第13話 plus

『お前、今アナウンスのあった集まりに行って来いよ。こっちのことは任せとけ。』と神山が言う。


『え?なんでだよ?お前は俺が居ねえと教育者としての役割が果たせねえだろ?なんでそんなこと言うんだ?』と徳山は疑問に思い質問した。


『ああ、言い忘れたが、今日は摘発に行くことにした。お前も知っているだろう?巷で有名な【スーサイドマーダー】という特殊性癖クラブに淫魔たちがいて、死にたい輩がこぞってそこに行き、集団自殺しているという話は。速水たちに触発されて、なんだかいても立ってもいられねえんだよ。今日は火曜日だから、参加者も多いだろう。数班でまとめてかかれば、向こうの人間が蜘蛛の子を散らしたように逃げてしまうこともなく、一気に数名サンプルとして持ち帰れる。先に行っているから、後で追いつけ。きっと透過能力があれば、護身術云々はいらない筈だ。ただただ、相手は生きる気を失くした人間を対象としている弱小淫魔だから、数を稼げる』と神山は言った。


『え?あの【スーサイドマーダー】?都市伝説じゃねえのか?あれだろ?ネット上で話題の集団自殺クラブだろ?うわやべえ、マジでそんなのあるんだな?!俺は眉唾なハッタリかと思ってたぜ。なんだか、今実際にその都市伝説を最前線の神山から聞いたら鳥肌立った。まるで狐につままれたみたいだ!』と徳山は驚いた。


『ただ、人間の自死に対する意思を尊重しない方向だ。己の正義を押し付けるという意味では、するりと価値観の違いに苛まれたときに、厄介な混乱が訪れる。お前は見た通り物事を深く考えないタチだろうから、大丈夫だろうが、以前繊細な作家志望の男がいたときには、むしろ向こうの考え方に影響されて吸い込まれるように本部を脱会してあそこで餌食になりあがった。ま、お前はその心配はないな。』と神山は二度も徳山に対して決めつけてかかった。


『わかんねーぞ?俺もどうなるか?二回も決めつけるようなこと言わなくても、俺はノーテンキなの自分でわかってるさ!』と徳山も口角泡を飛ばしをしながら言う。


『早く行け。俺が遅すぎて笑われる。もう打ち合わせが終っているころだ。』神山は急かした。


『あいよお!まあ、お前がひっくり返るくらいの特殊能力を得て帰ってくるぜ!じゃあな!また後で会おうぜ!』と徳山は言って神山と別れた。


夜勤上がりでいまだ能力のない部員が集まっているブースは、10名に満たない様々な風貌の男性たちが集まっていた。ビジュアル系バンドのメンバーのように普段顔にメイクをしてそうな今日はスッピンの髪の長い者や、顔面蒼白でモヤシのような風貌の坊主頭の者、そして、夜間の活動で汗まみれになったのか、ペシャンコになったモヒカンを手で触れて一生懸命直している口ピアスの男などがいた。


看護師のような恰好をした人物が入れ代わり立ち代わり手に注射器を持ってあわただしく待合の人物に注射をしていく。おそらくこれの中に抽出した能力因子が入っているのだろう。注射器と対象者をしっかりと対応させるべく、人物に名前と生年月日を言わせているあたり、俺も俺が助けられた時の彼女の能力がもらえると思った。とその時のことを徳山は振り返っている。ということは…。


ついに徳山の順番が回ってきて、彼は名前を告げた。生年月日も言うと、目にもとまらぬ速さでその注射器の針は腕にプスリと刺さり、あっというまに針は抜かれた。


『はいお疲れ様でーす次ー。』と看護師は言っている。看護師は、徳山にもう目もくれない。次の待合者を待っている。その目に、彼が昼勤者であり、徳山であることは、重要でないかに思われた。ただ、メンバーであるかどうかだけが、部員であることだけを確認されたというような、感覚。


投与したものが身体にめぐるまでしばらく待つ部屋が併設されていて、彼は中に入った。他にも数名が寝息を立てて寝転がっている簡易ベッドの一つに身体を横たえると、身体の中に異物が入ったからか俄かに体内組織の抵抗とみられる発熱が感じられ、気を失うように彼は眠った。


眠ること30分。彼は身体を起こし、次の部屋に移動した。そこにはテスト室と書いてある。特殊防具を着て、さらに分厚いアクリル窓のある壁の向こうに入った検査員が隣にいる男に指示をする。サングラスをして髪に剃り込みのある男(ピアスはしていないが、イヤーカフはしている。)はそれを聞いて、徳山に向かって念を送る様なしぐさをした。徳山の後から、また別の男が入ってくる。


『はっ!』と男が言うと、徳山は重力が強くなったような感じがした。ズシンと身体が重くなり、体重が自身の骨盤にかかる。脚を踏ん張る様な体制で、徳山がそれを耐えていると、検査員が手でOKサインをだした。次は徳山の番だ。


彼もまた、後から入ってきた男に念を送る様なしぐさをした。彼は、まだ能力の出し方はわからないが、とにかく、前の奴のしぐさの真似をしてみたのだった。すると、何やら手の先から、細い管のようなものが出て、相手の男に優しく刺さった。相手の男は痛そうではなかったが、どうやら管は血液や他様々なものを対象から微量に吸い取る機能があるようで、管の中を移動する膨らんだ瘤があった。


その瘤が徳山の身体にたどり着いた時には、彼は気味悪がった。それは理由が二つある。もちろん一つは自身の身体の中に、他人の身体を構成していた成分が入ったことと、もう一つは自身が透明化しなかったことだ。その成分は今彼の掌でまん丸い瘤を作っている。


戸惑いながら彼が検査員にOKか否かを確認すべく別室を見上げると、まだ検査員は結論をだしていなかった。検査員は、彼の手を見て、野球のボールを投げるようなしぐさをして見せた。口でも、ここからは聞こえないが『ピシュ』と擬音を言っているような動きがある。そして、その手は何やら検査室の端にある丈夫そうな部分強化された擁壁のようなものに向けられている。


彼はそれを見て、自分の手にある瘤を野球ボールのように握りしめた。そして、昔ちょっと齧ったことのある野球部のピッチャーのようなしぐさでそれを全速力で投げてみた。


『ビシュ!』と音がして、強化壁に瘤が飛んで行ったかと思うと、それが空中で弾丸のような物質に変わり、壁に拳大の穴が開いた。後で専門家に聞いたところによると、この壁はMCUでいうところのヴィヴラニウムやアダマンチウムの次に硬い特殊金属だったらしい。


『うわあ…。』と己の能力の強さに驚いている徳山をよそに、検査員は、OKサインを出した。彼は、その破壊力に若干不吉な予感を感じて、その場を後にした。

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