episode #57
その時だった。劇場が凄まじい音と激しい揺れに包まれた。スクリーンのあった場所が激しい音と共に崩れ去り、そのポッカリと空いた空間には宇宙船が浮かんでいた。
「ハハッ! これまたとんでもないね!」
ジョンが嬉しそうに笑う。その時、宇宙船からジョンに向け、光線銃が打ち込まれた。軽い身の熟しでジョンとアリスが避ける。
「キャア!」
美鈴もそれを避けようとして、座席に躓き転んでしまった。宇宙船の銃口は美鈴へと向けられた。転んだショックと銃口を向けられたショックで、美鈴はすっかり動けなくなってしまった。ゆっくりと銃口に光線のパワーが充填される。体が思うように動かない。美鈴がギュッと目を瞑る。突然、体が一気に持ち上げられた。美鈴のいた場所には既の差で光線が打ち込まれた。美鈴は自身を助けたその人を見た。ジョンだった。少年の小さな体とは到底思えない力で美鈴を抱えあげている。
「大丈夫?」
ニッコリと笑うその手を美鈴は振りほどいた。
「あ、暴れないで」
ジョンがそう言うが美鈴はそれを無視してジョンの手から逃れると、下手くそに地面に着地した。
「ホラ、言わんこっちゃない」
そう言ってジョンが手を差し出そうとした。
「触らないで!」
美鈴が声を上げ、キッとジョンを睨む。
「助けてくれたのはありがとう。でも、私はアナタとは一緒にいられない」
そう宣言する美鈴にジョンは考え込むように頬に指を添えた。
「真似してみたけどやっぱりダメかぁ。君に掛けられた洗脳はかなり強いみたいだね」
「洗脳? なんの話?」
美鈴が質問するが、ジョンは肩を竦めた。
「君は僕らの仲間じゃないんでしょ? だったら教えられないなぁ」
ジョンがそう言うと、その頭のすれすれを光線が飛んでいく。美鈴がそちらに目を向けると、宇宙船は植物の蔦に絡め取られ、大きくなったアリスがその銃を力いっぱい引っ張っている。
「ジョン様っ!」
アリスがジョンの名を呼ぶ。
「やれやれ、仕方ないなぁ」
指を鳴らしてジョンは黒髪のジョンになった。ネックレスがキラリと光る。
「悪く思わないでね?」
そう言った瞬間、宇宙船がガチャンと言う音と共に傾いた。またガチャンと言って今度は左が傾く。そしてガチャガチャと音を立てて、宇宙船は遂に墜落したのである。
「ジョン様ありがとう! 愛してるわ!」
いつの間にか小さくなったアリスは、ジョンの腕を取って甘えた声を出した。
「ねぇ、美鈴?」
巨大な宇宙船を一瞬で壊した事に美鈴が呆然としていると、その主が声を掛けてきた。
「あの宇宙船の中身、知りたくない?」
悪戯っぽく言うその言葉に美鈴はゆっくりと頷き立ち上がった。
サーカスのメンバーと思われる覆面の男が、残骸と化した宇宙船を適当にガチャガチャと壊しながら、中をあらためていく。そして、扉のようなものを一気に取り去るとそこにいたのは、ナンバー五十九だった。だらしなく舌を出したその様子は確実に死んでいた。
「東地区で暴れてた宇宙生物か……」
ジョンはその死体を冷たい目で眺めた。
「こいつら、なんでこんなとこにいるのかしら?」
そう言ったのが、紫の肌と四本の腕を持った女性だった。
「ルダサ、知ってるの」
「えぇ、でもこの生物は見た目に似合わず臆病で保守的よ。まさか他の惑星を攻撃するなんて」
「他にコイツらについて知っている事は?」
ジョンの言葉にルダサと呼ばれた女性は、面倒くさそうに答えた。
「彼らは仲間意識が強くて頭が良くないけど、それが?」
「他には?」
ルダサの質問に答えずジョンが続ける。
「他? そうね。彼らは自分達より強い存在に付き従う習性がある筈よ」
「へぇ……」
ジョンはそれに冷たく答えてナンバー五十九を見た。そして美鈴の顔を見た。
「美鈴、本当に僕と一緒に来ないのかい?」
美鈴はジョンの顔をただ見つめるだけだった。もしかしたらジョンについて行けば何かが分かるかもしれない。その思いに美鈴が逡巡する。その時だった。空気が振動する鋭い音が聞こえ、二人の間を車椅子が遮った。
