episode #29
ヒーローが使うエレベーターは四階が一番下だ。エレベーターを降りると、そこはバックヤードだった。
「こっち」
アーサーに促され雑然として少し薄暗い中を進む。二つ程外に出れそうな扉をスルーして、小さな観音開きの扉をアーサーが押し開けた。ここは映画館傍のようだ。あの独特な匂いが美鈴の鼻を掠めた。ポップコーンを手にした人や、急かすように父親の手を引く子供が美鈴の前を横切った。
「こっちからエレベーターに乗れるんだ」
「あ、うん」
すっかり意識は映画館に向いていた美鈴は、アーサーの言葉で現実に戻った。
「映画、見たくなっちゃった?」
アーサーが美鈴を覗き込むように言う。
「ううん。私、映画が好きだったから、なんだか気になっちゃって。でも大丈夫。それより時間無くなっちゃうから早く行こう」
そう言って到着したエレベーターに乗り込んだ。
「……そうだね」
アーサーはそう言うと、一階のボタンを押した。
扉が開くと、そこはまるでテーマパークだった。三階まで吹き抜けの室内は広く、目の前にはメリーゴーランドが回っている。左右には色とりどりの看板を掲げた店が軒を連ね、華やかな格好をした人々が行き交っている。ジャグリングをしてお客さんを呼び込むパフォーマンスをしている人がいる。五個のボールを全て宙に投げ、バク転をして全て受け取る大業を披露すると、見物客から拍手と歓声が上がった。それを見ていた美鈴の目の前を、ローラースケートを履いた女性が早速と横切った。
「凄い……」
美鈴がワクワクした気分を抑えて呟く。そのまま中を進もうとしたら、アーサーから声が掛かった。
「美鈴、こっちだよ」
アーサーが呼ぶ方に顔を向けると、出口の方に向かう姿が見えた。
「あの、アーサー。この中は?」
「それはまた今度ね。今日はこっち」
そう言われて、後ろ髪を引かれる思いで、美鈴はアーサーに従った。
HOJビルを出ると、そこに広がっている光景に、美鈴は驚きの声を上げた。
「ここって……タイムズスクエア!」
そこには映画でよく見る、タイムズスクエアの景色が広がっていたのだ。
「タイム?……美鈴の世界ではそんな名前なのかい?」
首を傾げるアーサーに美鈴は頷いた。
「そう、タイムズスクエア。本当にこれとそっくりな景色だったの」
嬉しそうな声を上げる美鈴にアーサーは少し笑った。
その時、ビルの所々に設置されているモニターが、一斉に同じ映像を映し出した。
『速報です! ブラックバードインダストリーのCEO、デイヴィッド・チャン氏が十億光年先の惑星まで僅か一年で到達する無人探査船〝ミレニアムイーグル〟の開発を発表しました!』
興奮気味にそう伝えるアナウンサーの声が響く。画面にはカメラのフラッシュに顔を顰めながら通り過ぎるアジア人男性の姿が映し出された。
「彼も良くやるねぇ」
アーサーが呆れたように言った。
「有名な人?」
美鈴が問うと、アーサーは頷いた。
「うん、デイヴィッドは世界最大の軍事会社のCEOなんだ。最近は兵器だけじゃなく、宇宙開発にも力を入れてるって聞いたけど、やっぱりそうなんだね」
アーサーは画面を見ながら、何処か斜に構えたように言った。
「でも、兵器を作るより宇宙の謎を解明する方が素敵だと思うけど……」
「地球人を散々痛め付けておいて宇宙に逃げるだけだよ」
暗い声に美鈴が何か言いかけた時だった。
アーサーの腕から激しいサイレンのような音が鳴った。
「な、何!?」
驚いた美鈴と裏腹にアーサーは何処か笑っているような表情になった。
「さて、今日もお出ましだ」
「アーサー、これは一体?」
「これは、アウトサイダーが現れた時に流す音。今日は……またナンバー五十九が暴れてるのか。僕にも出動要請が出てる」
それを聞いて美鈴の脳裏にあの恐ろしい姿が浮かんだ。大きくて鋭い牙と長く尖った爪。映画で見るものと全然違う。それは触れただけで命を奪うと分かる物だ。美鈴は身震いした。だが、そんな美鈴の思いとは裏腹な言葉がアーサーから紡がれた。
「美鈴も一緒に行こう!」
「えっ! 一緒に……て?」
「言葉の通りだよ。美鈴は元の世界に帰りたいでしょ? その為にはまず美鈴がインサイダーともっと知り合える立場にある必要がある。その一番の近道がヒーローになる事」
力強い視線が美鈴を射抜いた。美鈴の心臓が激しく鳴る。
「……私が、ヒーローになる……」
美鈴の言葉にアーサーは大きく頷いた。
「そうだよ! 美鈴がヒーローになれば大手を振ってインサイダーに会えるし、それにティナやデッドマンを納得させる事が出来る」
美鈴はさっき見たバートの悲しい顔を思い出した。そうだ、自分のせいで恋人たちに仲違いさせている。私がヒーローになれば、ヒーローになれば……
「でも私にそんな力が……」
「いや、美鈴はミュータントだよ」
「えっ? 私が?」
驚く美鈴にアーサーは頷いて答えた。
「美鈴はバートとティナに会った時の事覚えてる?」
「あんまり……その、ナンバー五十九に襲われてとても怖かったから、その……」
「あぁ、そうだね。何も分からない状態であんなのに出会ったら冷静じゃいられない。なら、君に教えてあげる。あの時、君は何らかの力を使ってティナに氷の粒を降らせたんだよ」
そう言われ驚く美鈴の脳裏には、激しい雹に襲われるティナの姿が浮かんでいる。
「あれは、私のせいだったのね……」
美鈴が悲しい顔をすると、アーサーは首を振った。
「美鈴が気に病む事じゃないよ。彼女はヒーローだ。あの位じゃなんとも無いよ。それよりも話も聞かず君を脅威と見做した事が僕は許せないよ」
眉を潜めるアーサーに美鈴は胸がポッと熱くなるのを感じた。
「ア、アーサー、そろそろ行かないといけないんじゃ……」
「あぁ、そうだね。この件は帰ってからゆっくり話そうかな」
そう言ってニコリと笑う顔はとても冷たくて思わず美鈴まで背筋が冷たくなった。
「それじゃあ、美鈴は僕に掴まって」
「あ、うん」
美鈴はドギマギしながらアーサーの腕を掴んだ。すると、アーサーは笑って首を横に振った。
「それじゃあ駄目だよ。僕の隣に膝立ちになって」
美鈴が言われるままにすると、アーサーから次の指示が飛ぶ。
「そのまま僕の首に抱きついて」
「えっ!」
美鈴は思わず声を上げた。そんな恥ずかしい事を、しかもアーサーを相手にするなんて。美鈴が躊躇している事は、とっくにアーサーに見破られている。
「美鈴早く!」
アーサーの急かす声に美鈴は思い切ってアーサーに抱きついた
「そうそう。いい子だ」
耳元で直に感じるアーサーの声は甘くて足が痺れるようだ。そんな美鈴の肩をアーサーが抱く。
「さぁ、行くよ! 絶対に腕を離しちゃいけないよ!」
そう言った瞬間に、視界が真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます