episode #18

 処分は保留、首の皮一枚繋がった状態だ。必ずしも良い状況では無いが、今の何も分からない美鈴にはこれが最良なのだろう。

「付き合ってらんない。アタシ寝るから」

「私も失礼する」

「あ! おい、お前ら」

 リチャードが止めるが、ティナとデッドマンはそんな事を無視して出て行ってしまった。

「ったく、アイツらは」

 リチャードはその後ろ姿を見送りながらこめかみを押さえた。

「あ、あの、すみません。私のせいで……」

 美鈴が身を縮こませるとリチャードは手で制した。

「いや、あんたのせいじゃないよ。元々アイツらはHOJのワガママ二人組だからな」

「確かに。全然気が合わないのにすっごく気が合ってるのよね……アレ? 私変な事言ってる?」

 ヒジャブの女性が首を傾げるから、周りから笑いが漏れた。

 一頻り笑いが収まるとリチャードが美鈴に言った。

「さて、ここで生活するって事は嬢ちゃんには色々知って貰わにゃいかん。今からちょっとした講義でもやるかな。いいな?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「お前達も協力しろや」

 周りを見回してリチャードが言った。

「当然だよ。ね? みんな?」

 アーサーがそれに笑顔で答え、他の三人も了承した。

「んじゃ、まずは自己紹介を兼ねてざっくり説明といこうか。ここはヒーローチーム『ハンマーオブジャスティス』の本拠地だ。俺はそのハンマーオブジャスティスの監視官、早い話がヒーローのお目付け役だな。名前はリチャード・リックマン。んで、コイツらはここに所属するヒーローだ」

 そう言ってリチャードが手を広げる。

「そんな言い方するとなんか恥ずかしいわね」

 ヒジャブの女性が顔をクシャっと歪めた。

「まぁ、いいだろ? 嘘は言ってねぇ」

「確かに、そうね」

 そう言うと彼女は美鈴に向いた。

「私はライラ。影に潜る事が出来るの。それでコッチは……」

 そう言いかけた所を、壮年の男性が遮った。

「大丈夫、自分で自己紹介出来るよ。マット・オールドマンって言うんだ。脳以外全身アンドロイドだよ。ちょっと表情が堅いんだけど、許してね」

 そう言ってぎこちなく笑った。そして視線をバートと呼ばれていた男性に向けた。

「バート・レッドクレイブだ。美鈴、君にした非礼の数々を心から謝罪するよ」

「い、いえ、そんな……」

 バートから差し出された手を握り返して美鈴は言った。本当に怒ってなんていないのだ。だが、美鈴はそれを上手く言葉に出来ず、ただあわあわと言葉にならない言葉が口から出るだけだった。

「そろそろいいかい?」

 そんな美鈴の隣にいつの間にかアーサーがいた。綺麗な顔が間近にある。ドギマギして思わず下を向いてしまった。

「ちゃんとコッチ見て?」

「あぅっ、ごめんなさい」

 顔を上げると少し困ったような笑顔と目が合って、心臓はバクバクと音を立てた。

「僕はアーサー、アーサー・クラウス。ご覧の通り足が悪いんだ。それに目も見えない」

「えっ」

 思わず美鈴は息を呑んだ。こんなに綺麗な目なのに、見えていなかったなんて。

「その代わり」

 アーサーが話を続けた。

「僕の目はそのものの本質を見抜く事が出来る。それを応用して目が見えているのと、同じように観る事が出来るんだ。それに今は車椅子の性能も良いし、日常で不便な事は一つも無いんだよ」

 そう言って笑いかける。だが、美鈴の中にはモヤモヤが渦巻いていた。

(アーサーには私が元の女の子に見えてるって事? なら、この姿を知ったら……)

 美鈴は少しだけアーサーから体を離した。

「さて、俺らの紹介はこんなもんか。次は嬢ちゃんに色々聞きたいんだが、お前さんの居た所ではなんてヒーローがいたんだい?」

 美鈴はそう問われて困ったように眉尻を下げた。

「私が居た世界ではヒーローは架空の存在です。なので、私が知っているヒーローは全員漫画か映画の中にしかいないんです」

 その瞬間、周りからどよめきが起きた。

「じゃあ、誰が市民や地球を守るんだい? 宇宙からきた神や未来の王はヒーロー無しで勝てる相手じゃ無いだろう?」

「そのどちらも私は見た事も聞いた事も無いんです。私の知ってる世界には神も未来人も存在して無かったんです」

「そんな世界があるなんて……」

 呆然と呟く声に何か悪い事を言ってしまったような罪悪感に襲われた。と、美鈴の手にふわりと手が重ねられた。

「それは、とても素晴らしい世界に美鈴は居たんだね」

 そう言って優しく笑うアーサーがいた。美鈴より体温が低いのか少し手が冷たい。だが、美鈴は直ぐに手を引っ込めた。ゴツゴツの手をアーサーに触られるのが、美鈴には耐えられなかった。

「ありがとうございます……」

 と、消え入りそうな声で言うと顔を腕で隠した。

 美鈴達のやり取りを聞いていたのかいないのか、リチャードは腰に手を回して言った。

「て事はコッチの世界についても教えていく必要があるって事だな」

 そう言ってリチャードは辺りを見回した。

「お前さん達、今から談話室に移動だ。こんな寒々しい取り調べ室に長居はしたくないだろ?」

 リチャードの言葉に口々に賛成の声が上がった。美鈴もこの無機質で冷え冷えした部屋と冷たい椅子から早く離れたかったので、一も二もなく賛成した。

「んじゃ、今からそこに集合な」

 リチャードはそう言うと、一人でさっさと部屋を出て行ってしまった。

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