episode #37

 目を開けると、さっきと同じ白い天井が見えた。荒い息を繰り返して、美鈴は少し体を起こした。柔らかい布団と少し硬いベッド。消毒液の匂い。ここがHOJビルの医務室である事は間違いない。ならばさっき見たのは夢と言う事になるのだろう。夢で良かった。美鈴は心からそう思った。きっとアーサーの事ばかり考えているから彼の笑顔が夢に反映されたのだろう。そうでなければアーサーが笑っている事の説明がつかない。美鈴は手に残るナンバー五十九の腕やアーマーの感触を布団で拭った。

 ガチャリ、とドアノブが回る音がした。そちらに顔を向けると、そこにいたのはティナだった。

「アンタ、今一人?」

 ティナの問いに美鈴は頷いた。ティナは美鈴から視線を外さずに後ろ手でドアを閉めた。

「あの、誰か呼んできましょうか?」

 美鈴がそう声を掛けたが、ティナはそれを無視して着ていたキャミソールを脱いで床に捨てた。下はジーンズだが、上はブラジャーだけの姿だ。

「え、えっと、わ、私退くので、ここで休んでください」

 美鈴がベッドから降りようとした瞬間、その腕を掴まれた。

「アタシが用事あるのはアンタなの」

 ティナが美鈴の耳元に顔を近付け、甘く扇情的な声で囁いた。耳が擽ったくて美鈴の背筋にゾクゾクとしたものが走った。そうして美鈴が動けないでいる間にも、ティナはベッドへと体を乗せていた。困惑する美鈴をよそにティナの手は腕から足へと降りてきた。そして美鈴の足の間へと体を滑り込ませた。

「や、止めてください!」

 顔を赤くして美鈴が抗議したが、ティナはお構いなしに美鈴の股間に手を這わせた。

「キャアッ!」

 美鈴から悲鳴が上がる。だが、ティナは人差し指を美鈴の口の前に立てて、黙るように合図を送った。

「大丈夫。アタシに任せておけばいいから」

 挑発的な視線を美鈴に投げ、手の動きを再開される。だが、どちらも美鈴にとっては恐怖でしか無かった。

「やめて……」

 美鈴の目から涙が溢れる。ティナの手は美鈴のズボンのチャックへと伸ばされる。その時だった。黒い影がティナの腕を掴んで美鈴から引き剥がした。

「何をしている?」

 無機質で冷たい声が白い部屋に反響する。そこにいたのはデッドマンだった。相変わらずフルフェイスのマスクで顔は分からない。

「痛い! そんなに強く掴まないでよ!」

 ティナは掴まれた腕を振りほどいた。デッドマンは更に声を硬化させてティナに聞いた。

「一体どういうつもりだ? 君には恋人がいるだろうが」

「ちょっと! 浮気を疑ってんの? だとしたらお門違い。アタシはそこの女子高生のフリした野郎の化けの皮を剥いでやろうと思っただけ。でもダメね。私の誘惑でも勃たないんだから、もうアタシも諦めたわ」

 態とらしくため息を吐いて肩を竦めると、美鈴の方を向いた。

「HOJにようこそ。ミ・ス・ズちゃん」

 それだけ言うと彼女は脱いだキャミソールを拾って医務室から出ていった。その後ろ姿が部屋から消えるのを確認して、デッドマンは美鈴に向き直った。

「お前は嫌な事は力ずくでも止めるべきだ。泣いていても状況は変わらない」

 デッドマンのマスクの下の目は美鈴を見ている事が分かる。美鈴は涙を拭った。それを見届けるようにしてからデッドマンはマントを翻して、医務室を出ていこうとした。

「あ、あの、デッドマン、さん!」

 その後ろ姿に美鈴が声を掛けた。

「あ、ありがとうございます」

 デッドマンは一瞬動きを止めたが、美鈴の言葉に返事をする事なく医務室から出ていった。静寂が帰ってくる。美鈴はそのまま後ろに倒れた。ポスッと軽い音が美鈴を優しく受け止める。安心した瞬間に全身から力が抜けた。心臓の音がより大きく感じる。性的に襲われるのは初めての経験だ。いや、この世界に来てから、初めての経験以外の事は何一つしていない。あまりにも今までと環境が変わりすぎて、流石に参ってしまった。あんな事があって、心臓もまだドキドキしているのに美鈴は眠くて堪らなかった。もう起きているのにも疲れた。美鈴は目を瞑ると、また暗闇へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る