第5話 guest

俺たちがSRを見ながら喋っていたのは、丁度トイレの前にある通路のベンチ。用途としては、おそらくカップルが別々にトイレに入った時なんかに、小便器のある男の方が先に出てくるが、女が出てくるまでの間。立ちっパだとライブ中脚が疲れる。そういう気遣いからあるベンチだ。


トイレの間取りは、このレーダーを見る限り、木製の柱を中心として、左右に男子トイレ女子トイレと別れており、男女それぞれのトイレの境目である柱の奥は裾も欄間もない間仕切りの壁になっていて、非常時には安全な方に貫通して移動したのち窓からなどの経路を確保することができるようになっている。よくある公共施設のトイレのレイアウトだ。それぞれに明り取りではないガラス窓があり、非常時の脱出経路となっている。ちなみに、淫魔と一般男性は出入口から本近いところにおり、それはレーダーが克明に示していた。


そういえばここに来るまでに、会場の廊下には男性と女性の警備員がいた。男性はベテランと言った感じで、貫禄があり、交通整備のポジション勤務の時もあるのか、よく日に焼けて真っ黒だった。女性は、交換留学生のバイトなのか、黒人だった。しかし、来場者案内をしている声を聴いていると、ペラペラの日本語を話していた。


「多分そろそろ本番だぞ…。」と神山がつぶやく、レーダーのシグナルが、強くなりつつあった。とそこで、警備員から声を掛けられた。黒人の女性のほうだった。


「そこの男性二人。そろそろライブが始まるわよ。入らないと。トイレは済んだの?時間。迫ってるけど。」というではないか。


徳山がおろおろしていると、とっさに神山が機転を利かせた。「さっき二人で居酒屋で鳥刺しを食べたんですよ。それで、腹が中途半端に調子悪くって。くだりも痛みもしないんですが、どうも違和感が…。」と言ったあと、神山は何かに気づいてハッとした表情を浮かべた。そして、咄嗟に徳山を男子トイレに押し込んだ。徳山は突然の出来事に事態がつかめずにいる。頭から掃除されていて清潔とはいえ男子トイレの床に突っ伏した。すると、今しがた遠くで爆音が聞こえた。ライブコンサートが始まったのだ。


淫魔が行為に及んでいる本番になりかけの場所は女性トイレだった。なぜ、反対側に俺を突っ込んだのか、徳山は意図がすぐにはつかめなかったが、たちまち外からは物音がし始めた。何やら神山が話している。


「なるほどそういうことか。てめえ、妨害電波能力を持っているな。」と神山は言って、徒手で戦っている。警備員だった女は、柔軟な体幹を活かし、翻弄するような身のこなしで、攻撃を仕掛けてきていた。


「ふふ。知られたなら仕方ないわね。ま、貴方たちはここで事件を解決できずに死ぬんだから。関係ないわ!」と黒人は叫び足を蹴り上げて踵を返している。


話によるとこういうことらしい。黒人警備員が声を掛けて来たつまり近づいてきた途端、レーダーがジャミングして、映像が不鮮明になった。それと同時に、ライブ会場でも音楽が鳴り始めたが、音楽のせいではないだろう。黒人用心棒が警戒心を持たれずに近づくための口実だったのである。


神山が徳山を女子トイレではなく男子トイレに押し込んだのは、もし万が一女子トイレにいる淫魔が行為を中止し、彼に襲い掛かった場合、無能力な状況でさらに訓練もしていなければ、いくらオンザジョブトレーニングといっても、殉職の可能性が速くもある。そのため安全を優先し、本番にはなっているかもしれないが、男子トイレに押し込んだということだ。


神山は何をどうしたらそんなに強い格闘をすることができるのか、ものすごい応酬をただ防御するのみならず拳や体捌きによって攻撃に転じていた。何か、所属部隊で訓練でもあるのか、それとも、もともと格闘技に精通しているのか。


じっと狭い空間での熱戦を見ていると、やがて二人は間合いをとり、それぞれに武器を取り出した。神山の方は、妨害電波の影響で使えない失神に仕えるスタンガン装備を外した。ゴジラのムートーのように、電気を使った武器や道具は使えないためだ。ちなみに、半径は狭い。それにトイレ内は自然光トイレとなっているため、影響はない。ただ、夕方に近い時間のため、少し暗くはある。といっても二人は狭い廊下にいる。


女子トイレにいる淫魔と一般男性をよそに、好戦的な者は見つめ合っていた。


女はヌンチャクを持ち出した。神山は、トンファーを持っている。


女が神山に突進していく。神山は、トンファーを駆使して、ヌンチャクを防ぎ、さらに巧みに二本の棒の間の鎖をトンファーにからませ、ヌンチャクが暴れにくいように捕まえ、それによって引っ張られた女は体勢を崩し、神山が巴投げのような状況に持って行ったことによって、女は女子トイレに背中から勢いよく突っ込んでいく形になった。


『ドンガラガッシャーン』という音がして、トイレの間仕切りの壁や柱、そして淫魔と男がまぐわっている個室を破壊した。


それは男子トイレ側にも影響があり、今しがた殺されかけた男性は、目の前で倒れて来た壁や柱に挟まれ、大ケガをして失神した目の前の女性(に一般人には見える淫魔)に悲鳴を上げるのが徳山の目にも見えた。なんとか、男性の死は免れたが、ギリギリセーフとギリギリアウトのはざまという感じだ。(男性を死なせて淫魔に逃げられるのはアウト、しかし研究対象である淫魔が傷物になり素材にならないのもまたアウト。なため。)


黒人用心棒もまた失神していた。それを見てあっけらかんと神山はつぶやいた。「ちょっとやりすぎたかな。器物損壊で訴えられるかもしんねえ。」と。


結局彼らは、こそこそと小細工をして現場を失踪し、のちに警察が調べたときには中でガス管破裂事故があったことに見せかけることとなった。


幸い、演奏の爆音で警備員にすぐさまこれらの格闘による器物損壊は気付かれることはなかった。近くにいたベテランの男性警備員は、耳が遠かったようだ。


男性には、自分の足で歩いてもらい、事情を説明した。あとの行為に及んでいた淫魔と黒人女性は本部に連れてもどり、淫魔は回復装置のあるポッドで傷の養生を試み、黒人は意識回復を待って家に帰した。


黒人の方は、純粋な人間で、部隊や淫魔ついて説明する(あなたに協力を依頼させた女は淫魔という生き物で、我々は、それらを科学的に分析している機関。そして、研究をさらに進めて、女を人間の女に戻すよう努めている。いつか人間の彼女に会える。簡潔に言うとそういう内容。)と、素直に事情を話した。どうやら、協力相手の淫魔が、彼女を脅していたらしい。実際、彼女の兄は淫魔たちに殺されたが、反抗すれば殺されると脅されていた彼女は、言うとおりにするしかなかったという。素直に言う事を聞いていれば、非常に頼もしかったし、頼りにもされていた。とも語っていた。話し終えたころには、ぼそりと、「きっと彼女に依存させられてたのよ。」と自嘲気味に話した。その目は空しさを孕んでいた。


また、男性は徳山と同じように、部隊の仲間に入ることになった。徳山に早くも後輩の登場である。名前は、新井正と言った。彼もまた、初めての彼女だと思っていた女性が、淫魔だった。


淫魔による性的搾取事件は高度化しつつあった。徳山の時は、共犯者はいなかったが、すでに今回の件で協力者を駆使して、犯行を進めやすくしている。それに関する対策や新たなるアイテムの製作が立案されることになった。

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