第5夜【ゲドガキ妄想】【ゼンメツした話】

【ゲドガキ妄想】


 知り合いのF君が一番怖い妖怪は「ゲドガキのバケモン」なのだそうだ。なかなかにマニアックな怪異である。たぶん、いま読んでくださっている人の中で「ああ、あいつね!」と頷いている人は、まず居ないだろう。

 角川文庫版『日本妖怪大事典』(村上健司・編著/水木しげる・画、2015年)を参照すると、これは長崎県に出たお化けで、父親が夜泣きした子どもを戒めるために「そんなに泣くとゲドガキのバケモンに食わすぞ」と脅していたところ、「そんなら俺に食わせろっ」と大声がしたので、咄嗟に一人前になるまで待ってくれと言ってみたところ、その時は無事で済んだが、結局その子が一人前の若者になった頃に食われてしまった……という話が伝わっている(「」内の台詞に関しては前述本のp261から引用した)。

 さらに詳しく講談社+α文庫版『日本妖怪大全』(水木しげる、1994年)で調べていくと、一度目は何とか退けたが二度目の襲撃で食い殺されていたことが分かり、なかなかに執念深い人食い妖怪である。

 しかし長崎県出身でもないのに、えらくニッチなお化けが怖いんだね、と冗談めかして言うとF君は神妙な顔をして、「これは俺の妄想なんだけど」と前置きしてから、次のように語った。

 「これってゲドガキって場所に色々とヤバい奴が住んでいて、そいつに、ふとしたきっかけで長年に渡って付きまとわれて、遂には殺されちゃったって事件を、お化けの仕業だってことにして後世に伝えてるんじゃないか。たまたま、この妖怪を何かの本で知った時に、そんな風に思っちゃって。それ以来、俺はゲドガキのバケモンが一番怖いんだ」

 それってあなたの意見ですよね!と私がふざけて返せなかったのは、彼の実家が隣人トラブルで警察沙汰になって苦労した過去があるのを知っていたからである。

 個人的には、ゲドガキに居たのは、本当に人食いの化け物だったと思うのだが。

 

【ゼンメツした話】


 物凄く怖い話を聞いたのに、詳細を忘れてしまった……皆さんはそんな経験、ないですかね。

 例えば私でいうとね、後輩の余寒君に「いや~、以前、かぁなっきさんの話していた体育館の話、あれは怖かったですね」って言われて、どんな話だったっけ?って突き詰めていったら、分からなくなっちゃったことがありますよ。

 確かにその日、大学で会って、二人で色々とお喋りしたのは間違いないんだけど、体育館の話に関しては私は一切覚えていないし、余寒君も「とても怖かった」ことだけしか覚えていなくて、詳細は何も分からないまま、という。

何なんでしょうね、その話って。


 田中君としておきますが、彼もそういった、細かい部分は覚えていないけどムチャクチャ怖かった怪談話があるというんですね。

 彼の場合は「何かしらのメンバーがゼンメツした話」なんだそうです。いや家族とか友人とかサークルとかクラスメイトとか、そこは記憶していないのかって話なんですが、当時は覚えていたんだけど、今現在、社会人である田中君の記憶に残っているのは「ゼンメツしたのが話の落ちだった」って部分だけなんだそうです。

 それだけで終わりじゃ、何処で紹介するにも困っちゃうので、取り敢えず、問題の話を聞いた時のシチュエーションくらいは覚えてないか、と聞いてみたんですよ。

そうしたら。

「小学校三年生の秋でしたね。放課後の教室に残ってクラスメイトの○○君や××君と落書きとかして遊んでいたら、知らない中年女性が手前のドアを開けて入ってきて、教卓の前に立って話し始めたんです」

 その女性は、話し終わったら一礼して帰っちゃったらしいんですが、普通じゃないですよね。結局誰だったのか分からないままですね、と平然とした顔で言われたので、私は開いた口が塞がりませんでした。

 まぁ、色々な方からお話を聞いてきた経験を踏まえて言うと、「怖い体験をしたということに無自覚な人」というのは結構な数いらっしゃるので、田中君もそうなんだろうな、と思っていました。

 それで、何となく田中君が話し終わった雰囲気になったので、話題を変えようとしたら唐突に「あっ、思い出しました」って言われたんです。今の話には続きがありました、って。

 田中君が、未整理のまま話すから分かりにくい部分があったら質問してくださいね、って前置きしてから……内容を一字一句正確に再現したわけではありませんが、こんな内容のことを話してくれたんですよ。

「それから数か月経っても、僕は、ゼンメツした話が忘れられなくて。トイレに居ても風呂に入っていても、当時好物だったメンチカツを食べていても頭の中の何処かしらで物語が反芻されて。

そんな僕を気の毒に思ったのか、一度だけあのおばさんに話しかけられたことがありました。彼女の姿は見ていません、声だけ。

電気を消した真っ暗な部屋の中で、布団にくるまって横になって大分時間が経過したのに寝付けなくて。ああ、あの人たちゼンメツしちゃったんだよなあ、ってウジウジ考えていて。

そうしたら、突然、部屋の中におばさんの声が響いたんです。

『でも、無駄にはなってないから』って」

 そこで話がプツッと終わっちゃったので、こんな時は、どんなリアクションをするのが正解なんだろうな、と思案していると、田中君は「それで吹っ切れた部分もありましたね、そうだった、そうだった」とだけ言って満足げな顔をしていたので、私も、それ以上色々と突っ込んで聞くのは止めておきました。

 でも、女性の発言を聞いた途端に、田中君がゼンメツした話の詳細を忘れていたとしたら、さらに厭な話になるよなぁ……とは思いましたよね。

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