第24話 最後の告白
かなめが東京に帰る2日前になった。
今日が修ちゃんと2人で話せる最後の日だ。
翌日は要くんの保育園が休みのため、お母さんと3人で病院に来ることになっているからだ。
その日、修二は無口だった。かなめは、持ってきたCDを片付けていた。
そのCDは修二と別れたときに、渡してくれたCDだ。ここに思い出を残して置きたくなかったから持ってかえることにした。
修二は車椅子に座り、窓の外を見ていた。
かなめは意を決して、話し始めた。
「修ちゃん、そのままでいいから聞いて。
このまま、東京に帰ったら、一生後悔しそうだから言うね、
私、修ちゃんのことがずっと好きだった。
他に付き合った人いたけど、修ちゃん以上に好きになれる人はいなかったし、私の心の中にはいつも修ちゃんがいた。
修ちゃんが結婚するって聞いたとき、胸が張り裂けそうに痛かった。
それでも修ちゃんを忘れることはなかった。
こっちに来て、修ちゃんといろいろ話せて本当に幸せだった。
できるなら、ずっと、ここで修ちゃんと一緒に生きていきたい。要くんやお母さんとも一緒に暮らしたい」
かなめの精一杯の言葉だった。伝わってるかどうか分からないが、修二は窓の外を見たままで、何も言葉を発しなかった。
かなめは「明日、もう1度だけ来るね」と言って病室をでた。
次の日、3人で病院に来た。
お母さんは、修二とかなめを2人きりにするためか、
「先生のところに行ってくるわ、要、行こう」と要くんの手を引いて、病室の外にでた。
かなめは言いたいことは言った。修二の答えは聞かなくても分かっていた。
修二はかなめと目を合わせようとはしなかった。
沈黙のあと、かなめは口を開いた
「昨日はごめんね、勝手なことを言って。
修ちゃんの答えは聞かなくても分かってる。
ただ、どうしても言っておきたかったの。
明日、予定通りに帰るね。
大丈夫、居座ったりしないから」
と最後は笑って言った。
気づくと、かなめは涙を流していた。
もうこれで終わり。
間もなく、お母さんと要くんが戻ってきた。
かなめが泣いていることに気づくと、要くんは泣かせたのが修ちゃんだと思ったのか、修ちゃんのことろまで走り、車椅子に座ってる修ちゃんの足を両手で交互に叩いた。怒っているようだ。
そんな要くんを修ちゃんは抱き上げ、抱きしめた。
その光景を見ていられず、1人先に車に戻った。
しばらくして、2人も戻ってきた。かなめは努めて明るく、夕食は何にしましょう?要くん、何が食べたい?と聞いた。
要くんは、かなめから離れようとはしなかった。まるで、かなめが帰るのを必死に止めているかのようだ。
その日、かなめは、要くんと一緒にお風呂に入り、一緒に寝ることにした。
眠いのに寝ようとしない要くんを抱きしめ、「明日、私は帰るけど、要くんのことは大好きだし、絶対に要くんのことを忘れない。ずっとずっと要くんの味方だから」と言った。
要くんは「わー」と言って泣き出した。
要くんは、忘れてしまうだろう。
意味も分からないかもしれない、それでも、要くんを愛していることを伝えたかった。
泣きながら、要くんは眠った。
荷物を片付けていると、お母さんが「西脇さん、少しいい?」と声をかけてくれた。
居間にいくと、
「散々、お世話になって、こんなことしかできなくて申し訳ないけど、持って帰って」と缶詰めと干物の入った紙袋を渡してくれた。
その缶詰めは、お母さんが働いている水産加工会社の商品だ。
「荷物になるかしら?送ったほうがいいわね」と言うので、「大丈夫です、持って帰れます」と言った。
「寂しくなるわね、
修二も本当は、西脇さんに傍に居てほしいのよ。それは分かってあげて」とお母さんは言ってくれたが、かなめは、何も言えなかった。
「ごめんなさいね、私がこんな怪我さえしなければ、修二と西脇さんがお別れすることもなかったし、修二は、あのまま東京に残って、西脇さんと幸せに暮らしてただろうに」と涙を流した。
「要の母親のことだって、修二は本当は好きじゃなかったのよ、
要の母親は、私の上司の娘さんで、向こうの方から修二を見込んで、是非に、って申し込んできたの。だから修二も断り難かったんだと思うわ。それなのに、。
ずっと、西脇さんのことが忘れられなかったのよ、だから要の名前だって」
そこまで聞いて、かなめは
「止めてください、お母さんのお気持ちは嬉しいです。でも、修二さんが決めたことですから。
