第6夜【残念ですが娘さんは】

【残念ですが娘さんは】 


 先日、第5夜を執筆中に、遅ればせながら「そう言えば、全然エッセイを書いていない……ずっと怖い話ばかり公開しているじゃないか」と気づいた。

 禍あつめの紹介文には、「ホラーにまつわる考察、よもやま話、さまざまな恐怖の感覚をお届けします」と謳ってあるにも関わらず、である。このままでは虚偽広告になってしまう。

 そんな次第で、前回は急遽「ゲドガキ妄想」を書き下ろしたわけだが、今週、即ち第6夜と第7夜として公開される禍あつめは「考察」や「よもやま話」に終始する予定なので「いつになったら雑文が読めるんだ」と不安になっていた雑文ファン……何それ? そんな単語あるの?……まぁいいや、そういった方々には留飲を下げていただきたい。

 私は生まれついての怖がりである。最近は落語の「饅頭こわい」のような状態になりつつあるが、少なくとも大学生までは本当に怖がりだった。

 語り、小説、映像、漫画など様々な形で表現される恐怖の世界を、野次馬気分で広く浅く散策してまわっては時折火傷して逃げ帰る。でも、熱さが喉元を過ぎたころに、また散策に出かけ……という、最終的に自分の影に驚いて死ぬ童話の主人公みたいな日々を過ごしていた。

 そのうち、有名な怪談話や都市伝説、怪奇小説に関して、世に出した人が想定していないような部分まで、あれこれと妄想して勝手に怯えるようになった。今回はその一例を紹介しよう。以前、ツイキャスの無料放送で喋った内容を、元投稿の細かい部分への妄想を加味して纏めてみたものである。


 「残念ですが娘さんは」という有名なネット怪談がある。粗筋を簡単に紹介すると、ある病院に余命僅かな女の子が入院していた。友達が二人、お見舞いに来た時に、母親が、この子がまだ元気なうちに……と考えて女の子を真ん中にして写真を撮ったが、直後に容体が悪くなって三か月ほど後に亡くなってしまった。

 亡くなった後、暫くして、母親が写真を現像に出すと、写真屋が友達と撮った最後の写真だけ渡すのを嫌がった。無理やり見せてもらうと、ミイラのようにやせ細って写っていた。

 霊能者に見てもらうと「残念ですが娘さんは地獄に落ちました」と言われてしまった……。

 正直な話、最初は「女の子が不憫すぎる厭系怪談」くらいにしか思っていなかったのだが、話のそこかしこに違和感を覚えた。そこでお得意の妄想を広げていった結果、私の導き出した結論は、この話は「女の子が不憫すぎるヒトコワ話」である、というものであった。順を追って説明しよう。

 まず、この話は母親視点で全ての出来事が展開する。つまり、この話が実話だと仮定すると、最初にこの話を誰かに話して拡散するキッカケを作ったのは、母親だと考えられるわけだ。

 しかし、自分の娘が、何の非も無いのにどうやら地獄に落ちたようだ……という話を、いったい彼女は誰に話したのだろうか。

 母親がいわゆる誠実な語り手ではない、何かを隠しているのではないか……という認識のもとに、元々の投稿された文章を読み直すと、次々とおかしな箇所が出てくる。

 まず指摘しておきたいのは、余命僅かな状態の女の子が、やせ細った姿で写真に写っているのは、霊能者に判断を仰ぐほどの異様な状況ではないと思うのである。そもそも、やつれた娘の姿を見て、ミイラのような……と例えるのは酷い表現ではないだろうか。明確に人外の存在になっていた、というような描写ではないあたり、自分が大げさに表現している後ろめたさが見え隠れする。

 つまり、母親は辛い現実を直視できずに、頭の中では元気な姿のままで捉えていた娘の正しい姿を、この写真で初めて見てしまったのではないだろうか。それでも現実を直視したくない彼女は、家族や友人ではなく、霊能者を相談相手に選んだのである。

 現像した写真屋が家族に渡すのを躊躇うくだりは、典型的な心霊写真怪談のように読める。しかし、女の子が写真が撮れるような状態でもないのに無理やり写されている写真だったとしたら、そんな写真を家族に渡すのを躊躇うのは当然の反応である。「元気なうちに撮った」と説明されてはいるが、医師の関与していない、母親の勝手な判断による「元気」だったのかもしれない。

 葬式後、暫くたっても、友達二人が一緒に撮った最後の写真について母親に尋ねてくる描写が一切無いのも、撮影当時の女の子の状態を考えて遠慮しているのだ、としたら辻褄が合うではないか。

 そして、この話のクライマックスである「残念ですが娘さんは」の部分だが、常識的に考えて、霊能者がこの台詞のままの説明を母親にしたとは思えない。

 例え、娘さんが何らかの理由で地獄に落ちていたとしても、家族が納得するように詳しく説明するのが霊能者という看板を出している者の責務だろう。例えば「実は、元気な友達のことを恨んでいて、その気持ちが肥大化して呪いと似た状態になっていた」とか「彼女の非ではなく先祖の因縁」とか……何しろ、地獄に落ちるのだから、何かしらの理由はある筈だ。

 地獄に落ちた理由という、一番重要な部分が欠落しているという事実は何を示すのだろうか。母親が霊能者の話をキチンと聞いておらず、自分のいいように解釈して歪めて伝えているということだ。

 おそらく霊能者は言葉を選んで「娘さんは貴女とは違う世界に行った」というような内容を伝えたのだろう。恐らくは、その中に暗いイメージを含むような単語があったくらいの些細なことで、霊能者のメッセージは「地獄に落ちました」という内容に改悪されたのである。   

 つまり「残念ですが娘さんは」は、「自分は何も悪くない、あの子は地獄に落ちる運命だったのだから、仕方ないのだ」という、現実を直視できなかった母親の自己保身の為に生まれ、拡散された怪談話なのだ! お母さんも気の毒だと思うけど、これは、こわい!


 ……と、まぁ、これは怖がり上級者の私による完膚なきまでの妄想である。あまり真剣に捉えないようにお願いします。

 

 追伸。

 大学の後輩が語る「残念ですが娘さんは」の個人的恐怖ポイント。

「いやぁ、あのお話の母親はね、写真撮るときに病気の娘を真ん中にして撮るんですよ。真ん中で写った奴は早死にするって、結構、有名な昭和のジンクスでしょ。母親の世代的に知ってると思うんだけれどなぁ……あれって、無意識にやってたんですかね?」

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