第23話 空白の7年
病院から、修二が目覚めたと連絡が入った。
急いで、3人で病院に向かった。
病室に入ると、お母さんは泣きながら、修二のベッドの傍にいき、「修二!」と言いながら、修二の手を握った。
修二は一瞬、かなめの方を見たが、すぐにお母さんの方に目を戻した。
修ちゃんの目覚めは嬉しかった。
でもそれは、この生活の終わりを意味していた。修二が今のかなめの行動を知れば、東京に帰るように言われることは分かっているからだ。
眠そうにしてる要くんを抱き抱え「外で待ってます」と言い、かなめは、病室を出た。
待ち合い場所のベンチに、要くんを抱いたまま座ると、要くんは寝息をたてて眠ってしまった。
お母さんはしばらくすると、戻ってきた。
お母さんは帰りの車の中で「本当に良かった」と何度も繰り返した。
翌日、バイト帰りに修ちゃんの病院に向かった。恐る恐る病室のドアを開けると、修ちゃんは、目を開けており、こちらを見ていた。
かなめは、ゆっくりと修二に近づいた。すると、ゆっくりとした口調で「ずっと、かなめの夢を見てた。一度、目を覚ましたとき、かなめが傍におって、まだ夢見てるんやなと思た」と言い出した。
かなめは、驚いた。てっきり怒られると思ったからだ。
「ありがとう、要の面倒見ててくれたみたいやな、お袋から聞いた。」
かなめが修二に話しかけようとすると、修二は目を閉じていた。
次の日も同じように病室に行くと、修二はベッドが背を凭れかかれるように上がっており、身体を起こしていた。
かなめが近づくと、修二は少しかなめを見つめた後、「いつまでおるん?」と聞いてきた。
かなめは、返答に困ったが、予想はしていた。
「もう少し、いちゃダメかな?せめて修ちゃんが退院するまで」
修二は首を横に振り「あかん、はよ帰った方がいい」と言った。
そう言われることは分かっていた。
バイトを始めてしまっているので、バイト先に話をしてから決めると言った。
その晩、要くんが寝たあと、居間でお母さんに修ちゃんから帰るように言われたことを話した。
すると「そうよね、いつまでも西脇さんに甘えるわけにはいかないわよね、分かったわ」と寂しそうに言った。
すると寝ているはずの要くんが、かなめに駆け寄り、後ろから抱きつき「ヤダ」とはっきり分かる声で言った。
振り向くと要くんは泣いており、かなめは何も言えず、要くんを抱きしめた。
翌日、バイトに行き事情を説明すると、せめて1週間だけでも働いて欲しいと言われた。
そのことを修ちゃんに話すと、仕方ないなという顔をしてくれた。
出発は、8日後と決まった。
出発までの間も、かなめはそれまでと同じように過ごした。バイトが終わると修ちゃんの病室に行った。
修ちゃんから「かなめ、綺麗になったな」と言われた。
化粧もろくにしていないし、Tシャツにジーンズという格好のときに言われてもピンと来ず、「何言ってんの、からかってるの?」と言うと、
「そやないよ、ホンマにそう思ったんや」と言った。
「俺が知ってるかなめは、高校出たてで、おぼっこい感じやったから」
「えっ?途中からおしゃれになってたでしょ?」と言うと
「そやったな、けど俺は最初の方が好きやったけどな」と言った。
好きやった、過去形。
あたり前のことだが、少しショックだった
「修ちゃんは、初々しい子が好きなんだね」と言うと
「そういう意味やないんやけど」といった。
要くんの話になり、「要が歌を歌うようになったってお袋が喜んでた。かなめのお陰や」
「それはどうかな」と首をかしげ「歌は修ちゃんに似てないよ」と笑いながら冗談ぽく言うと、「うるさいわ」と笑いながら突っ込みを入れてくれた。
それから、冗談を言い合うようになった。それは学生時代の2人に戻ったような感覚があった。
それから毎日、病室に通い、いろんな話をした。
「なんで仕事辞めたん?」と聞かれ、辞めた経緯を話した。
「頑張り過ぎたんやろ」
「そうかなぁ」
「かなめは、責任感が強いというか、バイトのときでも、帰ってええ言うてんのに、帰らんと、よう終電逃して歩いて帰ってたやん、途中、池袋の方通るって聞いてたから、大丈夫かな?危なくないんかな?って心配してたんやで」
「それなら泊めてくれれば良かったじゃん」
「アホ、付き合い出す前の話や」
修ちゃんは、かなめを泊めてくれることは、殆どなかった。
お母さん達が心配するから帰ったほうがいいと、終電前には帰してくれていた。
修ちゃんは「夢叶えて、旅行代理店に就職したんやろ?すごいやん」と言ってくれた。
「結局、辞めちゃったし、添乗員にも成れなかったけどね」と言うと
「これからでも叶えられるやろ?応援してる」と言ってくれた。
「修ちゃんは何をしてたの?」
「しがない地方公務員や」
「でもお母さんから、休みの日でも仕事頑張ってたって聞いたけど」
「慢性的な人手不足やからな。田舎の地方公務員なんて、そんなもんやで」
修ちゃんとの会話は楽しかった。まるで会っていなかった7年を埋めるように、お互いたくさん話をした。