それに、修二さんと要くんのお母さんが結婚してなかったら、要くんとも会えてなかったわけですし」
「そうね、ごめんなさいね、変なこと言って。西脇さんを困らせるだけよね」
翌日、お母さんと要くんと3人でバスに乗って、駅に向かった。かなめがお母さんと要くんと初めて会ったバスで。
駅に着くと、お母さんは、かなめに電車で食べてとお弁当を渡してくれた。
要くんは、お母さんの足にしがみつきながら、じっと、かなめを見つめていた。
かなめは「じゃあね、元気でね」と要くんの頭を撫で、お母さんには「長い間、お世話になりました。どうか、お身体を大切に」と言って、改札に向かった。
遠くから、「かなめー!」と修ちゃんの声が聞こえた気がした。気のせいだよね、とそのまま歩きだすと、もう1度、「かなめー!」と聞こえた。
振り返ると、車椅子を手で転がしながら、修ちゃんがやってきた。
お母さんも要くんも驚いた顔をしていた。
お母さんは、笑顔になり「先に帰ろうか」と要くんの手を引いてバス停の方へ歩きだした。
修二とかなめは、2人で駅の待ち合い室に入った。かなめは「最後のお別れに来てくれたの?」と聞いた。
「違う」
「じゃあ、どうして?」
「あんなこと言われて、なんも返事せんまま、帰せんやろ」
「いいのに」
「いいわけないやろ、俺なんも言うてないし」
少しの沈黙あと
「俺もずっとかなめのこと好きやった。かなめが大学卒業したら、迎えに行こうと思ってた。そやけど、かなめは旅行会社に就職決まって、新しい彼氏もできたって、大介から聞いて、そこで諦めたんや」
そのとき、私たちは終わったんだと思った。
「だから、見合いして結婚した。それでええと思ってた。けど、かなめのこと、忘れたことなかったわ、ずっと、かなめのこと気になってて、大介に、かなめが何してるか教えてほしいって、頼んでたんや」
だから、大介はときどき、かなめに近況を聞く連絡をしてきてたんだ。
「要が産まれたころ、ほんまにしんどい時で、かなめとのこと、よう思い出してた。そやから、息子にかなめと同じ名前つけたんや」
「バカだね。
奥さん、その事気づいて離れていったのかもよ」
「そうかもしれんな」と笑った
「この1週間、かなめといろんな話できて、楽しかったわ、なんや昔に戻ったみたいな感じがして。俺にもこんな楽しいときがあったんやなと思いだしたわ」
修ちゃんの苦悩が手に取れるように分かった。
足が不自由で病気がちな母と幼い息子を1人で支えてる苦悩が。
「かなめが帰ると思うと寂しいし、なんや胸も苦しかったわ。そやから、一昨日、かなめに言われたことホンマに嬉しかった。
けどな、このまま、ここに残したら、かなめを不幸にする。
かなめも考え直して、一時の感情や同情で決めんで。
一度一緒になっても、嫌になって東京に戻られたら、要を苦しめることにもなる」
修ちゃんの気持ちは痛いほど伝わってきた。
だが、かなめは「なんでそんなに自信がないん?そんな一時の感情であんなこと言ったりせんよ」と昔、修ちゃんから言われたことを言ってみた。
「自分を犠牲にしてでも、お母さんや要くんを守ろうとする、そんな修ちゃんの生き方が好きだから、一緒に生きていきたい、力になりたいって思えたの。
要くんのことだって、修ちゃんの子だから、本当に可愛いと思ってるし、できるなら幸せにしてあげたい。
それにね、大変なことがあったとしても、修ちゃんと一緒に乗り越えていければ、それは不幸じゃない」
「私ね、ずっと考えてたの。私の幸せって何だろう?って。
やっと気づいたの。修ちゃんと再会して、毎日、修ちゃんと一緒にいて、他愛もない話をするだけで、幸せだと分かった。
それは他の誰といても、何をしてても感じることはなかった」
かなめは、言いたいことは全て言った。
7年前、別れたときは何も言えなかった、それをずっと後悔してたから。
もう思い残すことはない。
修二は、困ったような、考えるような顔をしてる。
これ以上、ここにいても、修ちゃんを困らせるだけだ。
「ごめんね、修ちゃんを困らせるつもりはないの」
帰ろうと、かなめは立ち上がろうとした。
すると、修二はかなめの手を引っ張り、かなめを抱きよせた。
「帰らんで、俺のそばにおって。俺も幸せや、かなめと一緒におるだけで」
修二は人目も憚らず、かなめを抱きしめたままだ。
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