episode #38

「起きて、美鈴」

 体を揺すられる感覚と、キンと冷えた美しい声。美鈴の意識は眠りの世界から現実に引き戻された。目を開けると優しい笑顔のアーサーが迎えてくれた。

「起こしてごめん。もう少し眠らせてあげたかったけど、本部から招集が掛かったんだ」

 アーサーの言葉が右から左に流れて行く。寝惚けた美鈴の頭では、何となく起きなくてはいけないと言う事しか理解出来なかった。

「あのね、アーサー。私、夢を見たの」

「どんな?」

「えっと……忘れちゃった」

 アーサーはそんな美鈴の言葉に笑ってその頬に手を当てた。冷たい手に美鈴の感覚はだんだんと冴えてきた。それと同時に今自分が何をしてるか思い出し、慌てて布団から飛び起きた。

「あ! わ! あ、えっと、おはよう」

 美鈴の慌てように一瞬驚いた顔をしたが、アーサーはすぐににっこりと笑って、

「おはよう」

 と、返した。アーサーの手の感触が頬に残っている気がする。美鈴は顔に熱が集まるのを自覚して顔を背けた。

「もう肩の方は良くなったみたいだね」

 アーサーの言葉に美鈴は一瞬何のことを言っているか分からなかった。でも直ぐに自分が肩を怪我していた事を思い出した。肩の傷口に手を伸ばす。だが、そこを触っても全く痛みは無かった。それどころか包帯越しでも傷口が無い事がはっきりと分かった。

「怪我が、治ってる」

「驚いたかい? 僕達ミュータントは元々人よりも傷の治りが早いんだ」

 アーサーのその言葉に美鈴は自身の包帯を見つめた。

「さぁ、美鈴、そろそろ行こうか。みんなが待ってるよ」

 差し伸べられた手を取ろうとした時だった。

「ちょい待ち。美鈴は一回着替えた方が良いわね。元気ならシャワーも」

 そう言って二人を見つめているベッキーが居た。

「ベッキー先生! いつからそこに?」

「ずっと。全く、すっかり二人だけの世界に入っちゃって」

 その言葉に美鈴はあたふたとしたが、アーサーは落ち着いたものだ。

「ごめんね、ベッキー。それじゃあ、僕は先に行って煩い人達のお相手でもしてようかな」

 アーサーは車椅子を漕ぎ出すと医務室から出ていった。ベッキーが美鈴に近付き、肩に手を添えた。

「治ってるみたいね」

「今、アーサーに聞きました。ミュータントは傷の治りが早いって」

「そうね。でも、医療側の努力も忘れないで頂戴」

「あ! ごめんなさい」

 美鈴が頭を下げると、ベッキーは悪戯っぽく笑った。

「冗談よ。包帯取っちゃうからちょっと待ってね」

 美鈴は頷いてベッキーに肩を預けた。

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