第4夜 [蠢くもの][励まし][用水路の女]

【蠢くもの】


(怪談会音声記録より抜粋。適宜、意味の通じるように言葉を補っています)

「……で、廃墟の三階に着いたら大広間みたいな部屋があって、そこに緑色のホースがあってさ」

「倉庫だったの、その部屋」

「いや、普通の広間だったよ。ホースは束ねるでもなく、床に適当な感じでポンッて置いてあった」

「火事でもない限り、三階にホースを置いておく理由はないよなあ」

「建物の中には、普通に消火器も設置されていたし、天井には(もう使えないだろうけれど)スプリンクラーもあったから、消火のために置いたんじゃないと思うな。ちなみに、建物の中で特に何かが燃えた痕跡も無かった」

「そうなると、いよいよ、その部屋にホースがある理由が分からないね」

「部屋の中を色々と見て回ったけど、水道のすの字も無かったし」

「そもそも論だな」

「それで、他の部屋も探索して回って、もう十分かな、そろそろ帰ろうかって時に、大広間の方から音がしたのね。何だろう、って軽い気持ちで見に行ったら、ブンブン舞ってやがった」

「なにが?」

「ホースが」

「それは辛いなぁ」

「水を撒いている時にさ、蛇口と連結させた部分が、何かしらの理由で水圧に負けて外れちゃって、ホースが暴れ狂うことがあるでしょ。あんな感じでその……蠢いてた。うん、蠢いていた、って表現がしっくりくるかな」

「水が入ってないのに」

「うん」

「で、どうしたの」

「踵を返して帰る一択でしょ、そりゃ」

「そうだよね」

話者の女性は、禍話の放送内にしばしば登場する「甘味さん」とは別の方である。


【励まし】


安アパートに住んでいたB君は、定期的にドアポストに投函される「だいじょうぶ ななつまではかみのうち!」という手紙が厭になって引っ越してしまった。

平仮名ばかりだった文中に漢字が増えていって、「大じょう夫 七つまではかみの内!」となった辺りで「これ以上は良くないのかもしれない」と、言わばギブアップした形で転居したのだという。

いや、最初に投函された時点で転居を検討しろよ、遅いんだよ(この行は私信です)。

ちなみに手書きではなく印字されていたらしい。


【用水路の女】


申し訳ないのだが、用水路にまつわる話である。

吉田君(当然、仮名)が小学生の時に住んでいた地域は、通学路に大人の背丈ほどの用水路があった。昭和の話なので特に周囲に注意喚起の張り紙などは無かったそうだ。「見りゃ分かるだろう、近づくなよ坊主」というやつだ。

夏休みの土曜日に、独りで用水路の近くを歩いていると、中に人が立っているのが見えた。作業員さんだろうと思ったが、近づいてみると、違った。

女の人だった。

彼女は歩くでもなく、その場に突っ立っていた。

その日は晴天で、普段はそれほど水流の強くない路だとはいえ、危険なことには変わりがない。

子どもなりに、これって「危ないですよ」とか「どうしたんですか」と声をかけるべきなのかなぁ……と思案していると、立ち尽くしている女と目が合った。

女は「これは罰のようなものなので仕方ないのだが好奇の目にさらされるのは私としては本意ではない、そういった類の罰ではないのだから」というような意味のことを吉田君にまくし立ててきた。

困惑していると、近所のおじさんが通りがかった。これは幸い、吉田君は、そこに女の人が居るよ!と指さして訴えたが、おじさんは水路をさんざん凝視した末に「何の遊びか知らないけど、ごめんな。ちょっと急いでるんだ」と立ち去ってしまった。

あの女はおじさんに見えていないんだ、と気づいて、怖くなった吉田君は家まで走って逃げ帰った。

それ以降、用水路であの女を見たことはない。

吉田君の人生で一度きりの、不思議な体験談である。


「とまぁ、これが大学生の時に聞いた、同じゼミの吉田が体験した話。それでね、かぁなっきさん。実は、ここからが本題なんですけど」

この話を聞かせてくれた山田君(仮名)は、喫茶店のプリンを摘まみながら、何故かニヤニヤ笑みを浮かべて私を見つめてきた。

「俺は話の中で、意図的に女の外見を描写しなかったんですよ」

そうなんだ、吉田君が小学何年生の時に体験した話なのかも分からないザックリとした語り口だから気づかなかったよ……とは言わずに置いた。彼が不肖の後輩だからと言って、私は険悪なムード愛好家ではない。

「用水路に居たという女が、何を履いていたか、分かりますか」

変な質問だなと思いつつ、取り敢えず、お化けみたいな存在なんだから裸足かな、場所が場所だからサンダルとかの方が動きやすいかな、と答えた。

「外れです」

なんだこいつ。

「まぁ普通は裸足、幽霊だとして大穴で赤いハイヒール、真面目に考えれば、舞台が用水路なんだからサンダルもしくは長靴あたりが、普通は思い浮かぶんでしょうけどね。それが……」

とある履物を頭の中に思い描いてしまうと「あたり」なのだそうだ。

山田君は「やっぱりなかなか当たる人には出くわさないな」と感心していた。私は絶対、ここの支払いは割り勘にしようと思った。

……そんなわけで、この項では最初に謝っておいた次第である。

まず思い浮かばない代物とはいえ、「あたり」の履物に関しては、此処では伏せておく。

何かあったら教えてください。





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