ある日、かなめが冗談を言うと、修ちゃんは「怒るぞ」と笑いながら手を上げた。
その瞬間、かなめの身体は硬直し震えだした。
「どないしたん?」と修ちゃんは心配そうにかなめの顔を覗き込んできた。
修ちゃんが結婚する話を聞いた少し後、かなめは仲良くなりだした人がいた。同期の菅くんだ。
菅くんとは、同じ団体旅行の企画から手配することになり、2人は、夜遅くまで打ち合わせをし、細かい部分まで念入りにプランを考えた。すると、そのプランは好評で、それからも同じプランを売るようになった。
それから、菅くんとは仲良くなり、2人で飲みに行ったり、修ちゃんと同じでヨーロッパサッカーが好きな菅くんの家でサッカーを見るようになり、そのまま、なんとなく付き合いだした。
お互いに、好きとか、付き合おうというような言葉はなかったが、菅くんは話が面白くて楽しいから、それでいいと思っていた。
それから少しして、事件が起こった。
菅くんが担当していた社員旅行だが、頭金だけを貰い出発させ、その会社は社員旅行から戻るとすぐに倒産した。計画倒産だった。
結局、残りの代金は回収できないまま会社に損害を与えた。菅くんだけが悪いわけじゃないが、菅くんが悪いという噂が社内全体に広がり、菅くんは針の筵になった。
菅くんは会社を辞め、怪しい投資会社に就職し、お金儲けの話ばかりするようになった。それまでは、まだよかった。
その会社もすぐに辞め、菅くんの生活は荒れ、昼間からお酒を飲みパチンコや競馬場に通い、お金がなくなると、かなめにもせびるようになった。
なんとか立ち直って欲しくて、かなめは菅くんを説得しようとすると、菅くんは「うるせー」と、かなめを殴った。そのときは泣いて謝り、もう2度としないと言ったが、そんなことはなかった。
かなめは、どうしたらいいか分からず、当時イギリスにいた、さおりに電話をした。
すると「その男とは別れな!」と言った。
なんとか立ち直らせてあげたいと言うと「しっかりしな!かなめらしくないよ!何があったとしても、女に手を上げるなんて、最低の男だよ」
数日後、さおりは帰国してくれ、菅くんのアパートの前まで付き添ってくれた。菅くんは留守だったので、合鍵で入り、かなめは急いで自分の荷物を鞄にしまっていると、菅くんは戻ってきた。
「何してんだよ!」と怒鳴った。
「別れたいの、もうここにも来ない」と言うと、「ふざけんな!」と座ってるかなめのお腹を蹴った。ボスっと鈍い音がした。
それでもかなめは、必死にそこから立ち去ろうとすると「お前もその程度の女か!さっさと出てけよ!」と近くにあるものを、かなめに投げつけてきた。
それが菅くんとの最後だった。
部屋から出ると、さおりが心配そうに見つめていた。それから2人で病院に行った。幸い、かなめの怪我は大したことはなかった。さおりからは「これで分かったでしょ?もっと自分を大切にしな」と言われた。
そんな話を修ちゃんにしてしまった。
このことは、さおり以外には誰にも話してなかった。
修ちゃんは涙を堪えながら話すかなめを、抱きしめようとしたのか、手を差し出そうとしたところで手を止めた。
本当は修ちゃんにすがって泣きたかった。でもそれは許されないと自分に言い聞かせた。
おかしな雰囲気になったので、かなめは明るく「修ちゃんは何で離婚したの?」と聞いてみた。
修ちゃんは話しずらそうに「男がおったんや」と言った。
修ちゃんの別れた奥さんは、元々はこの辺りの出身だが、東京に出ていて、付き合ってた人とうまく行かなくなり、地元に戻り修ちゃんと結婚した。
初めは結婚生活もうまくいっていたが、要くんを妊娠し、お腹が大きくなるにつれて奥さんは不安定になっていった。こそこそと誰かと連絡を取るようになり、要くんが生まれて間もないころから、要くんを修ちゃんのお母さんに預け、遊び歩くようになった。
修ちゃんが注意すると、家を飛び出し帰ってこなくなり、要くんが1歳になる頃、正式に離婚した。
奥さんは都会への未練が捨てられず、そのまま、東京に戻った。修ちゃんが言うには前の人と、よりが戻ったという話だ。
暗い話を払拭するように修ちゃんは「かなめには婚約者がおるんやろ?優しい人やって大介から聞いたけど」と聞いてきた。朝見さんの話を聞いてたようだ。
「別れた」と言うと
「なんで?」と聞いてきたので、別れた理由を説明した。
「そうなんや」
「結婚したいとは言われてたけど、約束はしてないし、それに結婚したかったわけじゃないから」と言うと
「なに言うてんの。かなめも、もうええ年やろ、早くいい人見つけんと」
修ちゃんには言われたくない言葉だった。
少し暗い顔をすると、
「大丈夫や、かなめなら、絶対にいい人見つかる。かなめには、幸せになって欲しいと思ってんねんで」と言った。
私の幸せ、かなめがずっと考えてることだった。
出発までの日はあっという間に過ぎ、バイトも最終日を迎え、いよいよ東京に戻る2日前となった。
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