episode #30

 スッと目の前が開けた。そこには空と立ち上る煙が見えている。ここはどこだろう。辺りを見回し下を見て、始めて美鈴は理解した。今、美鈴達は空の上にいる。下には瓦礫となってしまった街が見えているのだ。

「キャア!」

 美鈴は悲鳴を上げると、ギュッとアーサーに抱きついた。アーサーはすっかり真剣な表情で辺りを見回すと、一点を指差した。

「美鈴、あそこに降りるからね」

 美鈴も恐々そちらに目を向けると、瓦礫の少ない開けた場所が目に入った。地面がレンガ張りになっている箇所があるから、元々そこは広場だったのかもしれない。だが、そこには何人ものナンバー五十九がウロウロしている。

「あ、あんなに沢山……危ないわ」

「大丈夫。僕はヒーローだから」

 一瞬、視界が暗くなる。そして視界が開けると、そこはあの広場のど真ん中だった。辺りをウロウロとしていたナンバー五十九達が一斉に二人を見た。グルル……と唸り声が聞こえる。その時、一人が猛然と二人に爪を振り上げ襲ってきた。美鈴が悲鳴を上げて目を瞑った。もう駄目だ、

 そう思った。だが、その爪はなかなか美鈴に届かない。恐る恐る目を開けると、そこには目に見えない何かを何度も殴るナンバー五十九の姿があった。

「これは、一体?」

「僕の能力。僕は人工物を自由自在に扱う事が出来るんだ」

「人工物を自由自在に?……」

「そう、殴る手をよく見てみて」

 そう言われ美鈴が目を凝らすと、振り下ろした手に何かが当たって砕け散っているのが見て取れた。

「ここら辺は瓦礫が多いから身を守る物がいくらでも手に入る」

 ナンバー五十九は何度も手を振り下ろす。そこにどこからともなく瓦礫片が飛んできて、振り下ろす腕を弾くのだ。ナンバー五十九が更にもう二人攻撃に加わった。だが、三人共一定以上に手を振り下ろす事が出来ないでいる。

「さぁ、敵はこれ以上僕達に手出しは出来ないよ。美鈴、こいつ等に反撃するんだ!」

 アーサーにそう言われたが、美鈴は首を横に振った。

「そんな、私どうして良いのか分からないわ」

「大丈夫。僕が教える」

 アーサーはそう言うと、美鈴の肩を抱き直した。

「ゆっくり深呼吸して。意識を自分の内側に集中して」

 言われた通り、美鈴は深呼吸して目を瞑った。暗闇の中、怪物に襲われている恐怖心とアーサーが側に居てくれる安心感がせめぎ合う。グラグラと心が揺れる。どうしよう、私にこんな事……その時だった。暗闇の中で声が聞こえた。

「大丈夫。僕を信じて」

 アーサーの声だ。

『信じて』

 その言葉でドキドキとうるさく鳴る心臓がスゥと静かになった。それと同時に自分の中に何か言葉に出来ない力のような物を感じていた。呼吸がどんどんゆっくりになっていく。それを自分でも実感する。

「内側にある物を全て手に集めるように意識して」

 言われた通りに右手に力が集まるように意識する。だんだんと右手が熱くなってくるようだ。自然と右手がアーサーから離れ、前に突き出すような形になった。いつの間にか周りの事は気にならなくなっていた。今は全ての意識が右手に集まっている。

「美鈴、今だ!」

 その声を契機に全ての力が右手のひらから開放された。

 瞬間、物凄い突風が吹き抜け、ナンバー五十九達が宙に舞い上がった。

「上出来」

 アーサーが美鈴にそう云うと、アーサーの目がギラリと光った。その瞬間、舞い上がったナンバー五十九の動きがピタリと止まった。そして何かに引っ張られるように一箇所に集まった。彼らはそれから逃げ出そうと藻掻くが、何かに拘束されたように動けなくなっていた。それを見届け、美鈴はそのままその場にへたり込んだ。

「おっと、大丈夫かい?」

「う、うん。なんだか気が抜けちゃって」

「そうか、良く頑張ったね」

 アーサーの優しい声に涙が滲んだ。

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