第12話 喫茶店

目を覚ますと、夕方だった。身体は熱ぽかったが、計ると7度6分まで下がっていた。

病院でもらった薬が効いてきたようだ。

何か食べなければと、セットしておいたお粥にきざんだネギと卵を入れて食べ、薬を飲み、また寝ることにした。



修二からの着信に驚き、手が震え、慌てて2階の自分の部屋に戻り、深呼吸をして電話にでた。

「西脇?ごめん、遅くに。今ええ?」修二は緊張した声で話し出した。

「大丈夫です」声は普通に出せたが、手は震えていた。

「あのさ、少し話せへん?」

「はい」と言うと

「外で会って話がしたいんやけど、、。明日とか?」なんだろう?と、かなめは困惑した。

翌日は土曜日で夕方からスーパーのバイトが入っていた。

バイト前ならと言うと、「分かった、そうしよう」と言い終わる頃、下の階にいる母から「かなめ!自分が食べたものはちゃんと片付けなさい!」と怒った声が聞こえてきた。

修二は慌てた感じで「ごめんな、そしたら明日、2時に目白駅で待ってるわ」と言い電話は切れた。

目白駅?初めての場所だった。

その晩、かなめは、なかなか寝付けなかった。

なんだろう?何の話だろう?嫌な話かな?

気付くと朝になっていた。

朝食を済ませ、化粧をし、着替えて下に降りると出かける前の下の姉にあった。

「最近、女っぽくなって彼氏でもできたの?」とニヤけ顔で聞かれた。

「違うよ!」と言い、家を出た。


約束の前に、さおりのバイト先に寄った。

「あれ?また来たの?」と言われ、

「少しだけいい?」と言うと、「なに?バイト中だから、手短にしてね」と言われ、

昨日、電話があったこと、今日これから会うことを話すと「良かったじゃん!」と喜んでくれた。

「何の話だと思う?」と聞くと「そんなの私が分かるわけないじゃん!」と笑われた。


そのまま、目白駅に行った。目白駅は、高田馬場と池袋の間の駅で、駅前に学習院大学があり、落ち着いていて両隣の駅とは全く違った雰囲気だった。初めて降りる駅だ。

約束の時間までは1時間以上あり、駅の近くのマックに入り時間を潰すことにした。

緊張をしていて、食欲はなくなったが、何も頼まないわけにはいかず、ポテトとオレンジジュースにした。

修二と初めてマックに行った日に頼んだもの同じものだ。かなめは、ふとその頃に戻りたいと思ってしまった。

修二とはときどきマックやファミレスで会って、他愛もない会話をするだけでよかった。

そわそわしながら、時計を何度もみた。本を持っていたが、集中することはできなかった。


約束の15分前にマックを出て、駅に行くと修二は駅前にいた。

「修二さん」と声をかけると、振り向き「おう!」と片手を上げ、あっちやから、と歩きだした。

かなめも後を追いかけると、5分くらい歩いた喫茶店に入っていった。

そこはレトロな喫茶店で、こういう店に入るのは、かなめは初めてだった。

案内された席に座ると修二は「ここ、炭火焼珈琲がうまいねんって」と言った。

珈琲のことは全くわからなかった。大学の同級生たちと、ときどき学校の近くのコーヒショップには行くが、専門店には行ったことはないし、家でもインスタントコーヒーを飲むくらいだ。

