第8話 through

「えっ、神山。こいつら本部に持って帰らなくていいの?」と徳山は聴いた。すると彼は答えた。「ああ、こいつらは、勤務時間外に襲って来たから、ほっとく。」とアッケラカンと言った。


「あのー」とは新井。見ると、腕が元に戻っており、さきほどあまりに膨大に肥大した腕を見つめて、ポカンとしている。


「僕の腕、どうなっちゃったんですかね?」と新井は尋ねる。すると神山はこう答えた。「おそらく、キミの能力が危険を察知して顕在化したんだろう。キミの能力は末端肥大。そして、肥大に反して他の部位は収縮する。キミは気付かなかっただろうが、この女。」と言って彼はピクピクと失神して震えているおかっぱを指し示し、「をでっけえ拳で殴るときに、突進してあたかものしかかるような形になった。まあ、突然のことに無我夢中で何が何だかわかってないだろうから。これを言われてもピンとこないだろうが。」


「はあ…。」とわがことではないかのように聴いているのはもちろん新井である。


「そのキミが突進という形でパンチすることになったのは、他でもない、両足や反対の手の血液や筋繊維が殴る方の腕に集中したからだ。そのため、立ってられなかったんだよ。」と神山は説明した。徳山もポカンである。


「おそらく敵の能力を全面吸収していたら、こんなに不便じゃないチートな能力だったかもしれない。全筋肉を自由自在に肥大させることができたかもしれない。だが、これも十分凄いぞ。血液と筋繊維を体内で末端にのみ自由自在に集中させて、鋼のような蹴りや鉄槌のような拳を振るうことができる。」と神山は興奮気味に言った。


「あ、たしかに。なんか、腕からでた硬いでっかいやつが、この、」新井もまたおかっぱを指し示した。「女の出した糸を切りました。これは、血液が鋭利な刃物のように変化したという事でもあるんですかね。」と新井は付け加えた。


「おお、そうか。そんな武器にもなるのか。」と神山は楽しそうに驚いた。特殊能力がなく、助けられた徳山は居心地が悪そうである。


「とりあえず、徳山。気にするな。明日俺がスペツナズ(ロシアの特殊部隊)やグリーンベレー(アメリカの特殊部隊)でも教えている近接格闘術を教えてやる。それで自分の身を守れるようになったら、お前も人を守れるようになる。」と神山は少し顔をしかめている徳山にそう言って励ました。


「僕も…教えてもらえますか?」と新井が言う。すると徳山は「いやいや、お前も教わったら、俺のセールスポイント弱るじゃねえか。やめてくれえ。」と悲壮に言った。しかし、オープンで親切な神山は、「いいぜ。お前らはちょっとドンクサイが、悪い人間じゃねえ。教える対象としては、十分すぎるぜ。頼まれたらいつでも教えてやろうと思っていた。いいぜ。明日僕んとこ来な。」と気さくに言った。


徳山は、「そげなー」と少し悲しそうだった。

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