第12話 exchange

神山と徳山が新井改め小笠原の件で1時間ほど時間を取られ、出動に遅れたために、夜勤だったバディが本部に戻って来ていた。


教育者は速水卓という名で、能力は超音波。とはいえ、彼はいい加減な男で、外でパトロールすると思いきや、うまくサボる方法を部下に教えているタイプの見習えないタチだ。それもそのはず、超音波で索敵し、見つかった相手に対して、ピンポイントに超絶的に不快な不協和音を放出しただけで、その場から淫魔と男は逃げ出すという。戦うのは面倒だと言う彼のポリシー上、人間の安全を確保する役割は買っている。


部下は、桜井紫苑というまあおしゃれな名前の男だが、ボディビルが趣味の名前と見た目が全然一致しないごつごつした男である。彼も能力者であり、その能力は電子レンジである。電子レンジというと、あの加熱機器をそういうが、なんとまあ実際にその機能が彼には能力として備わっているのだ。


電子レンジは、水分子に作用して、運動エネルギーを加え、摩擦熱によって加熱し、温度が上がる。それを身に着けた彼は、たとえば、彼は壁の向こうにいる人間を、手前の湿気程度は濡れている壁を熱傷させることなく、人間を『熱っつ!』と体内からの熱によって身の危険を感じさせ驚かすことができる。


これは、速水とセットで行動させると、要領よく被害者を出さないことでまま活躍していた。いい加減な男たちとはいえ、市民の健康と安全を守っているのは事実だ。サンプルは一切。持ち帰らないが。


さて、バディ同士が挨拶を交わしている。


『おう久しぶりだな神山さんよ。こんな時間から出て行くなんてらしくないねえ。遅刻じゃねえっすか?』と速水が煽る。すると神山『おいおい、桜井、ちゃんと速水が調子乗らないように躾けとけって言っただろう?もー。』と桜井にえらく馴れ馴れしいではないか。すると桜井。『ちょっと巻き込まないでくださいよ。俺は速水さんとが気楽でいいんすよ。変に水差したくないっすね。』と言った。神山は『ちぇっ。つまんねーの。』と子供のようにいじけていた。『ほんと前の教育者とは思えない器ですねー。』と桜井は速水におどけてみせた。どうやら、桜井は神山が以前連れてきて、他のものに引導を渡した人員らしい。


『こちらの男性はなんです?新入りですか?まあ、でしょうね。』と桜井がやけに饒舌になって徳山に意識を向けてそう言った。元は神山の部下だった者にとって、今の神山の部下は、まるで直属の部下みたいなものだろう。それにしても馴れ馴れしい。


『ああ、俺は徳山って言います。なんか、先輩とか後輩とか、俺あんまり好きじゃなくて。基本的に神山さんとはタメ語っす。って言ってもなんで今桜井さんと敬語で話しているのかは自分でもわかんないんすけど。ま、神山さんも別に文句言わないんで、直してないっす。』と徳山は言った。


『そんなことより自己紹介だってここは。』と罰の悪そうな神山は言った。


『ああ、昨日、まあ彼女に殺されかけて、危なかったところを助けてもらいました。ちなみに昨日はもう一人いたんですけど、そいつは余りに頭が良かったみたいで。ラボに配属になりました。えーっと。そんなもんすかね?』と徳山は神山になぜか敬語で確認した。


『ま、それくらいしかねえだろ。』と神山も言っている。


ここで速水、成果を伝える。『今日の救助数は10だ。昨日の俺らよりは少ないが、お前らよりは多いな。お前真面目過ぎだ。本部が助かった人でいっぱいになるし、オマケに一件に時間がかかるから、よそでの被害が止まらんだろ?価値観の違いもあるかもしれんが、事件は同時に起こっているものなんだぞ?しっかり考えねばな。』とたしなめるように言った。久しぶりに会って、驚くほど神山は真面目な言葉を聴いた。


速水とは、同時期に助けられてここに入った。教育者はフラッシュ能力を持つ可夢偉輝という漫画のような名前の男から二人とも教わった。


しかし、彼は不真面目で、教育者からのレクチャーは余り真摯に受けなかった。ただ、器用なもので、要領だけはよかった。それは昔から感じていたことだ。真面目にレクチャーを受けていた神山が、一生懸命何度も練習した物事を、速水はサボリサボり、漸く折れて練習しだしたかと思うと、一度で覚えた。


『おいおい、いつまでいるんだ。そろそろ出ないと、出動時間過ぎているぞ。』という声を出したのは、神楽耶博士だった。彼はよくラボでの思考がに詰まったら外に出て、肺の空気を新鮮な外の空気に入れ替えに行く。


ちなみに近郊パトロール隊の勤務は、9時~21時・21時~9時の二交代制で、12時間拘束で外で淫魔による危険事故がないか巡視する。と言っても、実際にラボに帰るのは10時を速水たちのようにいい加減でも過ぎるし、なかなか勤務時間の縛りは緩い。


とここで、ラボ全体に館内放送が流れた。小笠原の声だ。


『えー。諸君。喜びたまえ。』という声の横では、グラスに水と凍りを入れてくゆらす様な音が混じっている。


視点はラボの放送室。今小笠原は放送席の椅子に座り、お気に入りのアブサンのロックを左手で揺らしながら、マイクを右手で握り、言った。


『能力分離ホルモンを抽出に成功した。えー。現在無能力で、今後能力を付与されたいと思っている夜勤者は、投与するので、今すぐ来るように。以上。あ、日勤者は、交代の、えー。百田さんに、業務終了後もらうように。』と言った。なかなかたどたどしいアナウンスだったが、初日にしては立派だった。というか、そんなことより、発明が速すぎる。天才か。


しかし徳山は理解ができない。『あれ?能力って。もらえるもんじゃなかった?すでにあった技術じゃね?ま、よくわからんが。』と、気にしていない様子だった。


(第3話あたりで、実は神山は女を殺して能力を得てしまったことの悲しさを、無垢で純粋な徳山に隠すために、能力因子を以前ラボからもらったとウソをついている。それを聞かされていた徳山は、目の前の速水も桜井も能力者であることが、むしろ能力分離技術がすごいことではないと認識する要因になっていた。実際には、女性を乗っ取った魔性菌を女性ごと殺さずとも、女性から魔性菌を抜いて女性を人間に戻したうえで、魔性菌を殺菌し、さらに能力因子を抽出して自由に個人に注入することができるようになったのである。これは、物語の中の科学を100話分ほど進める出来事である。)


ただし、ノーテンキな一面もある徳山である。すでにこう口に出してつぶやいている。『ああ、それにしても楽しみだ。俺が、彼女とまた過ごせ、さらには彼女の持っていた透明化能力も使えるようになる。彼女と透明になってあれやこれやできるようになるじゃないか!楽しみだ!』と喜んでいる。

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