッシュにはならない、電車に座り途方にくれた。

これからどうなるんだろう?どうしたらいいんだろう?


その日の夜、課長から社用携帯に連絡がきた。

「調子悪いなら、明日も休んで構わない。明後日は土曜日だから、週末ゆっくり休んでくれ。月曜日は部長も出張から帰ってくるから、今後の事を相談しよう」

明日は出勤します、大丈夫です。と言いたかったが気力がなく、「分かりました」と伝えた。


先送りにするのは、性分ではないので、翌日、重い身体を引きずりなが、自宅近くの精神科を受診した。

私はカウンセリングのような事をされるのかと思っていたら、症状を説明すると、「ハイ、まず眠れるような薬と抗うつ剤の弱いのを処方します、これで様子を見ましょう」とそれだけで、診察は終わった。


病院から帰ると、涙がこぼれた。

2年くらい前に、友達がうつ病になったときは社内カウンセラーにカウンセリングを受け、病院を受診し社会復帰プログラムまで組まれて療養していた。

中小企業で働く、私には誰も支えてはくれないんだな。


どうしようもない、孤独感に襲われ、涙が止まらなくなった。まるで真っ暗なトンネルを1人で歩いているようだ。

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