episode #28
アーサーの部屋に辿り着くとアーサーが先導して中に入った。中は美鈴の部屋と同じ間取りだ。だが、家具やインテリアは全く違う。
「ごめん、椅子は無いから、ベッドに腰掛けてくれる?」
そう言われて美鈴は素直にベッドに腰掛けた。
「今、お茶を淹れるから」
「あ、私がやるよ」
「ううん、お客様なんだから座ってて」
アーサーに押し留められ美鈴はベッドに腰掛け直した。
それにしても本当に器用に車椅子を運転するものだ。最小の動きでテキパキとお茶を用意する。
「お待たせ」
膝に乗せたお盆にマグカップを2つ乗せてアーサーが帰ってくる。
「はい」
「あ、ありがとう」
渡されたマグカップを受け取りお礼を言う。コーヒーの香りが鼻を擽る。カップの中にはミルクがたっぷり入っている事の分かる淡い茶色の液体が入っている。一口飲むと、優しい甘さとミルクのコク、コーヒーの香りが渾然一体となった液体が、円やかに口から喉に滑り落ちた。
「美味しいっ」
「そう? それは良かった」
アーサーは自分も一口飲む。そして少し首を傾げた後に一つ頷いた。
「気に入らない?」
美鈴が聞くとアーサーは苦笑いして答えた。
「うん……練習してるんだけどなかなか思った通りの味にならないんだよね」
「そうなの? とっても美味しいよ? 私苦いコーヒーは飲めないから、こう言う甘いコーヒーは嬉しいな」
「美鈴がそう言ってくれるなら、これも一応の成功って事なのかな?」
アーサーはそう言ってまたカップに口を付けた。美鈴も後を追うように一口飲んだ。そんな美鈴を見ていたアーサーが、不意に話を振った。
「僕は昔、日本のトウトに行った事があるんだ。美鈴もそこの出身なのかな?」
「トウト……えっと、どの辺りにある場所?」
「あれ? 知らないなんて事無いと思うよ。日本の首都だもの」
そう言われ美鈴は目を見開いた。
「え? 私が知ってる日本の首都は東京って名前なんだけど……」
「トウキョウ? 聞いた事が無いな」
アーサーは考え込むように顎を触った後に、Jウォッチを操作した。すると、3D映像の世界地図が映し出された。その日本の部分を拡大する。すると、日本列島が写し出された。と、美鈴は思わず声を上げた。
「待って! 日本の形が違うわ!」
美鈴が日本列島を指差した。
「北海道が反転しているの。それに本州もなんだか凄く曲がっているし」
それは美鈴の指摘通り、北海道が反転し本州がまるでアルファベットのCの形のようになっている。
「ホッカイドウと言うのは、この島かい? でもヒョウエと書かれているよ?」
アーサーがその部分を拡大する。反転した北海道には確かにローマ字でHYOEと書かれている。美鈴はそれを顔を近付けて確認した。
「ねぇ、アーサー。本州の方も見せてほしいの」
「いいよ」
美鈴のお願いにアーサーは頷くと、本州を拡大した。曲がった本州の上には、見慣れない名前がズラリと並んでいる。
「こんなに違うなんて……」
美鈴はあっけに取られたように呟いた。
「どうも美鈴の世界とは地理が少し違うようだね。因みにこれはなんて言う?」
そう言って指差したのは、マグカップ。
「私はマグカップって言うけど、まさか違う名前が?」
「いや、マグカップだよ。ベッドやコーヒーも通じてたから、物の名前は共通しているようだね」
アーサーはまたJウォッチを操作すると、世界地図が消えて代わりに沢山の人の顔と、その横に名前が表示されたリストのようなものが映し出された。
「これは今日本で活躍している俳優の一覧。年配の人や若い人と綯い交ぜにしてあるから、全く知らないと言う事は無いと思うけど、どうだい?」
言われて美鈴はその写真と名前を一人一人確認していく。百人近くは見ただろうか。そこで美鈴は手を止め首を横に振った。
「ダメ、誰も知っている人がいないわ」
「じゃあ、これは?」
そう言ってアーサーは全面に武将の絵を映し出した。それは教科書等で見る肖像画タッチで書かれた古い絵のようだ。だが、美鈴には見覚えの無い人だ。その様子に気付いたアーサーがその画像を指して言った。
「これは端崎傳十郎。日本で一番有名な武将の一人だよ。多分、日本と言えば彼を想像する人が世界で一番多いと思う」
「そんなに有名な人なの? ごめんなさい。分からなくて……」
「美鈴が謝る事じゃ無いよ。でもこれで人も美鈴の居た世界と全然違う可能性が高くなったね」
それは何が問題なのだろう。美鈴はポカンとアーサーの顔を眺めると、アーサーは小さな子を諭すように言った。
「この世界にはまだ見つかってないインサイダーやこれから生まれてくるインサイダーもいる。その中に人の外見を思いのままに変える能力を持つ人もいるかもしれない」
「と言う事はその人に見た目を変えて貰えば元に戻れるの!」
美鈴が色めき立つと、アーサーは首を振った。
「確かに見た目はそれで何とかなるかもしれないけど、この世界には多分美鈴の両親や友達はいない」
そう言われ美鈴はハッとした。この世界にいる限り、比奈子には会えない。美鈴は首を振った。
「そんなのは嫌!」
ソレを聞いてアーサーは頷いた。
「そうだね。姿を変えても根本の原因解明にはならないね」
「私、どうしたらいいの? どうしたら元の世界に戻れるの?」
美鈴はアーサーの腕を掴んだ。だがアーサーは困った顔をするだけだった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
美鈴は手を離した。そうだ、アーサーに当たっても仕方ない、寧ろアーサーはずっと優しくしてくれているのに……美鈴は自己嫌悪で零れ落ちそうになる涙を隠すように下を向いた。
「ごめん。今は何も解決してあげる事が出来ない」
アーサーの手が優しく美鈴の肩に触れた。美鈴は頷くと、手で涙を拭った。
「アーサーありがとう」
アーサーが美鈴の方に顔を向ける。美鈴は無理に笑顔を作った。
「美鈴……」
真剣な目が射抜くように美鈴を捉える。
「……どうしたの?」
ドキリとして美鈴が問う。アーサーの手が逡巡したように宙を彷徨い、すぐに引っ込められた。
「アーサー?」
美鈴が問うと、アーサーは一度ゆっくりと瞬きして、今度は悪戯っぽい表情になった。
「出ちゃおっか、外」
美鈴は目を丸くした。
「でもさっき出ては駄目って。それにこれにGPSも付いてるんでしょ?」
美鈴がJウォッチを見せながら言う。だが、アーサーは片頬を吊り上げた。
「ここだけの秘密だけど、このGPS、観測が三十分に一回なんだ。だからデータが送られたら直ぐに外して、また三十分後に着ければ良いよ」
三十分……美鈴はJウォッチを見て逡巡した。行きたいけど、本当に大丈夫なのだろうか。
そんな美鈴の迷いを察知してアーサーは態とらしく声を上げた。
「ホラホラ! もう一分も無いよ! 行く? 行かない?」
「あ、い、行く!」
「そう来なくちゃ」
アーサーはそう言って笑うと、美鈴の腕を取りJウォッチを外した。
「さ、行こう! 急がないと時間はあっという間だよ」
そう言ってアーサーは車椅子を部屋のドアに向け漕ぎ出した。美鈴は自身の手首を眺めた。小さな罪悪感とそれに勝る冒険心が、心の中を掻き回す。
「美鈴、早く!」
アーサーに言われ美鈴は部屋を後にした。
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