第17話 Old Man

私は老い先短い御年80歳のクソ爺であるが、今しがた可憐なる花の香りのするオナゴを見つけ、その後を追尾している。


私が迷い込んだのは、魔都・東京は新宿という魔境。彼女はかのような摩天楼ひしめく辺境に降り立ち、影多きその建物の陰影で物陰に隠れて何ぞしうるのかと私は興味を持った次第。


さきほどから、ビルとビルの間を縫うように歩く前方のオナゴ。元来方向音痴であり現在は認知症の予兆か地図が読めなくなった自分でも思うに、同じところをぐるぐるしているかもしくは、ほとんど緯度と経度の変わらぬ場所を道を一本ずつ変えて編むように歩くが如し。


何をしているのかと謎の行為に神妙に思っていると、行き止まり。私の方を振り返り、不敵に笑むオナゴ。


オナゴは言う。


『ここが、どこだかわかる?』


私は、その目に見つめられて身動きが取れなくなった。誘われるままに、自分の意思とは別に歩みを進め、彼女の目の前に立ち、跪いた。それからのことは覚えていない…。


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『徳山はここで敵が逃げないように見張っててくれ!ここは袋小路だ!あと、目をこの真っ黒いサングラスで、覆っておけ!やつは視覚から入る洗脳型だ!あと鼻をこれでつまんでおけ!匂いも必要以上に嗅ぐと危険だ!まじで何かのために置いといてよかった。』と神山が叫び、目標に向かって走っていく。花の香りが薄らとする淫魔とみられる人間は前方100mほどで高齢男性を懐柔し、抱きすくめているように見えた。


徳山は放り投げられたサングラスとアーティスティックスイミングで使われるような鼻を挟むやつを受け取り、それを身に着けた。


神山もそれを身に着けているようだった。そして、男女のところに突っ込み、電磁波を浴びせようと突進する。


しかし、神山はしなる蔦のような攻撃によって殴打され、吹き飛んだ。見る見るうちに、老人が淫魔の身体に取り込まれていく。


『無駄よ。このおじいさんは手遅れ。もう私の物。』と淫魔が言っている。


『クソ…。じれったいな…。』と徳山がその状況をみるにつけ、早くも痺れを切らしている。


神山もまた、戦闘になったとき用に用意していたのか、なにやら手に鞭のような武器を取り出し、構えた。それらは青い色の電気を纏い、彼の身体を包んでいる。


『お前の能力は植物だろう!?ポケモンの世界なら、電気はあまり効果がいまひとつだ。しかし、もし俺の纏っている電気が、何かに引火したらどうなる?お前はポケモンであろうとなかろうと、効果は抜群だ!』と言い、その袋小路に散乱している燃えるゴミに鞭を打った。


『ピシャアン!』と電光が走る様な音がして、電気が燃えるゴミに引火する。


『場所が悪かったな。貴様は、人気のない場所に洗脳した人間を連れ出して、捕食していた淫魔だろうが、其れも今日でおしまいだ!人気のないところほど、浮世離れして退廃しているもんだ!ゴミが沢山だ!』と神山は得意そうに言う。


そう言っている間も、炎は散乱しているごみたちに燃え移っていく。ゴオーと音を立て、火の強さが増していく。


『馬鹿じゃないの?』と淫魔がぼそりと言う。不敵な笑みをうかべ、逡巡の様子もない。油断ならない敵だ。さらに、『私が、飛べないとでも思って?』と言った。


『何?』と叫ぶ神山。次の瞬間、老齢男性を完全に体内に取り込んだ淫魔は巨大な蛾のような両翼を伸ばし、力強い風塵を巻き起こしながら、飛んだ。


『くっそ!あいつ植物系の能力だけじゃない!昆虫系の能力ももってやがる!』と神山は成すすべなくそれを見上げ、相手を逃してしまった。


神山は道を塞いでいた徳山にかけより、『すまない、まさか飛べるとは…。』と悔しそうに言った。『そんな気を落とすなよ。あいつは、おそらくただもんじゃねえぜ。』と徳山は言った。


本部に戻り、異例の敵に関して資料を当たることにした神山は、驚きの事実が判明したことを徳山に説明した。


『俺の勉強不足だった。俺は自分の仕事に満足して、こういう意外な点には気づきもしなかった。』と言ったあと、『実は淫魔には様々なタイプがおり、定型的なタイプとしては、市街で人間を捕食・郊外で繁殖という以前徳山に言った従順型の2スタイルがいる。しかし片や、変異タイプもおり、孤立を好み、システムに対して反旗を翻す者もいる。それが今回の相手で、能力は決して強力ではないが、レベルとしては市街型と郊外型の中間程度。そして、組織に群れず、単独行動が可能な知能指数。その個体は、能力を自らの才覚と知恵によって拡張し、個別に子孫を残していくライフスタイルをとっている。ということらしい。』と徳山は言った。


要するに、摘発対象も、徳山が被害にあった単体も、いずれも組織がらみの淫魔勢であり、単体での勢力は弱小である。それに、市街地と郊外で協力関係があるあたり、なんらかの持ちつ持たれつの関係があると考えられ、相互作用によって、組織をなり立てている。


しかし、自ら孤立を選んだ個体はどうだろう。組織に入らずとも、生き残るという選択を選んだ淫魔は、生存本能が高く、その意識ゆえに、戦闘に対する抽斗も多い。もし危険であれば逃げる術もあり、戦闘状態に持ち込めば戦える能力もある。そのうえ、捕食に関しても計画的で、穴がない。


徳山は、異動前に、ものすごく危険なにおいのする敵の存在を認知することになった。

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