第44夜【NEO part9】
南川君(仮名)の住んでいるアパートでは、しばしば玄関にある集合ポストにだけでなく、各部屋のドアポストにまで、いわゆる怪文書が投げ込まれることがあった。アパートの周辺が治安の悪い地域というわけでもないし、そもそも特に安い賃料でもなかった、という。
その手紙は、後から建ったお前たちのアパートのせいで、一戸建ての我が家は一日中、日陰になってしまい、何をするにせよ、不便な状態にある。家族のそれぞれがいま苦しめられている心身の不調も、お前たちの建物による被害に由来しているのは疑いの余地が無い。これはお金で済む問題ではない、心からの誠意を見せてほしい……といった内容の苦情が繰り返し書き連ねてあった。いわゆる日照権問題というヤツである。手紙の文中にも、何度も日照権という単語が出てきたらしい。
しかし実際には、アパート周辺に、手紙にあるような一軒家は存在しなかった。文中で明確に「○○家」と名乗っていたらしいが、念のために南川君が調べたところ、そんな名字の人物は(かなり変わった名字だったらしい)少なくとも近隣住人にはいなかった。
大家さんも怪文書については、全く謂れのないことなので、警察に相談して対応を検討中しています……とのことだった。
そんな話を会社の飲み会で愚痴交じりに話したら、後輩の坂崎君(仮名)が興味を持った。怪文書というものは、ネットや雑誌ではよく見かけるが実際に送られている、という人から話が聞けたのは今回が初めてだ。良ければ実際の文書を見てみたい、との申し出を受けて、飲み会から数日後に投函されていた文書を更衣室で坂崎君に手渡した。
すると、その場で読んで自分に返してくるだろうと思っていたのに、坂崎君は大事そうに鞄にしまい込んでしまった。そこまで執着するものでもないぞ、ただの変な手紙なんだから……とは思ったらしいが、その場では深く追及はしなかった。
数日後、坂崎君の使っているロッカーに、汚く破られたルーズリーフが一枚、貼り付けられていた。間違いなく坂崎君の字だった。
「○○のせいでくらい くらいのはこころにさわる 気もちが落ちこむ 仕ごとにもえい響がでる いえのなかまで暗くなってきた」といった、漢字の使い方まで支離滅裂な内容が箇条書きで書かれていた。○○は名字だったらしいが、少なくとも会社には居ない人物だった。
同僚たちがいたく気持ち悪がったので、代表して南川君が事情を聞くことになった。以前と変わらない顔で仕事を続ける坂崎君に「ロッカーに張り付けてある紙は何の意味があるんだ」と尋ねると、彼は笑って「うーん、貼った意味があったらいいんですけどねぇ、先輩はどう思います、○○のやり口は」といったような内容で答えてきたので、適当にお茶を濁して、それ以上は何も言えなかった。
それから何日かして、坂崎君は終業後に、皆の目を盗んで、ロッカーに無理やり入り込んで、中でブツブツと訳の分からない会話のようなものを喋っていたところを、何時間か経って訪れた警備担当に発見されて以降、休職扱いになった。
「それは怖い話だねぇ」
……と、やはり飲み会の席で南川君から話を聞いていた私が応じると、彼は首を横に振った。まだある、まだある、というやつだ。
「それから投函される怪文書が増えましてね、二つに」
もう一つの手紙は明らかに坂崎君が書いたもので、それは南川君にだけ送られていたという。
「手紙の内容は、基本的にはネット小説をコピペしたものなんですよね。色んな小説投稿サイトで発表されている、学園青春ラブコメみたいなものだったり、異世界転生ものだったり……いきなり途中から始まって、突然終わる。毎回、ぶつ切りなので、タイトルなんかは分かりませんが……」
「その部分は手書きじゃないんだ」
「はい。コピペですね。それで……その文章に黄色いマーカーでチェックがしてあって、坂崎君がボールペンで手書きした注釈が入るんです」
例えば、
「しょうがねぇなぁ……深手を負ったお前が独りで行ったところで、何が出来るわけでもねぇだろうがよ。俺様が付いて行ってやるよ」というコピペされた台詞の「ところで、何が出来る」という部分にだけ黄色いマーカーの線が何重にも引かれており、矢印で導かれた手書きの注釈に「建物の角度を意味している!!」と書かれている、といった具合である(忠実な再現ではない、念のため)。
「なにそれ……」
まっったく理解できないが、少なくとも、聞いた瞬間に今までにない感覚で厭な気持ちになった私は、取り敢えず、話者の南川君と同様に眉を顰めた。
「日照権の話が続いてる、ってことか」
「恐らくですけど。でも、もっと気持ち悪いのは、大家さんにこの状況を全て話したんですよね、そうしたら……」
大家さん(中年女性)は、いつも通りの、人の好さそうな顔のまま、苦笑じみた表情になって「すいません、結局、痛みを分かちあうみたいな感じになっちゃっいましたねぇ」と答えた。
「どうも言葉以上の意味を含んでいるような、そんな気がするんですよね。ひょっとすると、俺以外の住人にも、それぞれのプラスアルファがあるんじゃないだろうか……って考えたら気持ち悪くなって」
考え過ぎなのかもしれないが、すぐに引っ越したのだという。ここまで読んできた方ならお分かりだと思うが、南川君が住んでいたアパートは、38夜で紹介した話の同地域に在る。
次回のNEOは「だるまさんが」です。
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