第2夜 [ナイショの話]

【ナイショの話】


「皆さんの怖い体験を、どしどしお寄せください!お待ちしています!」。

 そんな怪談募集の告知を雑誌やインターネット上で見かけたことが誰しもあるだろう。しかし太公望スタイルに徹していても怖い話は集まらない。確かに一週間のうちに七件ほど、それも陰惨で忌まわしいものばかりが送られて来て困惑した経験はあるが、それは通り悪魔の悪戯のようなもの。使える、使えないは別として、体験談が送られてくる頻度は二週間に一件くらいである。

 だからといって、闇雲に周りの人間に対して「最近、お化けと出くわさなかったか……なぁ、おい頼むよ、出くわしたと言ってくれよ!」と尋ねまわっても、少しずつ距離を取られて孤立していくだけで、良いことは何もない。

 私の場合は知人女性や大学時代の後輩などが、怪しげな情報だの怖い体験だのを自主的に集めて、定期的に送ってきてくれるので、非常に助かっている。

 送られてきた話の中には、このままではイマイチ分からない事が多いので、電話、若しくは直接お会いして細かい部分までちまちまと伺おうじゃないか、という流れになるものもある。

 そして、時には、これは伺わないほうが良かったんじゃないか……と自身の判断を後悔するような展開になだれ込むものもある。これは、そんな話の一つだ。


……押し入れに隠れる遊びなんです。

そう言って、A君は恥ずかしそうな顔をした。

二段ある押し入れの、上の段ですね。その和室は二階にあって、天井板が外れて屋根裏に上がれるようになっているんですよ。

まずは……そうですねぇ、十五分くらいは其処でジィッと息を殺しています。体育座りでね。壁に掛かっている時計を見つめながら、まだかな、まだかなぁ、って。

暫くすると、階段を上ってくる足音が聞こえて来ます。何しろ古い家だったのでね、どう気を使って歩いてもギシギシと鳴っちゃうんですよ。

それが合図のようなものです。天井板を外して、まだ小学校低学年のおチビちゃんでしたから、押し入れ内の荷物を足掛かりにして、ヒョイッと屋根裏に上がる。板を完全には元通りにせず、ちょっとだけ、ほんの僅かな隙間を作っておくんです。それがコツなんです。

やがて音の主が部屋の中に入ってきて、わざとらしく和室の中を探し回ります。殺風景な部屋で、隠れる場所なんて無いのに「何処に居るのかなあ」なんて、聞かせる相手ありきの独り言を呟いてさ。予定調和、お約束のやり取りってやつですか。

三分くらい、そういった小芝居をしたところで、いよいよ本番です。押し入れの襖が勢い良く開きます。天井板の隙間から向こうを伺うと、角度の関係で顔は見えませんが、使い古した、茶色い染みが彼方此方についているエプロンで分かる、いつもの彼女です。

そこからは我慢比べが始まります。顔は突き合わせていませんが、ルールはニラメッコと一緒です。笑っちゃうと負け。

だって可笑しいじゃないですか、見つけるべき相手はすぐそこに、目の前にいるのに気づかないんなんて。白々しいったらありゃしない。

だけどゲームは、いつも僕が負けてばかりでした。悔しかったですね。まぁ、子どもだから仕方ないのかもしれないけど……そんな話です。


 A君は、ファミリーレストランの薄い炭酸水を啜り始めた。同席していた知人女性が、おいおい、これで終わりかよ、という心の声を、顔全体で表現して私を見つめた。私も、知り合いの知り合いを詳細も聞かずに連れてきたのはお前だろう、という心の声を、顔の表情だけで彼女に伝えてみた。

 私は咳払いをして、

「小学校時代に、同級生の鍵っ子のお家で遊んでいた時の話だよね」

そうですよ。

「その女性は誰なの」

お姉さんです。

「ああ、同級生には、ご姉妹が居たんだ」

いや、彼は一人っ子でしたよ。

 知人女性は意図的だろうが、そっぽを向いていたので、顔面で表現した全力のドナイヤネンは伝えられなかった。色々と角度を変えてA君に尋ねてみたが、返ってくるのは、お姉さんです、ただそれだけだったので、私は質問を変えた。

「ゲームが終わったら、どうなるの」

普通ですよ。テレビゲームしたり、庭でキャッチボールしたりしていましたね。

「……そうなんだ」

「ちなみに、そのゲームをしている時なんだけどさ。いや、ひょっとするとその前後も併せて、なのかもだけど」

 突然、知人女性が、自身の額を右の人差し指でツンツンと指で弾きながら、会話に割り込んできた。

「その場に、同級生の鍵っ子クンは同席しているのかな。いや、違ったらごめんね。君の話し方だと、どうにも、君一人でお姉さんと遊んでいるような気がして」

 ポカンと口を開けて二人を交互に見ていると、A君が顔を赤くして立ち上がった。怒っているのではない。照れているのだ。何に。いや、誰に。

内緒、だから内緒の話なんですよ、コレは。ナイショのハナシ……ナイショなの、ナイショよ……。

 うわごとのように呟きながら、そのまま、ふらふらとファミリーレストランを出て行ってしまった。

「なんかスマンね」と、知人女性。

「公開しちゃいけない話なのかな」

「いつものように、あれこれ変えときゃ良いんじゃないの。一応、何とかして当人に確認しておくけど」

「よろしく」

「あと、今日は奢るわ」

「どうも」

後日、鍵っ子本人からもお話が聞けた。「確かに、実家って、居ないはずの女性を見かけることが多くて気味が悪かったんですよ。引っ越したので今はどうなっているのか知りませんが」といった旨の証言を頂いている。

 「……でも、A君とは確かにクラスメイトでしたが、別々のグループに所属していたので、家に招いて遊んだ覚えはないんですよ」とも。

 そんな話である。


※ 本作は取材を元に、地域や人物が特定できないように脚色を施して構成したものです。話者にもナイショじゃなくて大丈夫だよね、と再度確認しております。

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