第15話 rotation
その夜は、摘発メンバー全員で飲み会だった。
「かんぱーい!」と騒がしく部隊員たちが滾る気持ちでジョッキを叩き合わせ、盛大に盛り上がっている。
しかし、徳山だけはそんな気持ちになれない。
一人しんみりした気持ちになっている徳山は、快活にしている神山に申し訳ないと思いながらも、相談した。
「俺、なんなんだろうな。まるで、俺の望みが叶いもしねえ。」と彼は言った。というのも、彼は今日の朝から、能力を得ることが出来たものの、それは愛しい彼女の物とは違い、全く別の能力であった。そのうえ、上層部から異例の高評価が降りてきて、現場に慣れて来たかと思ったら間もないうちに、戦力から見て郊外部担当が妥当だというお触れが出た。そのダブルパンチで彼は複雑な心境を漏らしているのである。
「おいおい、そんなシケタ面すんなって!ビールが不味くなるだろ?お前は、戦力として評価されたんだ。栄転だよ。郊外での戦闘を楽しんで来い!みんな強ええらしいぞ。敵も味方も!だから、死ぬなよな!」と神山は笑いながら気楽に軽率に言った。
「そんな軽々しく言われてもなあ…。」と徳山はブルーなモードである。なんせ、彼女はまだ目が覚めないのだ。それなのに、自分の意図しない力によって望まない郊外へ異動させられる。しかし、確かにこの能力は強すぎる。と彼も思っていた。
「なんとも言えないムカムカしたような気持ちだが、どう言ったらいいのか、不思議と呑み込めている部分もあって、そうだな…。俺がもらった能力は市街地では強すぎるという自覚がある。しかし、唐突過ぎるぜ…。」と徳山は漏らしていた。
まだこの市街地部隊に入って2日、そんなに短い期間とはいえ、先のことは楽しみだった。それに、彼女が目覚めるのを期待して、ワクワクもしていた。これでは予定を挫かれたみたいだ。しかし、戦時中の赤紙を拒めなかった時代のように、彼に拒否権はない。能力は、取り除けないのだ。
「あきらめろ。まあ、気持ちはわかる。それにしても、お前はどうしてそんなに悩んでるんだ?未練もなにもないだろう?まだ2日じゃないか?ここに来て。」と神山は言う。
「俺も色々楽しみがあったんだよ。激戦区に行って死にもしたらどうすんだよ。」と投げやりに言った。しかし、その言葉には、生きたいという気持ちが滲んでいる。
「まあいいじゃねえか。実家から通えるんだし、そんなに遠くない。それに、慣れるまでは、後援部隊としての要請だ。今みたいにいきなりOJTで戦わされることもない。むしろ、市街地部隊のような体育会系の文化に二日だけとは言え、音をあげずに生き残ったものだ。」と神山は感心する。
「きやすく褒めるな。俺の思いはそんな同情ではほぐれない。しかし、何だかなあア。」と徳山はもうめんどくさそうに胡散臭い顔をしていた。
とそこに、別のバディがやってきて、彼をほめたたえに来た。「お前、やるなあ!なんて強烈な能力持ってんだよ!」というのは、番田・ジョルジュ・優成だ。ドイツと日本のハーフで、ミドルネームがある。彼には、筌場守康という相方がおり、彼との相性は抜群だ。というのも、番田には、手先を刀や剣などの武器に変える能力があり、筌場には身体を鎧と盾に変身させられるという能力があり、二人が合わさると、鎧武者になることができる。
番田は言った。「まだ、異動まで数日あるんだから、能力を使い過ぎないように頑張れよ。仕事ってのはな、異動前の数日が一番いろんな面が見えて面白いんだ。だからよ、気楽にこの数日を楽しめよ。」と。
筌場も言った。「栄転おめでとう。羨ましいよ。」と。なんだか、単純な徳山は悪い気はしなかった。
番田が、「これ、俺らからのプレゼントだ。向こうに異動するまでの間、役立ててくれ。」と言って渡してきたのは、iPadだった。徳山は持っていなかったが、素直に喜ぶよりも、高価なものなので、驚いた。
「いやいや、これはもらいすぎだって…。」と徳山は謙遜する。しかし、番田は「それは別に、iPadとして使ってもらうための物じゃないぜ?その一つしかないアプリを開けて見な。」というではないか。
見ると、iPadにはたった一つのアプリしかホーム画面になかった。「なんだよ貧相だな。」と徳山は余計な一言を言ったが、鎧バディがそれを気にする様子はなかった。
「NAVI」というアプリを開けて見ると、そこには、四角い区画の周りを無数の点がもぞもぞと蠢いており、画面から目を離して周りを見渡すと、そのレイアウトが居酒屋内のテーブルの配置と人間の位置に他ならないことを示していた。
「あ、これもしかして俺の持っているスマホアプリの進化系じゃね?」と神山は言う。
「そうさ。俺たちの外部の友人に、ハッキングの天才がいる。そいつが、ガラケーやスマホを持っている人間をこの画面上の点でモジュールして、その人間たちがいる位置から現場のレイアウトを3Dで把握し、死角にいる人間や不自然な動きをする人間を感知して、現場にたどり着きやすくするというアプリだ。」と番田は説明した。
「栄転するまでの数日間、これを使って気を紛らわしてほしい。ってわけだ。」と筌場も説明した。なんだか、ここまで同情されるとむず痒い感じすら覚える。
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