「珈琲、詳しいんですか?」と聞くと

「全然」と笑い、「この店、大学の先輩に教えてもらって、落ち着いてゆっくり話ができるって」と言われ、周りを見渡すと席はゆったりとし、隣との感覚も広い。

値段はさすがに高く、学食なら一杯で一番高いセットを頼めるほどだ。

2人とも、メニューの一番上にある、当店一番人気と書かれた炭火焼珈琲を頼んだ。

修二は、緊張した様子で何か話しずらそうにしていた。かなめも緊張していたが、何か話さないと、と話のネタを考えていると、

「西脇、彼氏おるん?」と聞かれた。

言われたくない言葉だった。修二のことしか考えてない、かなめにとって、他の人と付き合うなど考えられなかった。

「なんで、そう思うんですか?」と聞いた。

「なんか最近、髪型も変わったし、雰囲気もちゃうし、この前、映画に行ったときも、可愛い格好してたから、休みの日に会うとちゃうんやな、と思て」

修二は、かなめの変化に気づいてくれていた。それは嬉れしかった。でもそれは、修二さん、あなたのためなんです。と言いたかった。

「そんな人いないです」と言い首を横に振った。

すると「良かった」といい、ホッとした表情をした。

その様子にかなめは、驚いた。

修二さん、もしかして、私のこと好きなの?と図々しい考えが過ったところで、

珈琲が運ばれてきた。

修二は珈琲を一口すすり、かなめを見つめてきた。

かなめは緊張し、目を逸らそうとしたが、真っ直ぐな眼差しに、目を逸らすことができなかった。

「西脇、俺な、ずっと西脇のこと気になっててん、西脇とおると、なんか楽しいし、もっと一緒におりたいと思て」と言われ、何のことだか分からずに、呆然とした。顔を見るのが恥ずかしく下を向いてしまった。

「ごめんな、急にこんな話されても困るよな」と言い、少し間があき、「西脇のこと好きや、そのことだけ分かってもらえたら、それでええんや」と言い、伝票を持って席を立とうとする修二に向かって、

「私も、私も好きです」と言った。そんな言葉を口にするのは初めてだったし、自分の声が正しく相手に届いたのかも分からなかった。

修二はかなめの方に向きなおり「ほんまに?」と驚きながらと赤い顔で聞いてきた。

「はい」と頷いた。

修二の表情はパッと明るくなり、「良かった」と微笑んだ。

それから、かなめのバイトまでの時間、2人でいろんな話をしたが、修二は終始照れたような表情だったし、かなめは嬉しすぎて会話の内容を覚えていなかった。

目白駅まで歩くと駅前の信号が点滅していた。すると修二はかなめの手をひき、信号を走って渡った。渡れた!と修二は笑顔だった。

そのまま修二はかなめの手を離さず、改札の前まで歩いた。

男の人と手を繋ぐのは初めてだった。ドキドキが止まらなかった。

改札の前で修二は手を離し「また連絡する」と言った。「電車に乗らないんですか?」と聞くと「ここからやったら近いし、歩いて帰るわ」と帰っていった。

まだ学生でお金のない2人には、電車賃も貴重だった。かなめは定期券を持っていたが、修二は歩いて通える圏内にバイト先と大学があったので、定期券は持ってなかった。

それは、すっかり秋が深まった10月の終わり頃だった。


それから、2人はいつものようにマック、いやマクドに行ったり、ファミレスに行って話すのが定番になっていた。

そして、前に修二と見に行く約束をしていた映画を見に行った。それがデートらしいデートの2回目だった。

映画の帰りに、パスタの専門店で食事をした。いつものファミレスよりおしゃれな店内でウキウキした。

そのくらいのお店には、学校の友達やさおりとも行くが、修二と2人のときは格別に思えた。

食事を終え、駅まで向かうとき、修二から手を繋いできた。

手を繋ぐのは、告白の日以来、2回目だった。

修二の手の温もりが嬉しくて照れくさかった。


いつものようにマクドで話していると、サッカーを見に行かへん?と誘われた。

天皇杯のチケットが手に入ったが一緒にいくはずだった友達が行かれなくなったから、と。サッカーのことはある程度調べていたが、詳しくはなかった。それでも修二と一緒ならどこでもいいと思った。


サッカーの席は2階席で、選手は蟻んこくらい小さくオペラグラスがないと見えなかった。それでも修二は興奮し、オペラグラスをときどき貸してくれ嬉しそうに解説をしてくれた。点が入ると知らない人たちとハイタッチをして喜んでいた。

試合が終ると、手を繋ぎ階段を降りていった。すると修二は駅とは逆方向に歩きだした。

不思議に思っていると、競技場の周りにあるベンチに腰を下ろした。つられて、かなめも隣に座った。

「ごめんな、高い店とかも行かれへんし、おしゃれなことも知らんし、いつも割り勘やし」と言い出した。

「そんなこと気にしてないです」と言った。

本当にかなめは修二と一緒に居られれば、それで良かった。

後になって知ったが、修二は母子家庭で仕送りもギリギリで、無駄遣いができないそうだ。

「ありがとう、でもこれだけは分かって、西脇のこと、ほんまに好きやから」

その言葉は涙が出るくらい嬉しかった。

「私も好きです」と言うと、修二はかなめを見つめ、そっと顔を近づけてきた。

目をつぶると、修二の唇がかなめの唇に重なった。

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