第10話 By the Way

一方そのころ、家に帰った神山は、神山の帰りを察知して玄関に駆け付けた真っ白なマルチーズをコネコネと愛でていた。家といっても閑静な住宅街にあるRC造の小さなマンションで、冬は寒く夏は蒸し暑い融通の利かない建物だ。


動物好きな大家がペット可にしているマンション内は、ほとんどの住人がペットを飼っている。彼もまた、屈強な見かけによらず、小動物に目がないのだった。


「おーよちよち!ケンシロウちゃんは今日もかわいいでちゅねええ!」と夜分遅くにも関わらず神山はそのケンシロウと名付けたマルチーズの体臭をズイズイと吸いながら、薬がキマったように裏声で叫んでいた。


「ああおちつくわあ。」と本来の低い声に戻りながら神山は頭の中に充満したオキシトシンやセロトニンによって玄関で頽れるように眠った。いつも彼はそのような泥のように眠る生活を繰り返している。


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片や、新井。


一見気が小さくナヨナヨとしている新井は、家に入るやいなや、靴を脱ぎ散らかし、足の踏み場もない真っ暗な家の中を気にせず踏み散らし、中へと進んで行く。彼もまた、家といっても鉄骨造のアパートで、隣家の物音が少なからずこちらに響いてくる居心地の悪い部屋に住んでいる。


6畳一間のアパートに彼がブラックライトのような照明をつけると、辺りに無造作に飾られたおどろおどろしい装飾物が一瞬影を現した。まだそれが何なのかは具体的に見て取れない。


彼が革張りのカウチソファに腰かけ、デスクトップパソコンに電源を入れる。そして、持ち出していたスマートフォンをケーブルに差し、パソコンとリンクさせる。パソコンの画面には、「神山」の文字。


パソコンの画面で照らされたあたり一面には、鳥かごのようなものに入れられた淫魔たちの子供がいた。彼は、表向きは気の弱い華奢な少年だが、見かけによらず、淫魔の卵を収集し、孵化させて飼育している、危険人物だったのだ。


彼はつぶやく。「しょうもない人間を演じるのも疲れるものだ。それにしても、私が楽しんでいるところを、邪魔しあがって。」と。


なんと、彼は、コンサート会場のトイレで、飼育して成長させた検体を弄んでいたのである。しかし、それを淫魔の悪事だと思った神山は、彼を助けるために、一仕事買ってしまったのである。


この成長した淫魔もまた、新井が受精卵探しに出かけている拍子にこのアパートを抜け出し、家出少女を巧みに洗脳して、この新井というサイコパスの素性を明らかにしようと思ったのである。


ところが、実際に起こったのは、この淫魔から新井を助け出すという騒動。新井が、この淫魔を弄んでいた以上、この淫魔の中の性的搾取殺人能力のある体内成分は、除去されている。実際に、新井の身体には、ただれや赤身は見られなかった。


ただ、新井は、この大規模な淫魔事件をたまたま見つけ、それを性的興奮のためにあくまで個人的利用していた性的に歪んだ人物だったのである。そのため、どんな場面でもキャラクターを演じ変える能力を持ち合わせていた。だから、徳山も神山も、そんな悪だとは思わなかったのだ。


新井は、冷蔵庫から、淫魔の身体から抽出した快楽物質を取り出した。これは、通常の人間と新井が飼育していない淫魔が行為に至ったとき、もっといえば射精に至ったときに淫魔側から発射される毒性物質で、人間が浴びると、通常のオナニーの1000倍の快感を感じたのち、死に至る物質である。


彼は、この致死性の物質中にある人間が感じうる快楽部分だけを抽出し、毒性を中和させてゼロにした。この物質を、ハンコ注射のような容器に入れて、小学校時代にハンコ注射を押した部分に合うように差し込んだ。これは、注射跡になっても、皮膚が弱くアレルギーがあり、ときどきストレスなどで昔の予防注射が暴走してただれることにしても問題がない場所だからだ。


「はあううう!」注射器で彼が作った自作麻薬を注入し、白目を剥く新井。口の端からは涎をたらしている。


ちなみに、彼の目的は、自分にとって脅威とならない加工淫魔を沢山自分の傀儡にし、自身の帝国を作り上げること。そのためには、自分の手のかかっていない淫魔たちを駆逐しているTASたちの転覆をこれから考えざるを得ないと考えている。たまたま、彼は、TAS達に助けられてしまった。これが、物語の序章である。

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