episode #5

 カラン、コロン、とドアベルが鳴る。どこか重いその音が美鈴は好きだった。映画館の入っている商業ビルを出て右に曲がり、大通りを真っ直ぐ十一分。更に細い路地を進むとカフェ・ゴッサムがあった。

「こんにちはーおじさーん。いるー?」

 比奈子が扉を開きざまに声を掛けた。

「おーう、比奈ちゃんかー?」

 カサカサの声が店の奥から答えた。比奈子の大叔父さんだと言うカフェのマスターは、比奈子とは似ても似つかない日焼けした顔でニッと笑って出てきた。

「聞いて! いまさっき見てきたの!」

「あぁ、アレか! どうだ? 面白かったろ?」

「サイコーだった!」

 比奈子が楽しそうに答えると、マスターは何度も頷いた。

 カフェ・ゴッサムはアメコミ好きのマスターが、自分だけのアメコミ空間が欲しいとの思いから作ったのだそうだ。確かに内装はアメリカのダイナー風で、アメコミキャラのフィギュアやコミック等が飾られている。

 そんなマスターに懐いていた比奈子は、小さい頃からアメコミに触れて育った。保育園のハロウィンで他の子が戦隊ヒーローやお姫様の格好をしている中で比奈子は青い服と赤いマントを着て行ったらしい。

 そんな比奈子と友達になった事で、美鈴はアメコミ好きになったのだ。今までに趣味らしい趣味の無かった美鈴にとっては、まさに人生がひっくり返る程の衝撃だった。画面の中で踊るようにパンチを繰り出す役者は皆筋骨隆々だ。そんな彼らが深い悲しみや辛い別れを経験し、それでも前を向く姿に美鈴は魅了されていった。もっと早く知りたかったな、と美鈴は良く思う。だから美鈴は時々比奈子が羨ましくなるのだ。

「どうだ? みっちゃんも面白かったかい?」

 うっかり物思いに耽ってしまった美鈴は突然声を掛けられて思わず肩が跳ねてしまった。

「え、えっと、とっても面白かったです」

 しどろもどろになる美鈴にもマスターはそうかそうかと笑顔で頷いた。

「どら、アイツをイメージしたドリンクでもどうだ?」

「なにそれ! いーじゃん、それにしよ! 美鈴もそれで良いよね?」

 比奈子に腕を掴まれながらそう言われ、美鈴は頷いた。

 比奈子の圧の強さもアメコミヒーローをアイツと称するマスターのセンスも美鈴には心地良かった。

 二人は定位置になっている、マスターの眼の前のカウンター席に並んで腰を下ろした。マスターが軽やかな手付きで二杯のドリンクを完成させていく。

「ほい、お待ち」

 そう言って眼の前に出されたのは、アイスコーヒーのホイップクリーム乗せだ。だが、クリームが真っ黒だった。

「クリームの黒は竹炭だからな。安心して飲んでくれ」

 そう言われ美鈴は刺さったストローに口を付けると、一口飲み込んだ。

「美味しい」

「だろう?」

 嬉しそうな声を上げてマスターが呵呵と笑った。

「おじさんこれすっごく美味しいよ!」

「そう言って貰えると作った甲斐があったってもんだよ」

 マスターはニコニコ笑いながら奥へと引っ込んだ。

「ね、映画の感想の話しよっ」

 ワクワクした声で比奈子が言う。美鈴はそれに頷いて、二人は話に花を咲かせていった。

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