第14話 Raid

徳山は、摘発現場に行く宛てもなく走りながら、独り言ちっていた。「てかなんだよこの能力!?頼んでねえよ!」とか、「そういえば、俺何処に行ったらいいんだっけ?確実に遅刻だ!マジどうしよ!」とか。言っていた。


しかしやがて彼は気付いた。そういえば、mini新歓の時に、神山とLINEを交換した。それを思い出したら、そこに現場の地図情報が入っているだろうと彼は思った。


「よいしょ」と言ってポケットにあるスマホを取り出し液晶を見た。すると、そこには何も連絡がない。一体、どこへ向かえばよいというのか。


彼は当てもなくさまよいながら、ふと一つのことを思い出した。そういえば、職場の先輩が言っていた文言である。「スーサイドマーダーは、西日暮里のホテル街にあるんだ。特に、M性感的な店舗が集まっている箇所に行けばわかりやすいらしいぜ。」と言っていた。そいつとは、俺が彼女に襲われる随分前から職場で会ってないが、そこで死んだんだろうか?


ということで徳山は山手線に乗りこみ、西日暮里に移動した。自身の影ながらの趣味である風俗通いが功を奏して、都市伝説の建物を嗅ぎ当てることができた。とはいえ彼はMではないので、M性感が集まっている箇所に都市伝説が実際にあるとは露ほども知らなかった。


「遅れましたあ!!」と叫びながら赤黒い長暖簾をくぐり、中に入ると、真っ暗な建物内の中ですでに抗争は始まっていた。


淫魔たちとみられる女たちが、男たちを人質にして、それぞれの武器を突きつけている。膠着状態に見られたその現場は、彼の大声によって破かれてしまったようで、慌てたようにそれらの武器が今一度入って来た徳山に一斉に反射的に向けられる。


「おいおい!それはまずいって!」と彼がとっさに顔を腕で覆うと、相手にはそれが攻撃態勢に見えたのか、一斉に武器を放ってきた。めいめいの武器は宙を舞い、徳山に向かって直線的に飛んでくる。なんて短絡的な攻撃だろう。人質に対しての身の危険はこれでなくなり、また徳山の方も少し立ち位置をずらすだけで危険を回避できる。そのため周りを取り囲んでいた部隊員がこれまた一斉に淫魔たちにとびかかる。この中に、神山もいた。


しかし、そうなってしまうと、勢い余って強烈な攻撃を見舞い、相手を死に至らしめてしまうのが、膠着状態の悪いところである。それを直感的に悟った徳山は、この場になれた誰よりも、それを瞬間的に危惧していた。「あっ!」と叫んで声にならない注意喚起をした徳山は、間に合わないという思いから顔をそむけるようにしてさらに身体の前で構えた腕を硬く抱くようにしたが、それが功を奏した。


ミョミョミョミョーンと緩い弦を鳴らしたような間抜けな音がしたかと思うと、徳山の腕から毛細血管のような糸状の管が飛び出し、それが無数に網のように編むように絡まり合って、飛んできた武器を受け止めた。かと思うと、それらは一度ギュルリと音を立てて網の中に包み込まれ、中でボコボコと蠢いたのち、また網が開いて弾けるようにその中から武器たちが飛び出した。


ピューンと甲高い音がして、元来た方向へ飛び出す武器たちは、各々が持ち主の急所めがけて飛んでいた。その間、ざっと0.05秒。徳山のみならず、他の誰もが認知できない圧倒的な速さでそれは起こり、しかもそれは同時にフェンスのような硬く丈夫な壁も作ったので、部隊員が猛攻突撃することも防いだ。


それは一瞬の出来事。事態をまとめて音にして表現するならばミョピュシーン!と一瞬の破裂音のような擬音がしたかと思うと、敵の淫魔たちは昏倒しており、仲間の部隊員はフェンスに行方を阻まれているという画がそこにはあった。


「なんだこれ!」と神山が向こうの方で言っている。もっとも、徳山も訳がわからないので、「俺もわからん!」と言っている。


兎に角その場はその大量の淫魔たちのサンプルを彼らの各々が担ぎ、専用車両で本部に運搬するということになった。近くを通っていた一般人はそれを見て、おそらくそれがM性感の嬢が集団薬物中毒で失神しているのを、会員が運んでいる妙な光景だと思ったことだろう。だれも、非常事態だとしての通報はしなかった。おそらく、時々見る光景だったのだろう。


しかし残念なことに、救われた男たちのほうはすんなりと事が済むようにはいかなかった。なにせ、自殺を覚悟でここに来たのである。それが変な男たちが来て、頼みもしないのに助けに来た。とくれば、覚悟を挫かれたも同然。むしろ憤慨しているのである。


「君たち何してくれてんだ!」や「俺の金を返せ!」。おまけに「代わりに死ね!」だの好き勝手罵る者もいた。さらには、のちになって風のうわさでその日その後電車に飛び込んだやつがいたとも聞かされて、部隊員のメンタルの脆弱な一部の日勤者はそれを知って若干なりとも悩んだようだ。


そのため、自死の意思のある者、裏を返せば戦う意思のない被救助者は、徳山の時のケースとは違い、部隊員に向かえないことになった。といっても、それは全員ではなく、一部の人間は改心して、部隊員に加入した。その基準としては、自死に対する本人の意思が薄弱となり、行き永らえたことに、感謝した者や、おもしろそうとただ興味本位で思ったものなどである。その点部隊は寛容だった。人員不足が叫ばれていたのである。


現在、地球全体で毎日平均1万人の善良な市民たちが淫魔たちによって、性的に搾取され、死に至っている。しかし、その累計グラフは微量ながら右肩上がりで、一日1万人としても全人類の70億人を殺すのに約1917年かかるとはいえ、おととしは年間365万人、去年は366万人、今年は367万人と、確実に増えている。これは、淫魔たちの繁殖速度が原因だと、科捜研が記者会見で示唆していた。


それは、人間と淫魔の繁殖方法の違いが物を言っていた。


たとえば、人間は生殖によって、妊娠したりしなかったりする。しかし、淫魔は必ず妊娠する。そして、人間は、胎生によって、子供を8か月ほど腹に宿し、慎重に動くが、淫魔は卵生によってすぐに身体から卵を出し、親淫魔はすぐ動ける。そのうえ、卵は1日から3日で孵り、すぐ子淫魔として動き出す。そして、一年ほどで大人程の大きさになる。(小笠原はこれまでの一年をサンプルの成長を初めて成功させ、その個体の次の子孫を育てていた。)


その人間たちとは全くスタイルの違う並外れた生産性の速さゆえ、部隊員の増加は、早急に望まれるのである。本人の意思さえあれば、参加できるという方針だった。他にいる適性は、男性というだけだった。

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