episode #7

「ちょっとゆっくりし過ぎたかな?」

 早足になりながら比奈子が言う。美鈴はスマートフォンを鞄から取り出して電源ボタンを押した。

「今、十二分だって」

「うそっ! ヤバくない? あと八分だよ!」

 比奈子が小走りで映画館へと向かう。美鈴もそれに合わせて隣を走った。

 その時だった。美鈴の目の端に白と黒と茶色の影が写った。三毛猫だ、すぐにそう思いそちらに顔を向けた。大通りの車道ど真ん中で座り込む猫。その背後からはトラックが迫っていた。

「危ないっ!」

 美鈴はそう叫ぶと車道に飛び出した。

「美鈴っ!」

 背後から比奈子の叫ぶ声が聞こえる。だが、今はそれ所じゃない。美鈴は猫を抱き上げた……つもりだった。抱き上げようと手を伸ばした事で美鈴はバランスを失い、その場に躓き転んでしまった。突然現れた美鈴に驚いた猫はあっという間に走り去ってしまった。

「良かった……」

 走り去る猫の背を見つめ、美鈴は呟いた。だが、その呟きはクラクションの音に掻き消されてしまった。止まりきれなかったトラックは、そのまま美鈴へと突っ込んだ。

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