「やぁ、ビーストテイマー。僕の美鈴を返してもらうよ」
そこにいたのはアーサーだった。
「美鈴、迎えに来たよ」
アーサーは首を美鈴の方に向け優しく微笑んだ。
「アーサー、どうしてココに?」
驚いた美鈴にアーサーはウインクしてジョンに向き直った。
「君が何を考えているか分からないけど、これ以上余計な手出しはさせないよ」
アーサーの纏う空気が変わった。それは冷たく、なのに激しく燃える炎のような……美鈴はそんな錯覚に陥った。ジョンはニッと笑うと両手を上げた。
「今日の所は引くよ。だから、ソレをしまってくれるかい?」
そう言ってジョンが目を細めて向けて先には、アーサーが隠して持っていたピストルの弾があった。アーサーはそれを捨てると、その手をジョンに見せた。ジョンは指を咥え口笛を鳴らした。その瞬間、サーカスのメンバーは全員動きを止め、一斉にその場から消え去った。
「じゃ、僕も行くよ。美鈴、またね」
ジョンは美鈴に向けて手を振ると、そのまま音も無くいなくなった。それを見届けると、アーサーは体ごと美鈴に向き直った。
「美鈴、大丈夫だったかい?」
「えぇ……」
「もう! 心配したんだよ?」
アーサーの美しい目が美鈴を捉える。美鈴はすっかり小さくなった。
「ご、ごめんなさい……」
そう言って俯く美鈴を見てアーサーは小さくため息を吐くと、美鈴の手を取った。
「ごめん。美鈴も大変な思いをしたよね? 帰ろう、僕達の家に」
美鈴はそれに頷いた。アーサーはそれを見て美鈴の腰に手を回すと、二人は光に包まれ次の瞬間にはHOJビルの前に戻っていた。
「私、もう辞めるって辞表を……」
「あぁ、あれなら僕が捨てておいたよ」
美鈴はその言葉に驚いてアーサーを見た。だが、アーサーはどこ吹く風だ。
「僕が一番乗りで良かったよ。他の人に見つかっていたら大変だったかも」
そう言ってアーサーは美鈴に笑いかけた。その瞬間、言葉にならない違和感が美鈴の中を駆け巡った。
「あ、あの、アーサー……」
そう美鈴が言い掛けた時だった。
「美鈴ー!」
遠くから美鈴を呼ぶ声が聞こえた。そちらに顔を向けると、そこにはライラとマットが走ってきていた。
「美鈴ったら! 心配したのよ! 勝手に出て行っちゃうなんて!」
ライラが美鈴を抱きしめる。そしてマットの手が美鈴の肩に置かれた。
「ごめんなさい……」
美鈴が恐縮して謝る。
「いや、良いんだよ。君の身になれば大変な毎日だったと思う。僕達の配慮が足りなかったね」
マットは優しく言うと美鈴の肩を握手するように、一度グッと握った。
「でも、私が戻る事は……」
美鈴が躊躇いながら言うと、ライラが体を離して言った。
「大丈夫。アナタの謹慎は私達で掛け合って解いてもらったわ」
「本当ですか?」
美鈴がチラリとアーサーに目を向けると、アーサーは微笑みで返した。ライラは美鈴から体を離すと、ニヤリと笑って言った。
「アナタの謹慎を解くように掛け合った仲間にはデッドマンもいるのよ?」
「デッドマンさんが?」
美鈴は何よりも彼が無事だった事が嬉しかった。
「貴方達!」
突然声を掛けられそちらを見ると、大きなピアスを揺らしたパズルガールが立っていた。
「感動の再会中悪いけど、今は時間が無いの」
それを聞き、ライラが美鈴に向き直った。
「そうなの。美鈴、聞いて。さっき宇宙の偵察班から連絡が入ったの! ナンバー五十九が艦隊を編成して総攻撃を仕掛けようとしているって!」
「そ、そんな!……」
「とにかく来て!」
ライラに促され美鈴はその後を追う。だが、美鈴の心には迷いがあった。さっきのジョンとのやりとり、そして美鈴の記憶。何も分からない。分からない事が怖い。だが、今目の前にある危機が美鈴の両足をただ前へと進ませていた。
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